ラベル プラナ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル プラナ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年6月2日火曜日

プラナを理解する Vol.2 
Understanding Prana


前回の続きです。

ーーーーーーーー


プラナと心


精神エネルギーは、食物や呼吸、外界から受け取る印象から派生します。プラナは印象の取り込みを司り、サマナは精神的な消化を調整、ヴィヤナは精神的循環を管理します。アパナは有害な思考やマイナスの感情を排出します。ウダナはプラスの精神エネルギー、力、熱意をもたらします。


精神レベルでは、プラナは栄養や感情のプラスの源、そして心や感覚を通した知識の感受性を司ります。混乱すると、不健康な欲望や底なしの強い欲求が起こり、わたしたちは間違った方向へ導かれ進み、一般的にはバランスを崩します。


アパナは、負の志向や感情を取り除く能力を支配します。これが混乱すると、鬱状態を起こし、重荷となる未消化の体験でいっぱいになり不安で抑圧され脆くなっていきます。


サマナは栄養や満足感、そしてバランスの取れた心を与えてくれます。混乱すると、執着や貪欲さに繋がります。物に固執し、狭量で沈滞した独占欲の強い行動を起こすようになります。


ヴィヤナは心の動きや独立性を与えてくれます。混乱すると、孤独感や嫌悪感、疎外感を生み出します。他社と結束することができなくなり、自分がしていることだけに繋がり続けます。


ウダナは、喜びと熱意を与えてくれ、より高次の精神や創造的な可能性を覚醒するのを助けます。混乱すると、プライドや傲慢さを引き起こし、不安定で高すぎる目標に向かおうとしたり、自身の根源へのつながりを失います。






プラナの精神的な観点


ヨガの実践において、プラナは多くの特別な機能を持ちます。精神的なレベルでは、サマナが心臓の中の空間を調整し、そこには真我が7つの炎をもつ火として存在しています。サマナは、むらなく燃えなくてはならない内なる火を調整します。サマナが作り出す平和やバランスがなければ、自身の中心部に戻ることも心を集中することもできません。
 

ヴィヤナは、ナディを開き、その機能においても澱みないきれいな状態に保つことを通してプラナの動きを司ります。アパナは負の霊的影響や架空の体験から私たちを守っています。プラナ・ヴァーユは、精神を開発するために必要な正しい欲望をあたえてくれます。
 

ウダナは、意識の成長を司り、心を夢を見ている深い眠りの状態へ、そして死後の世界へと連れて行ってくれます。ウダナはまた、シュシュムナの上方へ動きも調整しています。精神はウダナ・ヴァーユとともに動くため、精神的な成長には最も重要なプラナだと言われます。


ヨガを実践していると、こうしたプラナの微細な面が覚醒し、クリヤと呼ばれる無意識に起こる様々な動きなどの普通ではない心身エネルギーの動きを引き起こすことがあります。エネルギーの新しい広がり(微細なヴィヤナ)を感じるかもしれませんし、大きな平穏(微細なサマナ)、空中に浮くような軽さ(微細なウダナ)、深い根付きや安定性(微細なアパナ)、あるいは活力や感受性(微細なプラナ)が高まったと感じるかもしれません。




プラナに働きかける


物質レベルでは、正しい栄養がプラナを増やします。正しい排出もまたそうです。アーユルヴェーダ的な考えにおいては、食物からのプラナは大腸、特に最初の3分の1の部分で吸収されます。そのため、体の健康のためにはアパナが最も重要なプラナです。


ヴェーダによれば、この世の人間は食物をアパナで食べますが、神はプラナで食べます。人間は物理的な組織の集まりで正しい食物によって維持されます。神は感覚で、感覚印象という形でプラナそのものを通して食物を取り込みまやす。プラナを強めるには、儀式や視覚化などの実践とともに、色や音、香りに関した感覚の癒しや自然との接触が重要です。


プラナに働きかける主な方法はプラナヤマで、特にヨガの呼吸法という形になります。ヨガは自己実現の手段として心身どちらもの浄化を重要視し、そのためプラナが豊富なベジタリアンの食事(つまり生命力に満ちた食べ物)、精神修練や誠実や非暴力などの倫理観に根ざした心を重要視しています。不純で有害、乱れた心身は高次の自己を実現することはできません。心身を浄化する鍵はプラナで、この2つに繋がっています。主な方法はプラナが流れているナディを浄化することです。


この面においてヨガの呼吸法は有用で、最も重要なのはナディ・ショーダナ(片鼻交互の呼吸)で、左右のプラナの流れのバランスを取ることができます。ヨガのシステムによれば、体や経絡は左右どちらかが優勢です。右は太陽の性質を持ちます。消化や労働、意識の集中などの行動を助け、ピッタ、火のような性質を持ちます。左側は月の性質で、ナディはカファ的、水の性質が優勢です。休養や睡眠、リラクゼーションなどの行動を促進します。


プラナやエネルギーのバランスを維持するためには習慣的な肩鼻呼吸が最も重要ですが、他にも方法があり、プラナとアパナを繋げることです。アパナ・ヴァーユは重力に沿っていて通常は下向きに動きますが、そのため病気や死だけでなく意識の下降にも繋がります。一方でプラナ・ヴァーユは精神や感覚を通して上方へ分散する傾向があり、上方へのエネルギーの道筋でもあります。ヨガの実践はアパナを上方へプラナを下方へ動かして2つをつなげることが求められますが、これがプラナすべてのバランスをとるのに役立ちます。そうすれば、うちなる火であるクンダリニがおへそのあたりで燃え立つようになります。ムーラ・バンダ(根の鍵)はこの面において重要な実践です。


マントラと瞑想


精神のプラナへは直接働きかけることができます。心や感覚に働きかけるプラナヤマのテクニックがありますが、それらは呼吸に限られていません。色や音(音楽)は、エネルギーを心に向ける重要な方法ですが、最良のテクニックは特に「オーム」など一音節のマントラで、プラスのエネルギーを無意識に向けるのを促す振動が作られます。心に空間を作り上げる瞑想そのものはより多くのプラナを作り、精神が空の広がりのように穏やかで受け入れる状態になった時、新しいエネルギーが現れて偉大なる変容に向かわせてくれます。


ヨガで進む道は、プラナをコントロールすることが基本となっています。献身のヨガであるバクティ・ヨガは、聖なるプラナとつながることでプラナの変容をもたらします。奉仕のカルマ・ヨガは聖なる意志に従うことで、外に向いた行動だけでなく精神の成長を含むより多くのプラナを与えてくれます。
 

伝統的ヨガであるラジャ・ヨガは、精神活動のコントロール(チッタ・ヴリッティ)が基本となっています。心の振動(チッタ・スパンダ)はプラナの振動(プラナ・スパンダ)に従うため、心を制御するのにプラナヤマが役立ちます。また、五感から離れて内側の気づきへと引き入れられるため、五感の調整(プラティヤハラ)にも役立ちます。ハタヨガそのものが主にプラナに関することであり、ヨガのポーズはプラナの動きの現れであり、多くの偉大なヨギたちは、機械的な練習を通してではなく、覚醒したプラナの力を通してをヨガポーズ学んできました。


知識のヨガであるジナナ・ヨガは、強い意思と集中を要します。このヨガでは、精神的なものだけでなく日々の活動すべてにおいて、私たちが得ることのできない発達したウダナ・ヴァーユなしで、プラナへの問いかけ、すなわち真我に対する問いかけが必要です。


まさにヴェーダが語る通り、私たちはみなプラナのコントロール下にあります。プラナは太陽であり、命や光をみなに分け与え、生きとし生けるものすべての真我として心の中に存在しています。私たちのなかにあるプラナは、命を与えてくれ、行動させてくれます。このより大きな力に心を開き迎え入れることを学び、より多くを人生や行動に取り入れるよう求めなければなりません。これこそがヨガの最も偉大な秘伝のひとつなのです。



2026年5月19日火曜日

プラナを理解する Vol.1 
Understanding Prana

ヨガやアーユルヴェーダでよく出てくる「プラナ」
生命力だったり呼吸だったり「気」だったり。
今回はそんなプラナについてです。

ーーーーーーーーーーーーー



この3つの世界に存在するもの全てはプラナのコントロール下にある。母親が子どもを守るが如く、おおプラナよ、我らを守り、輝きと知恵を与えたまえ

ープラシュナ・ウパニシャッド 2.13

私たちが生まれ持つ5つの主な能力である精神、呼吸(プラナ)、話す力、聞く力、見る力は、どれが最も重要なのかについて議論していた。その争いを解決するため、欠けた時に最も困ることになるのはどれかを見ようと、彼らはそれぞれ体を離れることにした。まず話す力が離れたものの、無言にはなってしまったが体は元気なままだった。次に目が去ったが、盲目ながらも体は元気だった。そして耳が離れたが、聞こえないものの体は成長し続けた。ついに精神が去り、今度は無意識になったが体は生き続けた。しかしプラナが離れ始めると、体は死に向かい始めた。他の力はすぐに生命力を失っていったのでプラナのもとへ急ぎ、プラナの優位性を認めてとどまる様に懇願した。



これは古いヴェーダの物語で、少しずつ違うバージョンがさまざまなウパニシャッドの中で見られます。最初の議論が意味するのは、私たちの能力が統合されず意識をコントロールしようとそれぞれが競い合うというよくある人間の状態です。プラナが離れる時、全ての能力にエネルギーを与えているのがプラナであり、プラナがなければ何も機能できないということが明確になります。この物語の教訓は、これらの能力をコントロールするにはプラナをコントロールしなければならないということです。


心身に良い変容をもたらすためには、エネルギーの働きを理解しなければなりません。この力をサンスクリット語で「第一のエネルギー」の意味でプラナと呼び、「呼吸」や「生命力」とも訳されることがありますが、実際にはそれ以上の意味を持ちます。プラナそのものが表すさまざまな形について、西洋のヨガ文献ではあまり語られないため、その広大で深淵なプラナの科学が理解されることは稀です。


プラナには、体の呼吸から意識そのもののエネルギーに至るまで多くのレベルの意味があります。プラナは単なる基本的な生命力ではなく、原始の創造力です。私たちの存在のすべてのレベルで働く全てのエネルギーを支配しています。この全世界はまさにプラナの現れです。意識を変容させるうちなるエネルギーである大蛇の力、クンダリニ・シャクティでさえ、プラナが覚醒することで起こります。


宇宙のレベルでは、プラナには2つの局面があります。ひとつは出現していない純粋意識のエネルギーであり、全ての創造物を超越しています。ふたつめは出現したプラナで、意識そのもののエネルギーであり、デヴァトマ・シャクティやチティ・シャクティと呼ばれます。出現していない純粋意識のプラナから、全宇宙が存在物へと成り、創造のプラナの出現となります。


自然そのものは3つのグナ(質)から成ります。サットヴァ(調和)は精神を生じさせ、ラジャス(動)はプラナを生じ、タマス(不活発)は身体を生じさせます。自然は動的、ラジャス的なエネルギーです。高次の自己、純粋意識の引力に応えて、このエネルギーはサットヴァ的となります。無知の不活発さによって、この同じエネルギーはタマス的になります。


身体の存在と比較すると、生命力であるプラナは呼吸する酸素から主に起こる「風」要素の変容したものです。微細なレベルでは、空要素は触覚に対応し、触覚を通じて私たちは生きていると感じ、生命力を他の人に伝えることができます。



