加齢プロセスにおける生体テンセグリティの役割
(訳注:テンセグリティとは張力によって構造を維持する力やその構造)私たちは以前より長生きできるようになりましたが、加齢に伴って動きが制限され、若い時と同じような自由を謳歌することが難しい人も多くいます。徐々に可動域が失われていく速度を緩める方法はあるのでしょうか?それに対してヨガは役に立つのでしょうか?これらの問題に関して、ヨガセラピストであるダグ・ケラー氏の考えを聞いてみましょう。
体内のスペースが失われることが、徐々に可動域が失われていく最も一般的な原因のひとつだとダグ・ケラーは言います。
「結合組織の全体的なネットワークである筋膜は、テンセグリティ構造であり、その動きを維持しつつ骨と骨との距離を保っている」とダグは説明しています。「そのシステムに故障が起きると可動域が制限される。筋膜や軟組織が硬くなりすぎたり弱くなりすぎると、テンセグリティ構造のバランスに影響する。それにより、骨と骨の間のスペースが小さくなる。そして骨が擦れ合い始めると、軟骨が徐々にすり減って可動域を減少させたり関節炎を引き起こしたりする」
組織の破壊に対する炎症反応の結果として十分な運動が得られなくなるのも、可動域が狭くなる原因のひとつです。「筋膜は、毒素を排除したり免疫を維持するため、リンパ系よりも先に防御してくれる免疫の第一線だ」
「筋膜系には、老廃物を外に出す血管や心臓などの循環器がない。動きによって機能している。スペースが狭くなって骨が擦り合うと、骨関節炎などの炎症や体内構造の崩壊が起こる」
スペースがなくなって靭帯、軟骨、関節嚢が傷むと、慢性的な動きに伴う痛みが起こります。それにより、日常生活における活動が制限され始めます。そうなると、医師らの言う「痛みのサイクル」に陥る危険が生じてくるのです。
ヨガは「慢性疼痛のサイクル」を断ち切るのに役立つ
「慢性疼痛のサイクル」では、痛みを起こす動きを避けようとします。そうした動きを避けることで血流が減ってさらなる炎症となり、筋肉の状態が悪く弱くなり、さらに関節が悪化します。
疲労、不眠、社会的孤立、さらなる忌避行動につながり、これら全てが体の自ずから治癒しようとするのを妨げます。特に、一般的にあまり動かない高齢者ではより顕著となります。
このサイクルをどう断ち切れるでしょう?
運動、特に呼吸に基づいたヨガなどの運動がよいでしょう。
加齢に伴い、ただ動きというだけでなく、関節の統合性、潤滑、可動域を維持するようダグは勧めています。関節の健康的な可動域を使って身体中のスペースを保持するための様々な動きを取り入れることが重要です。
では、呼吸に基づいた、複数の局面を持つヨガの実践がどのように役立つのかを見ていきましょう。
「ヨガの良いところは、極端な可動域を狙う必要がないことだ。ヨガは、身体の可能な動きの面全てを網羅しており、関節を健康に保ち、筋膜系に栄養を与え、骨の間のスペースを維持するための筋肉の十分な強度を維持させるので、骨関節炎や主な関節の悪化など加齢に関係する問題を減らすことができる」
最近の科学によって彼の意見は裏付けられています。
ペンシルヴァニア大学の臨床医療教授でありリュウマチ学者のシャロン・コラシンスキ博士の膝骨関節炎の研究では、週一回90分の緩和したアイアンガーヨガのクラスを受けた者には疼痛の著しい減少と身体機能の向上が見られ、関節硬直にも明確な向上があったと報告されています。
「ヨガは関節炎の人とって疑いなくひとつの選択肢。エクササイズ効果だけでなく、精神と身体的効能がありリラックスを促しストレスを減少させる」とコラシンスキ博士は言っています。
加齢の進行に穏やかで美しく向き合うためのヨガに基づいたヒントを、ダグが教えてくれました。
ブラフマチャリヤ(節度):練習は優しく行う
ハタヨガ・プラディピカは、過度な努力がヨガをだめにするとしてやりすぎることに警告しています。たくさんするよりも、健康と幸福を保つのに役立つ練習が何なのかにマインドフルであるべきなのです。
それぞれの状態と関節の健康レベルに応じた範囲内で動かすことを、ダグは彼の患者に対し助言しています。「アサナの練習の主な目的は、臓器、血流、リンパなど身体の全てのレベルにおいて健康を保つため、筋膜系全体の統合性を維持するということ。ヨギがプラナと呼ぶものだ」