コーシャ

人間の存在は5つのコーシャ(鞘)から成る

  • アンナマヤ・コーシャ(食物でできた鞘)。これは物質であり、私たちが摂取する5つの要素(地、水、風、火、空)で作られています。

  • プラナマヤ・コーシャ(呼吸でできた鞘)。これは生命力である、ヴァーユという5つのプラナから作られています。

  • マノマヤ・コーシャ(印象の鞘)。これは外側にある低次の精神で五感の印象で満たされています。

  • ヴィジュナーナマヤ・コーシャ(概念の鞘)。これは知性そのもので、方向性を持った精神活動です。

  • アーナンダマヤ・コーシャ(体験の鞘)。これはより深い精神で、記憶、潜在意識、超意識の精神を含みます。



プラナマヤ・コーシャは生命エネルギーの領域です。この鞘は、物理的な体と、3つの精神的な鞘(外側の精神、知性、内側の精神)を媒介しています。また、5つの粗い要素と5つの感覚印象の媒介をも行なっています。
  

プラナマヤ・コーシャは、5つの運動器官(外分泌、泌尿生殖、足、手、発声器官)を繋げており、生存、生殖、運動、自己表現の欲求を含みます。行動への熱意や動機をもたらします。


ほとんどの人は、物理的な身体とそれに深く存在する欲求に支配されており、それは生き続けるためには不可欠なことです。身体は無意識のエゴが存在する場所であり、様々な恐怖や欲望、執着がとどまるところです。私たちの多くが、このコーシャを通して、感覚的な楽しみや形ある物質を得ることといった形で喜びを得ようとして人生を過ごします。
 

強い身体を持つ人には個性を世界に認めさせる能力があって、傑出した人生を歩む人が多いです。身体が弱い人は、多くを成し遂げるエネルギーが少なく、多くの場合は従属的な地位に留まります。一般的には、体力があり自我の強い性質を持った人が世界を動かします。しかし、この性質は精神的な道のりでは最大の障害のひとつとなります。というのも、彼らにとっては、自身の欲望に基づいた衝動に疑問を持つために必要なより大きな力に身を委ねることが困難だからです。


そのため、精神的な人生はプラナを押さえ込まなければならないと考える人もいますが、プラナマヤ・コーシャが強いということは、利己的あるいは欲望志向の活力とは全く異なります。それは個人の力から得られる強さではなく、聖なるエネルギーへの降伏から得られるものです。霊化された強いプラナマヤ・コーシャがなければ、持続的な集中した実践を行うエネルギーを持つことはできません。


ヒンズーの神話では、このより高次のプラナは風の子である猿の神様ハヌマンに象徴され、古代神話ラーマーヤナの中で語られています。ハヌマンは神の生まれ変わりであるラーマとその妻シータに仕えており、それによって望む通りの大きさになり、あらゆる敵や障害を乗り越え、奇跡を成し遂げる能力を得るのです。そうした精神的な方向へ向かう性質によりエネルギーや好奇心、熱意を持つことができ、五感や身体的な衝動(低次から高次まで全ての意思や野望)をコントロールする能力をも得るのです。



ヨガにおける5つのプラナ


プラナマヤ・コーシャは、ヴァーユまたは「風の力」とも呼ばれる5つのプラナから成っています。これら5つのプラナは、動きと方向によって分類されます。これは、アーユルヴェーダ医学でもヨガの実践においても重要なテーマです。


プラナ・ヴァーユ

プラナ・ヴァーユは文字通り「前進する風」という意味で、内向きに動き、食べることから、飲むこと、息を吸うこと、感覚を得ること、精神的な体験に至るまでの体の中に受け入れるあらゆる種類のものを調整しています。もともと推進力があり、物事を動かして導き、日々の中で私たちを動かす基本的なエネルギーを与えてくれます。
 

アパナ・ヴァーユ

「立ちさる風」であるアパナ・ヴァーユは、下方そして外側へ動き、あらゆる形の排泄や生殖(下方への動きもある)を司っています。便や尿の排泄、射精、月経液や胎児の放出、そして呼吸を通した二酸化炭素の排出を制御しています。より深いレベルでは、負の感覚、感情、精神的な体験などのを排除を支配します。私たちの免疫機能の基礎となります。


ウダナ・ヴァーユ

「上へ動く風」のウダナ・ヴァーユは、上方へ動き生命エネルギーの質的、変容的動きをもたらします。体の成長を司り、立つ能力や話す能力、努力や熱意、意思を調整します。主なプラスのエネルギーで、さまざまな鞘での成長や意識の発達を助けます。


サマナ・ヴァーユ

「バランスをとる風」であるサマナ・ヴァーユは、攪拌や識別を通して周囲から中心へと動きます。すべてのレベルでの消化を助け、消化管では食べ物を消化し、肺では空気を消化あるいは酸素を吸収し、精神では感覚、感情、精神の体験を消化します。


ヴィヤナ・ヴァーユ

「外に向かう風」のヴィヤナ・ヴァーユは中心から周囲へと動き、すべてのレベルでの循環を制御します。食物、水、酸素を身体中に運び、精神の中で感情や思考を循環させ続け、勢いを授け強さを与えます。







5つのプラナはまた、体の場所という観点でも見られます。プラナ・ヴァーユは、頭から、身体のプラナの中心であるおへそへのエネルギーの動きを制御します。アパナ・ヴァーユは、おへそから背骨の先端である根のチャクラまでのエネルギーの動きを制御します。サマナ・ヴァーユが司るのは、おへそから全身へのエネルギーの動きです。ウダナ・ヴァーユは、おへそから頭へのエネルギーの動きをコントロールします。


簡単に言えば、プラナ・ヴァーユは物質の取り込み、サマナはその消化、そしてヴィヤナは栄養の循環を司っています。ウダナはプラスのエネルギーの解放、そしてアパナは老廃物の排泄を調整します。これは効率的な機械の働きにとても似ています。プラナは燃料をもたらし、サマナがその燃料をエネルギーに換え、ヴィヤナがそのエネルギーを様々な現場に循環させます。アパナは変換プロセスでできた廃棄物を処理します。ウダナはこうして造られたエネルギーを管理し、機械が効率的に機能させます。


健康の秘訣は、プラナを調和し続けることです。ひとつのプラナのバランスが崩れると、すべて繋がっているため、他も均衡を崩しやすくなります。大抵の場合、プラナとウダナはアパナのバランスを取っていますが、それはエネルギーを作る力が排泄のバランスをとるためです。同様にヴィヤナとサマナは、拡張や収縮という側面でお互いに調整し合っています。




プラナはどのように物理的な体を作り上げているのか


プラナがなければ、体はただの泥人形に過ぎません。プラナが、様々な微細の神経経路(ナディ)を造って、それ通して操作してエネルギーを与えて粗い物質を様々な組織や臓器の形に変え、このゼラチン質の塊りから手足や様々な内臓などを形作っています。


プラナ・ヴァーユは、頭部や脳から心臓までの開口部や経路を作っています。頭には、2つの目、2つの耳、2つの鼻の穴、そして口と7つの開口部があります。ウダナ・ヴァーユは、上半身の開口部、特に口と発声器官を作るプラナを補助します。口は、頭だけでなく全身のための開口部だからです。実際、ある意味では、身体は食べたり自己表現の主な臓器である口の延長なのです。


アパナ・ヴァーユは、尿生殖器と排泄など下半身の開口部を造ります。サマナ・ヴァーユは身体の中央部にある開口部、おへそを中心とした消化器をつくります。肝臓、膵臓などの臓器と腸との経路を開けています。ヴィヤナ・ヴァーユは身体の周囲を走る腕や脚などの経路を作ります。静脈や動脈、そして筋肉、腱、関節、骨などを形作ります。


おへそは、主に消化器官からなっている物理的な身体、つまりアンナマナヤ・コーシャの主なプラナの中心です。粗いプラナが食物として、小腸を中心とした消化プロセスに取り入れられ、主に筋肉などより重い組織に保持されます。しかし、プラナにはより微細なレベルでの機能に基づいた中心もあります。心臓はプラナマヤ・コーシャのエネルギーの主な中心です。呼吸で取り込まれたプラナは、心臓の機能で血液にのって運ばれていきます。頭は精神的な鞘であるマノヤマ・コーシャの中心で、主に目や耳からの感覚受容によってエネルギーがもたらされます。


呼吸は、体内のプラナ活動の主な形です。プラナ・ヴァーユが吸気を調整しサマナが酸素の吸収を司りますが、それは主に呼吸を止めている間に起こります。ヴィヤナはその循環を調整します。アパナは、
特に二酸化炭素の排出を管理しします。ウダナは会話や歌など呼吸を通したプラスのエネルギーを解放することで呼気を調整します。






ーーーーーーー

2025年11月13日木曜日

2分で骨盤底筋を整える 
Tone Your Pelvic Floor (in 2 Minutes)



骨盤底筋は解剖学の中でも軽視されやすい場所です。調子よく活性されている時は、恥骨と尾骨の間を薄く覆っているこの筋肉は、おどろくほど様々な面で健康を支えています。膀胱機能の向上、規則正しい大腸の動き、痔の予防や緩和、生殖機能のバランスを整える、交感神経を鎮めるなどです。しかし、骨盤底筋が弱くなると、時と重力に負けて、次第に多くの問題が起こるようになります。





シンプルなエクササイズ



骨盤底の筋肉は、他の筋肉と同様、定期的に繰り返し使いながら、強化したり整える必要があります。以下のエクササイズはそうしたものです。

  1. 仰向きに横たわって、骨盤の近くに両足を置きます。身体と呼吸をリラックスさせて目を閉じます。

  2. 骨盤底に意識を向けます。恥骨と鼻骨の間にある筋肉を、尿道と肛門の括約筋、その間にある会陰も含めて全て収縮させます。(男性は会陰の中心を収縮、女性は子宮頸部も収縮しましょう)息を吸い込んでリラックスします。

  3. 息を吐き出し、エクササイズを繰り返します。できるだけ深く強く締めましょう。息を吸い込んで解放します。25回繰り返しましょう。呼吸が途切れないよう、そして顎や腹部、内腿など体の他の部分はリラックスし続けるよう確認します。

  4. できるだけ長く収縮を保ったまま普通の呼吸を続けて、終わります。

  5. もし疲れを感じたら可能な範囲で練習し、25回の収縮が楽にできるまで徐々に回数を増やしていきましょう。



練習する時間


筋力を維持するため、週に4回は練習しましょう。一度テクニックをマスターしたら、歯医者の待合室や、信号待ちの間、つまらない会議の間など、空いた時間に練習できます。やがては、ヨガポーズや呼吸法、瞑想を深めるために骨盤底筋を使うことができるようになるでしょう。



次の段階へ


強靭で柔軟な骨盤底は、霊的、精神的、肉体的にも生命力の貯蔵庫を支える基盤です。ヨガを練習している人は、このエクササイズがムーラ・バンダ(根元の鍵)の準備だと気づくでしょう。ムーラ・バンダはアーパナ(心身にある生命力の下向きの流れ)をコントロールするための微細な実践です。マスターすれば、心の安定が得られ直感や創造性が目覚めます。







https://yogainternational.com/article/view/tone-your-pelvic-floor-in-2-minutes/

2025年7月27日日曜日

5元素をコブラのポーズで 
Align With the Five Elements in Cobra Pose


この記事は、トッド・ノリアン氏が築いたアシャヤ・ヨガの視点から見たコブラのポーズです。アシャヤ・ヨガは、実践者の身体の力を目覚めさせるよう、タントラの哲学と瞑想法をアライメントを重視した治癒的ヨガのテクニックに融合させたものです。




多くの偉大なるヨギたちは、悟りとは子どもの目で、全てをまるで初めて見たかのように、見る能力だと述べています。非二元性であるシャイヴァ・シャクタ・タントラの伝統では、アドブータ(「驚き」という意味)は9つのラサ(味、あるいは生命の本質)のひとつとみなされています。ラサは人間の感情をすべて包含していると言われています。
 

驚きを体験する時、心は開いて空のように広大に広がります。晴れた夜空の星々を見上げること以上に私をアドブータの状態にするものはありません。おそらく多くの人が同じことを体験しているでしょうが、それはなぜでしょうか?そのひとつは、星々が美しいからです。そして、この宇宙に存在する全ての起源は星々だからです。元素周期表にある92元素全ては星々で作られています。星が死ぬ時、内側へと崩壊し極限まで熱くなり加圧され、そして爆発して超新星となり、そこでより重い元素が作られます。その後、これらは宇宙へと飛び出して他の元素と結合し、惑星や星雲、様々な星を形作るのです。このように私たちの太陽系と私たちは作られました。地球上で生命に適した条件が整った時、私たちは単細胞となり、やがて水中から歩き出して今日の私たちへと進化しました。まさに「驚き」に満ちた歴史だと思いませんか?


ヨガ哲学によれば私たちは、パンチャ・マハブータスと呼ばれる地、水、火、風、空という偉大なる5つの元素からできています。これらの元素のバランスが内面で整った時、優れた生き方ができると言われています。バランスが崩れると、「収縮している(過度の地)」、「溺れて」感情的に疲れ切っている(過度の水)と感じたり、やる気がない(火の不足)、不安で怯えている(過度の風)、落ち着かない(過度の空)と感じたりします。


タントラヨガは、私たちとは時間と空間に凝縮された宇宙だといいます。それを知るための神の願望そのものの結晶です。命は偉大な意味を持っています。5元素を知ることは私たち地震を知ることです。



アシャヤ・ヨガとは


アシャヤ・ヨガの4つの基本要素は、全てのポーズや動きでのアライメントの設計図を示すためのものです。5元素とは、エネルギー的、質的に以下のように対応しています。


1. 開く — 空

2. 引き寄せる — 地

3. 整える — 水と火

4. 広げる — 風



アサナの練習に5元素を当てはめようとしたことはありますか?ありませんか?では、コブラのポーズの練習に当てはめてみましょう。それぞれの元素が体の動きに対応していて、最適なアライメントをサポートしてくれるでしょう。


• 第1の要素は、肋骨の横を伸ばし、肌を和らげ、胸の後ろの肩甲骨の間を解放することです。


• 身体の動きの第2の要素は、骨に向かって筋肉を引き寄せ、正中線へと引き込み、周囲から中心へと引くことです。


• 第3要素の身体の動きは、相補的な2つの対照運動です。その目標は、対照的な2つのエネルギーのバランスが取れている中心を見つけることです。これによって、最適なアライメントを見つけることができます。


• 第4要素の身体の動きは、中心軸から外へ広げ、体の中心から全方向へと放射状に広げ、エネルギーを中心から周辺へと動かすことです。まずポーズの基礎へと下ろしてから、空に向けて中心を持ち上げます。


要素の概念を説明したところで、以下の練習で直接探ってみましょう。ブジャンガアサナ(コブラのポーズ)のすべての側面に密接に関連しています。




ブジャンガアサナ:コブラのポーズ

ウォームアップ:キャット&カウ


1. 四つ這いになります(硬い床の上では膝にパッドを当てましょう)。両膝は股関節の下に置きます。両手は肩の下で、手首のシワがマットの前端と並行になるよう、手指は太陽光線のように均等に開き、手首の中心は肩の外側と直線上に置きます。


2. 少し時間をとって体を感じます。呼吸を深くして、胸の中心を和らげます。(この姿勢で胸の中心を和らげるとは、肩甲骨の間にある筋肉を和らげることです。背中で最も硬いのは、概して胸椎の真ん中周りの筋肉である胸の裏側です)4箇所の土台、つまり両手と両膝にバランスよく均等に体重をかけましょう。


3. 息を吸い込みながら、坐骨を上に持ち上げて、背中を反らして見上げます。


4. 息を吐き出しながら、尾骨を引き下げて、腹部を背骨に引き込み、胸の中心の方を見ます。


5. 数回繰り返します。動きと呼吸を合わせましょう。滑らかに均等に動きます。このフローを味わいしょう。



空を開く:驚きを感じる


1. 四つ這いからうつ伏せになり、両手は肩の下、額は床に下ろしましょう。右足をできるだけ遠くに伸ばします。そして左足も後ろへ伸ばします。呼吸を感じながらリラックして、肌を和らげましょう(つまり、皮膚が筋肉の上にふわりと掛かるように筋肉をリラックスさせる)。肌のすぐ下にある捉えにくいストレスを解放して、最も大きな臓器である肌への気づきを広げます。生命の神秘を思い起こしてみましょう。


2. 腰から腋の下へと肋骨の脇を伸ばします。プラナ体(5つのコーシャと呼ばれる鞘のうちのひとつ、エネルギー体)をふくらませるのをイメージして、息を胸の裏側とウエストラインに吸い入れます。宇宙全体があなたという形であなたの中にあることを思い出してください。驚きを持って、あなたの存在の果てしない広がりに心を開きましょう。



地を引き寄せる: 安全で安心で安定


1. 息を吸い込んで、脚の筋肉を骨に向かって引き寄せて優しく収縮させます。最愛の人がしっかりと素敵に抱き寄せてくれる時のように、筋肉で骨の周り360度を包みます。筋肉が引き寄せられると、関節の周りが支えられ安定します。これが脳に安全だと信号を送り、脳が反応して、リラックスしくつろげる能力である副交感神経脳が活性になります。逆説的に言えば、アシャヤ・ヨガではリラックスするために引き寄せるのです。


2. すねと踵をぴったりと付けて、つま先が鎌足にならないようまっすぐ後ろに向けます。踵どうしをより近づけて脛に力を入れることで、腰が守られ、コブラのような後屈で椎間板にかかる圧力を和らげてくれます。


3. 正中線(両脚の間から背骨を通って走るエネルギーの線)へと引き込みます。
 

4. 足の指からふくらはぎ、腿に沿って、骨盤の中心へとエネルギーを引き上げます(周辺から中心へ)。すべてのポーズは、地球と同様に、周辺から中心へとエネルギーを引く重力の中心があります。コブラのポーズでは、その核となるのが骨盤です。


5. 徐々に手の指で地面を掴みます。すべての指の腹と付け根で押し下げ、両手でアイソメトリックに(動かさないで)後方へ引きます。両脇を同じ長さで伸ばしたまま、両手でアイソメトリックに引きましょう。



水と火を整える:流れるように燃える


1. 両脚を正中線に引き寄せ続け、腿を内側に(空に向かって内腿を持ち上げながら)回転します。腿を床から離して内に回す際、腰が反ります。鼠蹊部の前部分が凹み、腰が「波型」にアーチができて大腿骨頭が骨盤のソケットに引き戻る様子に注目しましょう。これが水の元素で、ヨガの伝統によれば骨盤に存在します(シュワディシュタナ・チャクラに関連しています)。


2. 腿を後方に引いたまま、尾骨をすくい下げます(この二つの対照的な動きを作ります)。「すくう」とは、しまい込むような動作ですが、力は抜きます。この臀筋の優しい収縮によって、腰のカーブが伸びます。すくうと、下腹部が背骨向かって引かれる様子に注目します。これが火の元素で、揺るぎない献身と考えられており、ヨギとして自分の心に従い、変化の火の中を歩むのに必要となります。この動きで体幹に引き込まれ、力と熱という形のさらなる支えを加えてくれます。
 

この2つの動きが整うと、骨盤が最適な位置に置かれ、腰と仙腸関節の圧迫が解放されます。



広げる:体を伸ばし、より高みを目指す


1. 骨盤の動き全てを保ちながら、骨盤の中心から両足に向けて体を伸ばします。そして、骨盤の中心から上半身へと伸ばします。両手で後方へアイソメトリックに押しつつ肋骨の脇を長く保ちながら、息を吸い込んで頭、肩、胸を床から持ち上げます。前へと広げながら、背骨に沿って体を伸びましょう。高さよりも長さが重要です。というのも長さが背骨の椎骨の間にあるスペースを作るからです。これは風の元素で、広げて伸ばします。エッセンシャルオイルのディフューザーからの香りのように、風の元素は均衡する点を探し、空間全体に均等に広がるのです。


2. 腕の骨頭(肩の最上部)を後方へ下げて、肩甲骨を肋骨の背中側へと引き込みます。肩甲骨の下端を胸の裏の方へ丸めて、さらに胸を持ち上げます。前腕を内側へ、上腕を外側へ回転しましょう。次にその姿勢を保ったまま、胸の中心から外側の全ての方向に少し広げます。肩甲骨をひとつにまとめたまま、肋骨の背中側へと引き込み続けましょう。


3. 背骨全体を首や頭まで長く保ち続けます。首元の横側を後ろへ下げて、頭が後ろへ引枯れている感覚が首の横側から始まっているのを感じましょう。そして口蓋も下げます。口内の上側の4分の1が丸い円盤だとイメージします。その部分を後方へ動かせる、あるいは口の天井が後ろに引いて開けられる引き出しだと想像します。口蓋が後ろへいくと頭も後ろへと動き、頸椎に曲線ができます。それによってスペースが広がって神経の圧迫が解放されるため、椎間板のためになります。口蓋を後方へ、後頭部を持ち上げます。そこから持ちあげることで、首のカーブがながくなり、頸椎の椎間板のスペースがより広がります。背骨の自然な形状に従って、首と頭を上に伸ばしましょう。


4. 息を吐き出しながら、ポーズを終えて床に下ります。






少し時間をとって、コブラの体験を思い出しましょう。より不思議に満ちていることを感じているかに注目します。より広がって整ったと感じる体の部分すべてを観察します。練習前に感じていたかもしれないあらゆる不快感が小さくなっているか、あるいは完全に消えているかにも気づきましょう。


ポーズの中で5元素を体感し均衡がとれた時、空のような広がりを感じ、体の緊張が解かれ始め(地)、閉じ込められた感情が流れ始め(水)、エネルギーは輝き(火)、そしてその前にあった制限を超えて広がり手を伸ばす(風)力が大きくなるのを感じるでしょう。


シャイヴァ・シャクタ・タントラ哲学では、私たちの本質は至福であり喜びです。5元素に寄り添うことができれば、私たちはこの喜びを認識し感じている心に戻れます。最も深い命の不思議を垣間見ることができます。それこそが私たちの中に存在する宇宙すべてなのです。





(出典)https://yogainternational.com/article/view/align-with-the-five-elements-in-cobra-pose/

2025年5月8日木曜日

アーユルヴェーダのスーパーフード:ギーの持つ消化や免疫などの効能 
The Ayurvedic Superfood: Ghee Benefits for Digestion, Immunity, and Beyond


アーユルヴェーダの文献には、精製したギーバターは1000以上もの治療的性質を持つと言われてきました。それを受けてインドでスーパーフードと考えられてきたギーは、今や最新の研究に基づいたスーパーフードです。ギーは酪酸の最も豊かな食料源で、牧草で育てられたギーバターには、穀物で育てられたものに比べて健康的な代謝を向上させることで最もよく知られる共役リノール酸(必須脂肪酸であるリノール酸の異性体の混合物)が5倍多く含まれています。