「私たちは、1はいい、だったら2はもっといいはず、ならば10やる方がいいに決まっているなどと、一所懸命になりすぎる。そして、より深く強くたくさんやるのがいいと。練習の正しい目的、つまりもっと自己を認識するということへの意識を失うのは簡単だ。自分にとって効果がある方法で行なっているだろうか?」
アヒムサ(非暴力):注意して運動し健康的なスペースを作る
ダグによれば、ヨガとは、身体の声をちゃんと聞く練習であり、どうすれば生き生きと健康だと感じる方法で運動し幸福を感じるられるのかを学ぶことです。
「体の声を聞くよう私たちは生徒に言います。しかし実際は、どのようにするかはいつもわかるわけではない。先生に尋ねるというよりは、自分自身を聞くことを学ぶところに一歩一歩繋がっていくのが練習だ。『ヨガが私を痛みつけているのか、それとも私のヨガへの誤解とそれに対する私の態度が私を痛みつけているのか?』と自身に尋ねる必要がある」
練習は、それぞれの状況、体重や生活スタイル、食事などに合わせて選択するべきなのです。同時に、乳酸などの炎症が原因の老廃物を体が燃やせるようにする方法が運動なのです。ですから、運動は重要ですが、それぞれの必要性や身体の限界を認識することもまた重要です。
ダグはこのように指摘します。例えば膝の骨関節症は、膝の屈曲を強めるとても深いスクワットのしすぎや、膝の伸展(ロック)しすぎ、そしてそれに伴う過可動が原因なのかもしれません。足をあげるところから正しいバランスをとるということが鍵なのです。
サムスカラ(癖や過去の行動):伸長と強化の間の最良点を見つける
テンセグリティに基づく練習は、体内にある自分の本質という感覚と再度繋がるために、強化と伸長の間にある健康的なバランスを含むものでなけれななりません。体内の神経のほとんどが筋膜にあり、そこでは身体がどこにあるのか(自己受容)また痛み(侵害受容)の両方のメッセージが脳へと送られる場所だとダグは言及しています。治療でダグは、患者を自己認識させるため彼らの姿勢と動きのパターンを観察することから始めています。
「自己認識が第一歩なのは、身体というのは自己修正し自己治癒する仕組みになっているから。行動を変えるには、まず意識を向け自己認識しなければならない。あまりにも多くの場合、他の目標や目的に惑わされて聞くのをやめてしまう。そうやって身体本来の自己治癒のシステムのスイッチを消してしまうようなものだ」
タパス(自己訓練):重力に抵抗する
悲しいかな、老化というのは重力との終わりのない戦いで、背中が曲がり筋肉が弱るのに屈するのがほとんどです。
「重力は、その力に逆らうことで実際のところ身体を跳ね返しているため、私たちの健康に必要なものだ。まっすぐ立とうとすれば、身体を健康に保つのと同じ方法で重力の引力に逆らって筋肉を活性化させる」
「しかし、これを忘れてしまうと重力に負け、当然もっと活動的である若年の頃持っているその弾性を失う。時間につれ、疲労したり感情的要因が現れる。少し諦めてしまうのは残念だ、なぜなら諦める必要がないからだ」
ヨガは若さの源なのか?
ダグは、ヨガの練習によってどれほど老化の影響を受けなくできるかについては断言していません。しかし、筋肉の質の向上、より素早い運動パターン、筋肉の柔軟性増加、より健康的な筋膜系を期待するのは無理なことではないと信じています。そしておそらく最も重要なことは、運動すると気分がいいということです。
「最悪だと感じる時、起きて外に散歩に出て何かをする。やりたくないと思っていても、最後にはやったことに嬉しく思う。単に筋肉や構造レベルで起こっている以上のたくさんのことが体内で起きているからだ。だから体が常になんらかの悪化へのプロセスを進んでいる間に、体が自ら再生しようとするプロセスをどれくらい手助けしているかが問題だ」と彼は説明する。
「もう一度言う、可能性の範囲は年とともに狭くなるがゼロにまでなるわけではない。そして、高齢になってもその運動能力を維持し、加齢の間も健康的で行動的なままでいられる人が大勢いるのを私たちは知っている」