ペンタデカン酸C15とは何か、どのようにギーの健康効果を高めるのか


精製ギーを称賛する理由がまたひとつ新しい研究で示唆されました。ペンタデカン酸C15です。近年、この奇数鎖脂肪酸の健康効果が見つかってきています。主として牛や数種の魚など反芻する動物の腸内で作られるこの脂肪酸は、その量がとても少ないためあまり注意を向けられてきませんでした。この脂肪酸はギーの中にも見つかっています。今日では、ペンタデカン酸の効能について言及する研究が数多く存在し、ほんの少量で長期にわたる健康や長寿の効果が得られることを示唆しています。




ペンタデカン酸C15によるギーの効能


この奇数鎖飽和脂肪酸の効能は、ペンタデカン酸C15という名前の通り、炭素の数(15)にあると考えられています。効能は以下の通りです。

  • 免疫を高める
  • 心臓の健康をサポートする
  • 肝機能をサポートする
  • 健康的な血糖値をサポートする
  • 赤血球を強化する
  • 代謝や脂質をサポートする
  • 細胞の健康的な老化をサポートする


対照的に、偶数鎖飽和脂肪酸のパルミチン酸C16は、炎症や血糖値、心臓の疾患などの原因となります。その鍵は、脂肪酸鎖の中の炭素数にあり、ペンタデカン酸C15はほんの少量でも生物学的に活性しているという事実にあります。


アーユルヴェーダには「微細であればあるほどより力強い」という古いことわざがあります。体内の数え切れない機能を調整している腸内のバクテリアは目に見えません。渡り鳥の移動や季節を司る昼夜のサーカディアンリズムもまた目に見えません。ですから、最も効果のある脂肪酸のひとつがほんの少量で癒しの効果があることは驚くことではないのです。



C15の効能を裏付ける研究


体が老化するプロセスのひとつとして、AMPKと呼ばれる酵素が減少しますが、これが減少するとエネルギーレベルが下がり始めます。AMPKは、私たちの細胞内にあるエネルギーを作るミトコンドリアにグルコースを届けています。ペンタデカン酸は、AMPKを刺激してミトコンドリアへグルコースを提供するのを促し、細胞エネルギーの生産を増加させたりレベルを高めたります。


その他の研究でも、奇数鎖脂肪酸(ペンタデカン酸C15など)の高い人に比べて値が低い人は、死亡率が高く全体的に不健康であることを示されています。健康的な血中の鉄分レベル、血糖、コレステロール、正しい炎症反応に加えて、ミトコンドリアのエネルギー生産の回復や機能的なAMPKプロセスをもサポートします。


また、C15は生物学的に活性である代謝物を作るために体内で使われます。代謝物のひとつがペンタデカノイルカルニチンで、CB1やCB2受容体を活性化するとされますが、気分や睡眠、健康的な免疫反応、痛みのレベルなどを調整します。研究では、このC15由来の代謝物はまた、体内のストレス軽減受容体を活性化することでストレスを和らげることが示されています。また、この代謝物にはヒスタミン受容体を抑制する能力があり、季節性の刺激物への(アレルギー)反応が健康的であるようサポートします。



ギー・バターは健康に役立つ?






最後に、C15と魚油(EPA)を比較した研究では、C15の方が安全であり、より広い効果もあることがわかりました。また、かなり少ない量でも効果が見られました。気分の栄養によるサポート、不健康な細胞や望ましくないバクテリアの増殖防止においては、C15が魚油と同様の効果があることが研究者らによって発見されています。




C15を食事に取り入れる方法は?


全ての無加工の乳製品には、ペンタデカン酸C15がほんの少量含まれていますが、牛乳の脂肪酸を凝縮し乳糖(ラクトース)を全て除去しているのは、牧草で育てたオーガニックの牛乳をゆっくりと熱して作ったギーバターなのです。この脂肪酸の凝縮プロセスによって、ギーのペンタデカン酸C15の量は、ほんの少量からより癒す力があるレベルまでに変化しています。


ギーの作り方

無塩バター450g

バターを中火にかける。バターが溶けてから12分間ほど火にかけ続ける。バターが煮えて表面に泡が出てきます。kの泡に薬用効果が含まれています。火を弱火にしてギーが黄金色になるのを待つ。ギーに水を一滴垂らしてみて、弾ける音がしたら出来上がりです。火からおろして冷ます。濾し器でこして室温で保存する。




超健康のための超油脂:ギーの効果を取り入れる


牧草で育てた牛から搾った牛乳で作ったオーガニック・ギーの力強い性質全てを考えてみれば、なぜアーユルヴェーダの文献がこれが最も癒しの効果のある食品だとあがめる理由がより理解できるようになるでしょう。





(出典) https://yogainternational.com/article/view/the-ayurvedic-superfood-ghee-benefits-for-digestion/

2024年12月20日金曜日

ガヤトリ・マントラ:歴史、意味、効果について 
Gayatri Mantra: History, Meaning, & Benefits


薄明かりの朝や夕暮れは、私たちを自身の内側へと呼び戻してくれる時間です。「おお、夜と夜明けという2つの聖なる力よ、2隻の船のように我らを向こう岸まで連れて行っておくれ」とヴェーダが唄うのはそのためです。古代、熱心な探究者らは朝早く起きて沐浴し、儀式を行い、マントラを唱え、瞑想のため座りました。そして夕方には、また瞑想の時間をとって1日の疲れを洗い流したのです。今日においてもヨガの実践者の間では、朝夕の移り変わりの時間は今も伝統的な瞑想の時間です。


この昼間と夜の移り代わりに行われる瞑想は、サンディヤ瞑想と呼ばれます(サンスクリット語でサンディヤとは繋ぎ目のことです)。ヴェーダの時代から始まったサンディヤ瞑想は、今も世界中で見ることができます。これらの瞑想は、何百万人の日常生活に信仰や内省を与えています。早朝の光が風景を照らし暗闇を一掃するように、サンディヤ瞑想は精神を浄化し、啓蒙し、養うのです。







ヴェーダの象徴性


サンディヤの霊的なテーマは、ヴェーダのシンボルを通して伝えられています。ヴェーダは聖歌を通して、実態のない真実を疑う余地のない宇宙としてあがめています。太陽や月、風、火、雨を称賛し、それらを人間の母や、娘、姉妹、兄弟、父として普遍的に表し、鍋や扉、車輪などの人による発明品を宇宙の真実の現れだと認識しています。


言い換えれば、私たちの住む宇宙は最高度の真実そのものであるが、人生の出来事や夢によって覆い隠されているのだと、ヴェーダは語ります。私たちが見ているのは全体の、つまり1日の周期、季節の移り変わり、生と死、種まきと収穫のうちのほんの一部です。これは、現れていない全体の一部が表れている姿であり、見えないものの見える一部分なのです。


しかし、海を見たとたん、地球の海の明らかな果てしなさに驚嘆する感覚が現れるのと同様に、夜明けごと夕暮れごと、生と死が訪れるたび、私たちは見えない全体への脅威の念にしばし心が溢れてしまうものです。そうして、見えるものの中の見えないものの広範性、現れているものの中の現れていないものは、リグ・ヴェーダにこう記されているのです。


リグ・ヴェーダ:
聖者の4分の3は天に上り、4分の1はここにまた現れる。その後は、すべての場所に広がる。命あるもの命なきものどちらの世界にも。(Rig Veda 10.90.4)



こうした節は道標であり、この宇宙の広大さの中に現れる時、無限の真実が啓示されます。しかし、ヴェーダではそれほど単純には考えてはいません。真実のシンボルは常に変化し続け重なり合うと認識しています。例えば、昼間の光はアディティア(太陽)の産物である一方、夜の光はアグニ(火)の産物です。ですからアディティアとアグニは兄弟と表現されます。同様に、光の強さは、宇宙の光と人間の人格にある知性のどちらにも象徴されます。ですから、言葉の光とは、太陽の光あるいは知性の力のどちらの意味ともなるでしょう。


ですから、最高の真実はひとつの象徴には制限されず、またどのような自然の力にも具現されません。ヴェーダで根源的に崇められる太陽神でも月神でも雷神でもありません。これらは宇宙の儀式の単なる「司祭」であり、人生の普遍のリズムという形で私たちの眼前でくり広げられる儀式に過ぎないのです。私たちはみな、神も人も、この儀式の一部であり果たすべき役割があるのです。




ガヤトリ・マントラ


では、この考えを個人としてどのようにシェアできるでしょうか?その答えは、ヴェーダの啓示全体の総合的な知恵を包括しているガヤトリ・マントラです。リグヴェーダ(3.62.10)で、ガヤトリ・マントラはガヤトリ韻律(24音節を8音節ずつ3行に分ける)で書かれており、それにちなんで名付けられています。しかし、ガヤトリとはまた「歌い手を守る女性(gaiが「歌う」、traiが「守る」)」という意味もあります。ですから、ガヤトリは神聖なる母の名前であり、子どもを守り自己実現へと導く存在なのです。
ガヤトリ・マントラは次のように書かれています。


Tat savitur varenyam
bhargo devasya dhimahi
dhiyo yo nah prachodayat


しかし、マントラを瞑想で唱える時は、初めに1行追加します。この行は Om の音で始まり、maha vyahritis(「偉大なる言葉」;bhur, bhuvah, svah)という3つの短い音が続きます。ですから、瞑想で使われる完全なマントラは以下です。


Om bhur, bhuvah, svah
tat savitur varenyam
bhargo devasya dhimahi
dhiyo yo nah prachodayat



チャーンドーギヤ・ウパニシャッドでは、最初の行の重要性が説明されています。それによれば、かつて宇宙の神であるプラジャパティが、地と空と天という三つの世界でできた自然を考えていました。そして深い集中によりそれらを導く基本的な力 ー 地を制する火(アグニ)、空を制するヴァーユ(生命力)、そして天空を制するアディティア(太陽)ー を見つけることができました。


プラジャパティは再度深い集中をその3つの「種」である音、導く力に向けて、それらの真髄を得ました。火からはリグ・ヴェーダの節を、生命力からヤジュール・ヴェーダを、そして太陽からはサーマ・ヴェーダを得たのです。


彼はまた集中を、今度は3つのヴェーダに向け、リグ・ヴェーダからは bhuh の音節を、ヤジュール・ヴェーダからは bhuvah の音節を、そしてサーマ・ヴェーダからは svah の音節を得ました。したがって、3つの maha vyahritis は、ヴェーダの真髄であり、火と生命力と太陽の種であり、また地と空と天の種の音なのです。


最後にプラジャパティは3つの vyahritis にまとめて集中し、深い集中を通してひとつの純粋な音である Om の音節を得ました。Om とは「全てはこれである」という意味です。


ガヤトリ・マントラの次の2行は、太陽光、エネルギー、純潔、超越、啓蒙、哀れみ(全てのための太陽光)という概念を崇めています。


tat savitur varenyam 
bhargo devasya dhimahi


これは「私たちは自身の中に呼び起こし、聖なる太陽の存在というその驚くべき真実に瞑想する」と訳されます。


最後の行(dhiyo yo nah prachodayat)では調子が変わります。ここは請願であり、精神の明晰さと直感的な気づきを求めています。マントラは「お導きください」と求めています。この最終行の本質は、最初と最後の言葉に含まれています。最後の言葉 prachodayat の意味は「お導きください、ご誘導ください、道を示してください」。最初の言葉 dhiyah (dhiyo) の意味は単に「思考」ですが、より重要なのは、精神のより高みにある直感的な見通す力を意味していることです。マントラは、精神の最も素晴らしい力である直感的な能力が「聖なる太陽の存在というその驚くべき真実」で導かれるよう求めています。ですから、ガヤトリ・マントラの完全な訳は以下となります。


オウム
万物の3つそれぞれの面において
我らは自身の中に呼び起こし、
聖なる太陽の存在というその驚くべき真実に瞑想する。
我らの内なる見通す力を導きたまえ


ガヤトリは祈りでありマントラでもあります。マントラとしては、太陽に象徴されるより高みにある意識を実現するため、一連の音として瞑想者によって使われます。祈りとしては、神に導きを請うものです。「我が精神に道を示したまえ」と嘆願するのです。この祈りのなかには、霊的な哲学が精巧に説明されています。bhargah (太陽の精神)が、サヴィトリ(太陽の存在)であり、またスーリヤ(太陽)の内なる存在であると示します。祈りとしてのガヤトリは、純粋意識の無限の光である tat を求めるものなのです。


しかし、この純粋意識とは何なのでしょうか?ヴェーダは、純粋意識はより高い天にあり(それによって万物に行き渡っている)、また全ての人間にも存在します。意識は気づきの光です。


さあ、天に上に輝く光は、全ての場所に満ち、どこにも行き渡り、
下にも世界の最も遠い場所にまでも届く。
これは人の中に輝いている光と全く同じ光である。 
(チャーアンドーギャ・ウパニシャッド 3.13.7)


マントラと祈りという二つの役割により、ガヤトリは心を浄化し気づくという素晴らしい力を招いてれくるのです。




サンディヤ瞑想


ガヤトリ・マントラを練習したいなら、朝か夕方、あるいは朝夕に時間をとりましょう。(日の出や日の入りと全く同時に瞑想する必要はありません)。簡単に練習する方法は次のとおりです。


心地よい姿勢で座ります。リラックスした呼吸で、少しの間、鼻腔に流れる呼吸を感じます。心が落ち着いて集中してくるでしょう。


今度は、金色の太陽のような球体をイメージし、その金色の光を自分の中に移していきます。眉間から中へ、そしてその光を胸の中心のあたりへとゆっくりと下ろしていきます。そこで、太陽の金色の光線が身体中に心の中へと広がっていくのを感じましょう。


少し時間をとって、ヴェーダの予言者らに感謝します。そして、胸の中心であるアナハタ・チャクラにある金色の球体の中心で、ガヤトリ・マントラを心の中で繰り返し始めます。胸にある意識が内側にある太陽と溶け合うように、そしてその声が太陽の核から流れ出るかのように暗唱します。そこから、音節の音を自身のすべてに反響させましょう。


マントラを自然だと思われるだけ回数を繰り返します。長時間の練習にはマーラ(マントラの繰り返しを数えるための108個のビーズの数珠)を使うこともできます。自身の中に音を響き渡らせましょう。内なる存在のすべてに満たしましょう。


練習を重ねるにつれ、毎日のガヤトリのリズムが静かな喜びと共にあなたの朝と夕を明るくするでしょう。マントラによって、苦しみの場所から立ち上がり、精神的な確信を取り戻すことができます。毎日の穏やかな練習と気分の高揚、それこそ精神が必要としていることです。そのどちらもをガヤトリ・マントラで得ることができるでしょう。






2024年11月15日金曜日

プラティヤハラ:忘れられたヨガの支則 Vol.3 
Pratyahara: Yoga’s Forgotten Limb


前回の続き、最終回です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

1. 同一の印象に集中する

精神を浄化し感覚をコントロールするもうひとつの方法は、例えば海や青い空を見つめるなど、同一の印象に意識を向けることです。不規則な食生活や相入れない質の食べ物が消化機能をショートさせるように、耳障りで過剰な印象によって印象を消化する能力も混乱します。そして消化力を向上させるには断食や、モノ・ダイエット(アーユルヴェーダでお米とムング豆のキチャリを食べるように)が必要であるのと同様に、精神の消化力も自然で同一の印象を取り入れて印象を断つ期間が必要なのかもしれません。


2. 肯定的な印象を作る


五感を制御するもうひとつの方法は、肯定的で自然な印象を作り上げることです。これには数多くのやり方があります。木や花、岩などの自然のものに対して瞑想する、または公的的な印象や思考の宝庫である寺院や聖地などを訪れるなどす。肯定的な印象はまた、お香や花、ギーのランプ、祭壇や礼拝に関する工芸品などを使うことで作り出すことも可能です。



3. 内的な印象を作る 


五感から離れるテクニックは他に、内側にある印象に精神を集中する、すなわち外側の印象から意識を遠ざけることです。想像力を働かせることで自身の内側にある印象は作り出すことができ、肉体の感覚が静まって初めて作用し始める微細な感覚に繋がることもできます。



視覚化すること


視覚化するることは、内側の印象を作り出す最も簡単な方法です。実際に、ヨガの瞑想の実践は、神やグル、自然の美しい景色などを思い浮かべることから始まります。神やその世界を思い浮かべる、または想像した神様に花や宝石をお供えするなど心の中で儀式を行うなどで、より複雑に視覚化することができます。心の中の景色に没頭するアーチストや、音楽を作り上げるミュージシャンも心の中で視覚化しています。これらはみなプラティヤハラなのですが、なぜならこれらは外的印象の精神域をクリアにし、瞑想の基盤となる肯定的な内的印象を作り上げるからです。準備としての視覚化は、ほとんどの瞑想に有用となり、他の霊的な実践に取り入れることもできます。





ラヤ・ヨガ


内なる音や光の流れのヨガであるラヤ・ヨガでは、粗い感覚から身を引いて微細な感覚へと集中します。この内なる音や光へと身をひくことは、精神を変容させる方法のひとつでインドリヤ・プラティヤハラのもうひとつの形でもあります。




プラナをコントロールする


五感のコントロールには、プラナの成長とコントロールが必要となりますが、それは五感がプラナ(生命力)の流れであるからです。プラナが強くなければ、五感をコントロールする力を持つことはできません。プラナが乱れたり混乱していれば、五感もまた乱れたり混乱します。


プラナヤマは、プラティヤハラの準備です。プラナはプラナヤマで集められ、プラティヤハラで内に入ります。ヨガの文献では、体のあらゆる部分からプラナを内にひく方法が述べられています。つま先から始め、頭頂や第3の目、心臓、あるいは他のチャクラなど意識を留めたいと思う場所で終えます。


おそらくプラナ・プラティヤハラの最良の方法は、死のプロセスを心に浮かべることでしょう。生命力であるプラナが体から離れ、足から頭まで全ての感覚が遮断されます。ラマナ・マハリシは、彼がたった17歳の少年の時にこれによって自己実現を果たしました。真我を深く探る前に、彼は自分の体が死にプラナが精神へ、精神が心臓へとと引き込まれるのを心に浮かべました。このような完全で集中したプラティヤハラがなければ、彼の瞑想のプロセスは成功しなかったでしょう。




行動をコントロールする


感覚器(目や耳など)に加えて、私たちはまた(手や舌など)運動器官を持っています。運動器官を制御することなくしては感覚器官をコントロールすることはできません。実際、運動器官は外界と直接関係しています。感覚を通して入ってくる衝動は運動器官を通して現れ、そしてこれがより強い感覚を得たいと想わせるのです。しかし、欲望は終わりがないため、幸福を得るためには、私たちが欲しているものを得ることではなく、外の世界からもう何も必要がなくなった時なのです。


印象の正しい取り込みが感覚器官のコントロールを可能にするように、正しい仕事や正しい行動は運動器官のコントロールを可能にします。これは、カルマ・ヨガで、人生に必要な行動を取ること、そして欲望や自己満足に基づく行動を避けることです。カルマ・ヨガには二段階あり、外に向けた行動や奉仕(セーヴァ)、そして様々な形式の儀式から成る内に向けた行動です。


カルマ・プラティヤハラは、神や人類全体に対する奉仕として行動することで、自分の行いに対する個人的な報酬に関するあらゆる思考を放棄することで実践することができます。バガヴァッド・ギータでは、「あなたの義務は行動することであり、行いに対する報酬を求めることではない」と書かれています。これは一種のプラティヤハラです。それはまた、運動器官のコントロールにつながる禁欲の実践も含まれます。例えば、アサナは手足をコントロールするために使われることがありますが、それは長時間、静かに座る際に必要とされるコントロールです。




精神を引いていく


ヨギたちは、精神は6つめの感覚器であり、他のすべての感覚器を調整する役割を持つといいます。感覚の印象は、精神の気づきがある場所でのみ受け取ることができます。例えば、テーブルからコップを。持ち上げる時に手の動きに合わせて目が見るものを関連づけることで、精神もまた感覚器官や運動器官を調整します。ある意味では、私たちは常にプラティヤハラを実践しているのです。精神の気づきには限界があり、精神を他の印象から遠ざけることである一つの印象に注意を向けることができます。私たちが意識を向ける場所がどこであっても、その他のものは自然に見落としてしまうものなのです。


意識をそこから遠ざけることで、私たちは感覚をコントロールしています。ヨガ・スートラによれば、「感覚がその対象そのものを確認するのではなく精神の本質を再現する時、それはプラティヤハラである」より明確に言えば、それはマノ・プラティヤハラ、つまり感覚を対象物から引いて精神の本質という内面、つまり形のないものへと向けることです。ヨガ・スートラにおいてヴィヤサは、精神は女王蜂のようなものであり、感覚は働き蜂のようなものだと解説しています。女王蜂が向かうところはどこでも他のすべての働きバチが従います。ですから、マノ・プラティヤハラは感覚のコントロールというよりは精神のコントロールなのですが、それは精神がコントロールされれば感覚もまた自然にコントロールされるからです。


不健全な印象が現れた時は、そこから意識的に注意を逸らすことで、マノ・プラティヤハラを実践することができます。これはプラティヤハラの最も高度な形で最も困難です。感覚や運動器官、プラナをコントロールすることに熟達していなければ、機能することは困難です。野生動物のように、プラナや感覚は弱い心を簡単に打ち負かすため、多くの場合、より実際的なプラティヤハラから始める方が良いでしょう。




プラティヤハラとヨガの他の支則


プラティヤハラは、ヨガの全ての支則に関係しています。アサナからサマディに至るまですべての支則にはプラティヤハラの局面があります。例えば、アサナの最も重要な面である座位のポーズでは、感覚器官と運動器官のどちらもがコントロールされています。プラナヤマはプラティヤハラの要素を含んでいて、呼吸を通して注意を内面に引き込みます。ヤマとニヤマは非暴力や知足など様々な原理や実践を含みますが、それは感覚をコントロールするのに役立ちます。言い換えれば、プラティヤハラはヨガの高度な実践のための基礎を与えてくれ、そしてそれは瞑想の基礎となります。プラナのコントロールであるプラナヤマの後、精神とプラナを結びつけることで、肉体という領域から出ていくのです。



プラティヤハラはまた、ダーラナとも関連性があります。プラティヤハラでは、通常の障害となる心の乱れから注意を引いていきます。ダーラナでは、マントラなど特定の対象物にそうした注意を意識的に集中させます。プラティヤハラはマイナスの実践ですが、ダーラナは同じ基本的機能でプラスの局面を持っています。




最も重要な支則


瞑想の実践を何年も行ってきたけれど、期待通りには達していないと感じる人は多いでしょう。ある程度のプラティヤハラのない瞑想を実践しようとするのは、穴の空いた器で水を汲もうとするのに似ています。どんなに水を入れても、それはまた流れていきます。感覚とは心の器の穴のようなものです。穴を閉じなければ、精神は真実の蜜を保つことはできません。瞑想をしたり感覚に耽ったりする人にはプラティヤハラが必要です。


プラティヤハラは、瞑想のために心を準備する様々な方法を与えてくれます。また、心理的な痛みのもとである環境的な障害を避ける手助けとなります。プラティヤハラは、人生をコントロールし、内面の存在を開くための素晴らしいツールです。何人かの偉大なヨギが
「ヨガの最も重要な支則」だと呼んだのも不思議ではありません。私たちは皆、実践にプラティヤハラを含めることを忘れてはならないのです。







2024年10月27日日曜日

プラティヤハラ:忘れられたヨガの支則 Vol.2 
Pratyahara: Yoga’s Forgotten Limb


前回の続きです。
-----------------------------

五感の制御


五感の制御、インドリア・プラティヤハラは、プラティヤハラで最も重要とされますが、マス・メディア志向の文化にいる私たちにはあまり耳にしたくないものでしょう。テレビやラジオ、コンピューター、新聞や雑誌、本など常にありとあらゆる刺激により、ほとんどの人が感覚過剰な状態になっています。商業主義の社会は、五感を通して興味を刺激することで機能しています。いつも明るい色や騒がしい音、ドラマチックな感覚を突きつけられています。ますますより多くの感覚的な楽しみにふけるようになっています。そして私たちの社会での娯楽とはとういったものがほとんどです。


問題は、そういった感覚というのは、躾されていない子供のように自分の意思を持ちとても衝動的な性質を持っていることです。五感は何がしたいかを心に伝えます。もし躾しなければ、五感は私たちを支配し、その終わりのない要求が心を乱します。私たちはいつも知覚が働くことに慣れていて、心を静かに保つ方法を見失っています。感覚の世界とその魅力の人質となってしまっています。五感に訴えるものを追い求めて、人生のより高度な目標を忘れています。こうした理由から、プラティヤハラは現代の私たちにとって最も重要なヨガの支則なのでしょう。


昔のことわざ「精神には意思があるが、肉体は弱い」は、五感を正しく制御する方法を学んでいない私たちに当てはまります。インドリア・プラティヤハラは、精神を強くし肉体への依存を減らすためのツールを与えてくれます。そうした制御は抑制(最終的に反発を起こしてしまう)ではなく、正しい調整と動機づけなのです。




印象を正しく受け入れる


プラティヤハラは、印象を正しい受け入れることです。私たちの多くは、何を食べるか誰と居るかに注意を向けますが、五感から入ってくる印象については同様の識別を行いません。個人の生活では決して許さないような印象をマスメディアを通して受け入れています。現実の生活では決して家に入れないような人々が、テレビや映画を通して家の中に入ってくるのを許しているのです!


毎日どんな印象を取り込んでいるのでしょう?それが私たちに影響を及ぼすことなどないと考えられるでしょうか?強い感覚は精神を鈍らせ、鈍った精神によって私たちの行動は無神経で軽率で、暴力的ですらなり得ます。


アーユルヴェーダでは、五感による印象は精神の主な食物です。精神域の背景は、五感の印象に支配されています。これは、精神が最後に聞いた歌や最後に見た映画などの印象を思い出す時に見られます。ジャンクフードが体を不快にするのと同じく、ジャンクな印象は精神を不快にします。ジャンクフードはたくさんの塩や砂糖、スパイスで味つけられていますが、それはほとんどが死んだ食物だからです。同様に、ジャンクな印象は強くドラマチックな印象(セックスや暴力)で現実であるかのように感じさせますが、それは実はそれらがただスクリーンに映し出された色にすぎないからです。


私たちが何者なのかについて、五感の印象の役割は無視することはできません。というのも、印象が潜在意識を築き、その中にある潜在的な傾向を強めるからです。印象をコントロールせずに瞑想をしようとすれば、潜在意識は私たちと闘うこととなり、精神の安定や明快さを作り出すことはできません。




五感から離れる


幸運なことに、私たちは五感の印象の嵐の前でどうすることもできないというわけではありません。プラティヤハラが正しく管理する実際的なツールをたくさん与えてくれます。おそらく印象をコントロールする最も簡単な方法は排除する、つまり五感から入ってくる全てのインプットからしばらく離れることです。断食が肉体に効果があるように、印象を断つことは精神に効果があります。これは、目を閉じて座って瞑想する、通常の五感の嵐から離れた場所(例えば山小屋など)に逃避するなど簡単にできます。


ヨニ・ムードラ(またはシャンムクティ・ムードラ)は、五感を閉じるための最も重要なプラティヤハラのテクニックの一つです。手の指を使って、頭部の感覚器(目、耳、鼻、口)をブロックして、意識とエネルギーを内側へと動かします。プラナヤマの練習をしたすぐ後など、プラナのエネルギーが強い時は短時間で効果があります。(もちろん、酸欠になるほど口や鼻を閉じてはいけません)


五感から離れるもうひとつの方法は、感覚器は開いたまま注意を内側へと引き込むことです。この方法では、実際に感覚器を閉じてしまうことなく、印象の取り込みをやめます。最も一般的な方法はシャムバーヴィ・ムードラで、目を開けたまま座りながら意識を内側に向けますが、いくつかの仏教の瞑想で使われるテクニックです。この感覚を内側に向けることは他の感覚、特に聴覚も同時に行うことができます。日々の生活のまま五感が働いている時でも、精神とコントロールするのに役立ちます。


ーーーーーーーーーーーーー
次回にまだまだ続きます。


2024年10月25日金曜日

プラティヤハラ:忘れられたヨガの支則 Vol.1 
Pratyahara: Yoga’s Forgotten Limb

ヨガって何でしたっけ?
やせるため、健康のための運動?若々しく綺麗でいるためのストレッチ?
さて、大事な物を忘れてしまっているかもしれません。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

プラティヤハラそのものがヨガと呼ばれるのは、ヨガ・サダナ(日々の鍛錬)の中で最も重要なものだからである ー スワミ・シヴァナンダ







ヨガは、精神修練の広大なシステムで、精神の成長のための手段を与えてくれます。私たちの本質の様々な側面を理解する方法や、そんな本質と私たちの内側や周りに存在するより大きな世界とを調和させる方法を授けてくれます。この素晴らしい精神科学は、私たちの可能性が最大に展開するのを実現する方法を示しています。


この目的を果たすため、伝統的なヨガのシステム(アシュタンガ・ヨガ)は8つの支則を取り入れており、それぞれが役割や機能を持っています。8つがまとまって精神を解放するための完全なシステムを作り上げている。この8支則とは、ヤマ(禁戒)、二ヤマ(勧戒)、アサナ(坐法)、プラナヤマ(調気法)、プラティヤハラ(制感)、ダーラナ(集中)、ディヤナ(瞑想)、そしてサマディ(三昧)です。これらの中で、プラティヤハラが最も知られていないでしょう。ヨガの指導者であっても、どれだけの人がプラティヤハラを明確に示せるでしょうか?プラティヤハラのクラスに出たことがありますか?プラティヤハラについての本をみたことがありますか?重要なプラティヤハラのテクニックのいくつかを思いつきますか?ヨガの実践の中でプラティヤハラを行っていますか?しかし、プラティヤハラを理解しなければ、ヨガの不可欠な部分を欠いていることになります。この側面がなければ、このシステムは機能しないのです。




ヨガの内側と外側の側面



ヨガの外的側面は、正しい生き方、正しい体の使い方、そして生命力を高めることから成っています。これが、ヤマやニヤマ、アサナ、プラナヤマです。ヤマとニヤマは、非暴力や誠実などの価値観や清浄や知足などの実践を通して正しい鼓動の基礎を作ります。アサナは体を強く柔軟にさせ、プラなヤマは生命力を高めてくれます。


ヨガには、瞑想やより高度な意識の開発などの内的側面もあります。これこそがヨガの目的であるダーラナ、ディヤナ、サマディがひとつのプロセスとして形を成したサンヤマで、広い意味では瞑想のことです。


八支則の5段階目として、プラティヤハラは中心に存在します。ヨガの外的側面のひとつだとする人もいれば、内的側面とする人もいます。どちらの分類も正しく、その理由はプラティヤハラがヨガの内外的側面の関係への鍵であるからです。次へどう進むのかを教えてくれます。


アサナから瞑想へと直接に進むことが可能な人はほとんどいません。これは、体から精神の間に何が存在しているのかを見失ったままジャンプしなければいけないからです。この移行を行うためには、まず体と精神を繋いでいる呼吸や五感を制御して正しく開発しなければなりません。ここでプラナヤマとプラティヤハラの出番です。プラナヤマによって生命力と心拍をコントロールし、プラティヤハラによって手に負えない五感を制御します。このどちらもが、瞑想を正しく行うために必要不可欠です。



プラティヤハラとは?



「プラティヤハラ」という言葉は「Prati」と「Ahara」という二つのサンスクリット語から成っています。「Ahara」の意味は「食物」あるいは「外側から自分自身へ取り込むもの」です。「Prati」は「逆らって」や「離れて」を意味する前置詞です。つまり「Pratyahara」とは文字通り「aharaの制御」あるいは「外的影響の統制」という意味です。これはこれまでカメが甲羅の中に引っ込むことに例えられてきました。甲羅は精神で脚は感覚です。一般的に「感覚から離れる」と訳されますが、より多くの意味を含んでいます。


ヨガの考えでは、アハラつまり食物には3つの段階があります。まずひとつめは、体を育むために必要な5要素(土、水、火、風、空)をもたらす物理的な食物です。ふたつめは、精神を育むために必要な微細物質をもたらす五感(聴覚、触覚、視覚、味覚、嗅覚)です。各感覚は、聴覚が空、触覚が風、視覚が火、味覚は水、嗅覚は土というように微細な要素から成っています。みっつめのアハラは私たちの人間関係で、魂を育み私たちのグナ(サットヴァ、ラジャス、タマス:調和、混乱、怠性の根本的質)に影響を与える心の中にある人々です。


プラティヤハラには二面性があります。間違った食物、間違った感覚、間違った人間関係から離れると同時に、正しい食物、正しい感覚、正しい人間関係へと向かっていきます。正しい食生活や正しい人間関係がなければ精神的な印象を制御することはできませんが、プラティヤハラで最も大切なのは、感覚が作る印象から離れ制御することであり、それによって内側へと向かう精神を自由にすることができます。


否定的な感覚から意識を離すことによって、プラティヤハラは精神的な抵抗力を強化します。健康な体が毒素や病原菌に抵抗するのと同じく、健康な精神は否定的な感覚が周囲に影響を与えるようとするのに抵抗します。もし周りの騒音や混乱ですぐに心が乱れてしまうなら、プラティヤハラを実践する必要があります。それがなければ、瞑想することはできません。


プラティヤハラには主に4つの形があります。インドリア・プラティヤハラ(五感の制御)、カルマ・プラティヤハラ(行動の制御)、プラナ・プラティヤハラ(プラナの制御)、そしてマノ・プラティヤハラ(五感から離れる)です。それぞれに特別な方法があります。


ーーーーーーーーーーーーー
次回に続きます。







2024年9月6日金曜日

全てのレベルで癒すアーユルヴェーダの知恵 Vol.2
Ayurvedic Wisdom to Address Healing on Every Level

 前回の続きです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

バランスを取り戻す


癒しの基本は自分の特性を理解することなので、アーユルヴェーダによれば、健康を取り戻すためには正確な属性や生まれ持った特質、病気の構造などを理解しなければなりません。体内のバランスを作る知性が身体そのものにあり、アーユルヴェーダはそのプロセスを助けるのです。アーユルヴェーダの治療は全て、ヴァータ、ピッタ、カパのバランスを築くように考えられています。そしてそれは、毒素の排出と中和の2通りの方法で行われ、どちらの方法も肉体レベルと同様に感情レベルにおいても効果的です。







感情を解放する


怒りや恐れ、不安、いらいら、嫉妬、所有欲、貪欲は人間誰もがもつ感情です。私たちの文化においてそれらは良くないものとされるため、多くの人はそうした感情を表に出さないことを子供のころ身につけます。その結果、そうした感情を自然な表現を幼い頃から抑え始めます。アーユルヴェーダでは、こうした感情は解放すべきだとされています。なぜなら、抑えることでバランスの崩れが生じ、それが結果として病気を生む毒となるからです。


否定的なものに対処するアーユルヴェーダのテクニックは、観察と解放です。例えば、怒りが起こる時、そのことにしっかりと気づき、初めから最後までその感情がどう展開するかを見つめます。この観察で、怒りの本質を知り、そして解放します。手放すのです。全ての感情に対してこのように対処することができます。


恐怖はヴァータに、怒りはピッタに、そして貪欲、嫉妬、所有欲はカパに関連があります。恐怖が押さえつけられると腎臓が乱されます。怒りは肝臓、貪欲や嫉妬、所有欲は心臓や膵臓に影響します。




浄化


毒素はまた、悪化したドーシャが生物学的な炎(アグニ)に影響を与えた時に作られます。そしてその結果、消化や代謝、吸収に影響を与えます。つまり、消化、吸収、同化されなかった食べ物がアーマとして体内に残り、不均質で不健全な粘りのある物質として組織に癒着し、経路に詰まり、毒性をつくります。それが血液に入り毒血を作り、病気の根本原因となります。このアーマの根本原因は、アグニを攻撃する悪化したドーシャであり、消化や代謝の力を下げます。


浄化(ショーダン)の目的は、体から過剰なドーシャとアーマを取り除くことです。ドーシャとアーマを体内の深部から、排出することができる場所まで移動させる最初の手順(プールヴァカルマ)も含まれます。その後、5つの手順(パンチャカルマ)でそれらを取り除きます。過剰になった不純なカパを取り除く嘔吐セラピー(ヴァマン)や、過剰なピッタを取り除く腸を下すセラピー(ヴィレチャナ)、過剰なヴァータを取り除く浣腸セラピー(バスティ)。ナシヤは特定の薬草パウダー、薬を加えた調合オイル、そしてギーを鼻に入れてプラナや精神、意識を浄化します。ラクタ・モクシャは、伝統的な瀉血あるいは特定の薬草を使った血液の浄化です。




毒素の中和


体のドーシャのバランスを整え落ち着かせる中和法(シャマン)には7タイプあり、火を燃え立たせる(ディパン)、毒性のあるアーマを燃やす(パチャン)、断食(クスッド・ニグラハ)、脱水を保つ(トゥルット・ニグラハ)、ヨガのストレッチ(ヴィヤヤマ)、日光浴(アタップ・セーヴァ)、そして呼吸です。シャマンは主に精神的な浄化法で、パンチャカルマを行うには体力が弱い人、そして感情的な問題のある人などに適しています。免疫やアグニに影響する慢性的な乱れはピッタ、ヴァータ、カパにかかわらずシャマンが良いでしょう。シャマンは、治療にも予防にもなるので健康な人にも向いています。


  • シャマンの初めは、蓄積された毒素を燃やすために体内の火をおこすことです。これはカパやヴァータの乱れに、特に消化の火が落ちている人には必ず必要です。特定の薬草を特別な割合で蜂蜜とともに内服します。中でもピッパリ、生姜、シナモン、黒胡椒、チトラックなどは火をおこすのに役立ちます。みぞおちに集中することでもアグニを燃やすことができ、肉体や微細な因果体の毒素を燃やします。このテクニックはカパやヴァータタイプに特に効果的ですが、ピッタの人が行うには十分な注意が必要です。


  • 毒素は、トリカトゥ、チトラック、シナモン、生姜、クミン、コリアンダー、フェンネルなどの薬草を特定の割合で作ったお茶を摂ることで燃やす(パチャン)ことができます。これらのお茶は、食べ物が適切に吸収できる様に食事の後に飲まなければいけません。集中や瞑想、熟考もまたパチャンを高めます。


  • 急な発熱や消化不良、赤痢、下痢の場合、アーユルヴェーダでは断食(クシュド・ニグラハ)を勧めています。通常の断食では、ギーで煮たリンゴ、バスマティライスとムング豆とギー、あるいはヨーグルトとお米だけを少量だけ食べます。しかし、急な発熱や下痢、赤痢などの場合は、数日間何も食べない方が良いです。これがアグニを燃え立たせ毒素を燃やします。


  • 脱水を保つ(トゥルット・ニグラハ)とは、水を飲まないことです。体内に過度の水分が保持されるカパの乱れの時にはとても大切です。アーユルヴェーダでは、例えば浮腫のように腎臓の不調、腹腔内に水分が溜まっている時、特定の尿の異常がある時は水を摂取してはいけないと伝えられています。トゥルット・ニグラハは、水のファスティング(水だけを飲む)ではありません。水を全く飲まないことです。


  • 次に続くのはエクササイズ(ヴィヤヤマ)で、特にヨガのストレッチです。ここでのエクササイズとは、筋肉の特定の方向へのストレッチで、努力がなければできない目標を立てます。この努力が肉体的なストレスを生み、その結果火が起こります。アーユルヴェーダでは、エクササイズは血流を改善し、心拍を活性、カロリー燃焼を強め、代謝を刺激し、体温を調節、体重を維持すると言われます。また、感覚を鋭く注意深くさせ、心が研ぎ澄まされます。正しいエクササイズは素晴らしいシャマンの技術なのです。


    アーユルヴェーダでは、それぞれ個人の体質に向けたエクササイズを推奨しています。例えば、ヴァータの人に重要なのが骨盤腔なので、骨盤の筋肉をストレッチするエクササイズが良いです。それゆえヴァータの人が落ち着くのを促してくれるのは、前屈、後屈、背骨の捻り、コブラのポーズ、ラクダのポーズ、肩立ち、鋤のポーズなどです。水泳はヴァータの人に向いていますがジョギングはそうではありません。

    ピッタの人に重要なのがみぞおちで、そのあたりの筋肉をストレッチするエクササイズが効果的になります。魚のポーズ、舟のポーズ、ラクダ、バッタ、そして鋤のポーズがピッタを落ち着かせるのに役立ちます。ヴァータと同様にピッタにも水泳は良いです。

    カパの人の重要な場所は胸ですので、胸まわりのストレッチをするエクササイズが効果的です。それには、肩立ちや耡のポーズ、バッタ、猫、牛、弓のポーズが含まれます。これらは全てカパの肺腔内循環を高めます。カパにはジョギングが良いですが、カパの人はジョギングを好みません。山登りやハイキングなどが良いでしょう、が、やはりあまり好きではないでしょう。



  • 日光浴(アタップ・セーヴァ)は、もうひとつの伝統的なシャマンですが、熱と光、そして高レベルの意識の源は太陽だからです。ピッタ優位の人が日光浴をするには、日光照射を減らすためにオイル(日除け)を塗布する様にし、30分以内を目安にしましょう。ヴァータの人は1時間ほどの日光浴をします。カパの人は1時間以上日光の下で横たわっても構いません。カパとヴァータの人は、正しいケアができるなら日光の下に横たわってみぞおちに集中した瞑想をするのも素晴らしいシャマンになります。血流を改善し、ビタミンDの吸収を促し、骨を強くします。

    しかしながら、電離層やオゾンが破壊されている今日では、望まれない過度の放射線(紫外線)が地面に届いているので、日光浴が危険な場合もあります。皮下のブラジャッ・ピッタを悪化させ皮膚がんを起こす危険があります。ほくろが多い人は日光浴をしない方が良いでしょう。月光浴はピッタを下げるのに良いです。



  • 最後のシャマンは呼吸です。呼吸法(プラナヤマ)には数多くのタイプがあり、経験豊富な指導者から学べる全く異なる呼吸の科学もあります。しかし、誰しもが両方の鼻から正しい呼吸をいくつかしなければなりません。そのひとつは以下のような呼吸です。静かに座って片鼻から深く吸い込み、下腹部へ息を入れ、そしてゆっくりと反対の鼻から吐き出します。反対の鼻でこれを繰り返し、片鼻ずつの呼吸を続けます。これが交互の鼻腔のプラナヤマで、シャマンの全ての形と同様に、心と体、意識のバランスをもたらすのに役立ちます。




結果は・・


この様に、アーユルヴェーダは、健康と調和を日常にもたらす洞察を与えてくれます。また、長寿や精神的な平穏をもたらします。アーユルヴェーダは完全な癒しの技術であり、その基本的な原理を理解し、自分の体質を理解し、ドーシャの悪化の性格な性質と構造を理解することで、正しい指針に従って調和とバランスを得ることが可能となります。そのバランスから、最も平穏な状態が生まれるのです。








2024年8月27日火曜日

全てのレベルで癒すアーユルヴェーダの知恵 Vol.1
Ayurvedic Wisdom to Address Healing on Every Level


アーユルヴェーダは古代のヴェーダ文献を起源にしています。サンスクリット語の「命」の意味を持つ「AYUR」と「知識」である「VEDA」の2つの言葉から作られています。古代の人々によれば、科学は体系的かつ論理的に整理された知識であり、時と共にアーユルヴェーダは命の科学、すなわち体、心、精神など私たちの全てを包含する広範囲の科学となりました。



どのように私たちが存在するのか


アーユルヴェーダの文献はサンキャ哲学に基づいています。サンキャ哲学では、全ての人間は宇宙の完全な秩序(純粋意識)の創造物であり、プルシャという男性的なエネルギーとプラクリティという女性的なエネルギーの形をとっています。プルシャは選択不可の受動的な意識であり、プラクリティは選択可能な能動的意識です。プルシャは創造には加わらず、プラクリティは神聖な創造の意思です。プラクリティは世界の全ての形を創造し、プルシャはその創造を目撃するのです。


プラクリティはグナと呼ばれる3つの特性を含む根源的な物理的エネルギーで、(宇宙から生じた)自然界全てに見られます。3つのグナとは、サットヴァ(本質)、ラジャス(動き)、タマス(不活発)です。この3つがこの世の全ての基本です。プラクリティに調和をもって包含されていますが、このバランスが崩れるとグナは互いに作用し合い、そうして宇宙の発展を生じさせるのです。


最初にプラクリティから現れるのは宇宙の知性です。「mahad」から自己意識(ahamkar)が作られます。そして自己意識が五感(tanmatras)と5つの運動機関となり、サットヴァの力を借りて有機的な世界を作ります。同様の自己意識がさらに、タマスの力を借りて自己意識が5つの基本元素(bhutas)となり、無機的な世界を作ります。ラジャスは体内の動的な生命力であり、有機的、無機的世界をそれぞれサットヴァとタマスへと展開します。つまり、サットヴァとタマスは不活発な潜在的エネルギーであり、現れるにはラジャスの活発な動的エネルギーが必要となります。







個性の働き


全ての個々の意識には常にサットヴァ、ラジャス、タマス間の相互作用があり、個人個人の相対的優勢は精神的で倫理的な性質の違いに起因します。例えばサットヴァな性質は、気づき、純潔、認識の明確さとして現れ、結果として善良性や幸福をもたらします。サットヴァが優位にある人は、敬虔で愛情深く、思いやりがあり純粋な心を持ちます。そうした真実や道徳的な正義に従う人は、礼儀正しく、良い行いをします。すぐに動揺したり怒ったりしません。精神的に勤勉ですが、心が疲労することはありません。健康的で注意深く、また意識が高く、輝きや知識、喜び、幸せに満ちています。


動きやエネルギーはラジャスによるもので、これが感覚的な楽しみや喜び、痛み、努力、絶え間ない動きなどをもたらします。ラジャスな性質が優勢な人は、自分本位で野心的、意欲的、
誇りや競争心が高い、また他人をコントロールする傾向があります。力や名声、地位を好み、完璧主義です。彼らは勤勉ですが方向性を欠いています。落ち着かず、活動的で動きを止めません。感情的には、彼らは怒り、嫉妬し、野心を持っていますが、成功しても喜びがもたらされることはありません。精神的な意識に誠実ではないのです。かれらの活動は自己中心的でわがままです。


タマスには、暗い、不活性、重いなどの特徴があり物質主義な考え方を持ちます。タマスな性質が優勢の人は、他の人に比べてあまり知的ではありません。鬱や怠惰の傾向がありよく眠ります。頭を使う仕事ですぐに疲れます。あまり責任のない仕事を好み、食べて飲み寝てセックスをすることを好みます。貪欲で独占欲が強く、執着し怒りっぽい、そして他人のことは考えません。彼らは瞑想に集中することは苦手です。




ドーシャの働き


精神的な性質に加えて、ヴァータ、ピッタ、カパという生物学的な気質(ドーシャ)が3つあります。体内の心理学的、精神病理学的な変化の全てを司り、全ての臓器や細胞組織に存在します。「空」と「気」が組み合わさってヴァータとなり、火と水がピッタとなり、水と地がカパとなります。


ヴァータとピッタとカパは誰にでも存在しますが、個々人によって異なる組み合わせになっています。例えば、基本的には体質は7つあります。ヴァータ、ピッタ、カパが優勢なモノタイプ、ヴァータとピッタ、ピッタとカパ、カパとヴァータが優勢なデュアルタイプ、そしてヴァータ、ピッタ、カパが同じ比率になる均等タイプがあります。ドーシャのバランスはまた、個人の体質におけるサットヴァ、ラジャス、タマスによっても影響を受けます。


ヴァータは軽く、動きがあり活動的、鮮明で収斂、分散します。そうした性質によって、ヴァータの人の髪や肌、腸は乾燥していて、便秘しやすい傾向にあります。ヴァータの軽い性質により、体重が軽く痩せていたり体重不足することがあります。冷たい性質が、手足の冷たさや血流の悪さとして現れます。ヴァータはよく動くので、ヴァータタイプはとても活動的です。


ピッタは熱く鋭く、軽く、流動的で酸味があってオイリー、広がる性質を持ち、ピッタが過剰になるとそれらが現れてきます。ピッタは熱いので、ピッタの人は食欲が強く温かい肌をしています。またピッタは鋭く、ピッタの人は尖った鼻、歯、目、心を持っています。鋭い言葉を使います。記憶力が良いです。オイリーな性質のため、柔らかで温かくオイリーな肌、ストレイトでオイリーな髪を持ち、オイリーで水分の多い便をします。ピッタは軽いため、ピッタの人は中肉中背で明るい光を嫌います。


カパは重く、遅い、冷たい、オイリー、水分が多い、密集、厚い、安定して濁っています。こうしたドーシャの優位性を持った人は、重い骨、筋肉や脂肪を持ち、体重が増える傾向があります。代謝や消化が遅く、冷たく湿った肌をして、太くウェーブのかかった髪をし、大きく美しい目をしています。遅い性質のため、カパの人はゆっくりと歩き話します。ジョギングやジャンプは好まいのですが、座って何もしないことが好きです。


個人の体質(プラクリティ)は、受胎時のヴァータやピッタ、カパの異なる組み合わせによって決まります。人は全て唯一の存在です。男性の種(精子)と女性の卵(卵子)が両親の体質を伝えますが、精子の受精時における優勢因子が、卵子の劣性を中立させたり同様の性質を促進したりします。例えば、強いヴァータ性質を持った精子は、卵子のカパの特徴をいくらか抑制します。乾燥して軽く、粗い動的な質のヴァータが、オイリーで重く、滑らかで安定したカパの性質を抑えるのです。ヴァータとカパはどちらも冷たいので、この性質は胎児の中で促進され、子どもは寒さに敏感になります。この場合の子供は、ヴァータ・カパの体質を受け継ぎます。一方で、精子も卵子も共にヴァータの場合、その子孫はヴァータ体質を受け継ぎます。



バランスが崩れること


アーユルヴェーダにおける健康とは、体と心と意識とのバランス、そしてヴァータ、ピッタ、カパという内的なバランスが取れている状態です。体そのものは3つの質(ドーシャ)、7つの組織であるダートゥ(血漿、血液、筋肉、脂肪、骨、神経、生殖器)、3つの老廃物であるマーラ(便、尿、汗)、そして火または代謝のエネルギーであるアグニから成っています。病気とはこれらのどれかのバランスが崩れている状態のことです。言い換えれば、病気の根本原因はドーシャ(ヴァータ、ピッタ、 カパ)の悪化であり、さまざまな要因で起こります。そして一度悪化すると、そのドーシャがそれぞれの場所で蓄積し始めます。ヴァータは結腸で、ピッタは大小腸で、カパは胃です。その誘因が続けば、蓄積されたドーシャが元の場所から溢れ出して全身に広がり、すでに弱った組織に入り込んでそこに病変を作り出します。ついには、影響を受けた臓器、あるいは全身に病変が現れるのです。


アーユルヴェーダでは、遺伝的、先天的、内的、外的、季節的、習慣的、超自然の要因が7つの病気の主な原因とされます。また病気は、五感(聴覚、触覚、視覚、味覚、嗅覚)の使い方が間違っている、使いすぎている、使わなすぎていることからも起こり得ます。病気そのものは、関係するドーシャの数、影響している特定の組織、、悪化したドーシャの組み合わせ、その病気は一次的なのか二次的なのか、悪化の強さ、そして病気が現れたてからの期間などによって特徴を述べることができます。


知られている遺伝病は多く存在し、特定の問題や実際の異常への傾向や性質などがあります。先天的な原因には、母親の生活スタイル、食事、習慣、活動、感情、人間関係など胎児に影響を与えます。潰瘍や肝臓の損傷などの内的な状態は、味覚の使いすぎ(例えば過度に辛い食べ物)が原因となることもあります。ドーシャに影響する外的なトラウマは、交通事故や銃創など暴力的行為です。


病気の季節的要因は、大抵はあまり直接的ではありません。例えば、夏は明るく軽く、熱い、つまりピッタの季節です。秋は冷たく風が吹き乾燥していて、ヴァータの季節です。冬は冷たく風が吹いて湿っているのでカパの季節です。早春は涼しく湿っていてカパ、そして晩春はピッタです。個人の体質がどうであれ、それぞれ関係するドーシャが対応する季節で悪化するでしょう。例えば、ヴァータの人は秋に便秘や坐骨神経痛、関節痛、リューマチする傾向があります。ピッタの人は、夏に蕁麻疹や吹き出物、ニキビ、胆汁異常、下痢、結膜炎などを起こすかもしれません。カパの人は、春に風邪や咳、便秘、くしゃみ、カパ性の鼻腔炎を起こします。


過食、不適切な食生活、喫煙など生来の傾向もまた問題にあり得ます。超自然の原因としては、日焼け、避雷、惑星の動きなどがあります。また、バランスの崩れた感情、深く根差した消えない怒り、恐怖、不安、悲嘆、悲哀などもまたドーシャに影響を与え病気の原因となります。



病を診断する


病気の経過診断の数多くのテクニックには、脈や舌を読む、尿を確認するなどの技術があります。脈には主に3つのタイプがあり(ヴァータ、ピッタ、カパ)、それぞれが異なる12箇所の橈骨動脈拍動でみられるはっきりとした特徴を持っています。もちろん、左右で6箇所ずつで、3つは表面で3つは深部です。これらの脈と内臓には関連性があり、指で各内臓の強さ、活力、生理学的状態などを知ることができます。


舌診断はまた、伝統的なアーユルヴェーダの技術です。この技術は、内臓の機能状態を明らかにする特徴的なパターンを基本としています。舌は内臓を写す鏡で多くの病気の状態を反映しているので、舌の表面を単に観察するだけでそれがわかります。こうしたパターンの中には伴う図形として見られます。


舌の特定の部分における変色や過敏は、その部分に対応する臓器の不具合を示します。白っぽい舌はカパの乱れと粘膜の蓄積を示します。赤い、あるいは黄緑の舌はピッタの乱れ、そして黒いから茶色の変色はヴァータの乱れを示します。乾燥した舌は血漿(ラサ・ダートゥ)が減少している兆候を示しており、青白い舌は赤血球(ラクタ・ダートゥ)の減少を示しています。


またアーユルヴェーダの医師は、体内ドーシャのバランスの乱れを理解するため尿検査をします。血液(ラクタ)やリンパ(ラサ)などの体液は、老廃物(マラス)を生み出した組織から運びだす役割をします。排尿システムは、水分(クレダ)、塩分(クシャール)、窒素性物質(ダートゥ・マラス)を体から取り除きます。また体液の水分(アパ・ダートゥ)や電解質の正常濃度を維持し、量を調整するのにも役立ちます。このように、尿はヴァータとピッタ、カパのバランスを維持する一役を担っています。


尿検査のためには、清潔な容器に早朝の尿を排尿途中で取ります。色を観察しましょう。もし黒っぽい茶色ならヴァータの異常を示しています。暗い黄色ならばピッタの異常です。尿が出ない、あるいは体があまり水分を取り込まない時にも、尿は暗い黄色になります。尿に濁りがあるなら、カパの異常があります。赤い尿は血液(ラクタ)の異常を示します。


正常な尿は典型的な尿の匂いがします。悪い匂いは、体内の毒素(アーマ・ドーシャ)を示しています。酸性の尿は、焼け付くような感覚があり、過剰なピッタを示します。尿の甘い匂いは糖尿病の状態を示しており、排尿中に皮膚の表面に鳥肌が出ることもあります。尿の結砂は、尿管の結石を示します。


ーーーーーーーーーーー
次回に続きます。



2024年6月17日月曜日

呼吸の長さが重要:ブラマリ呼吸のHRVに対する効果 
Breath Length Matters: Research Reveals Bhramari's Impact on HRV


ブラマリ呼吸(マルハナバチの呼吸)は、心拍数を下げる、注意や睡眠の質、自律神経や肺機能が向上する、そして心拍変動(HRV)が向上するなど、複数のよい効果があることがこれまでの研究で示されてきました。


心拍変動とは、心臓の健康や体のストレスに適応力を図る効果的な方法です。一般的にHRVが高いと心臓や自律神経の働きが良い状態で、逆にHRVが低いとストレスや隠れた病気があることもあります。


最近まで、ブラマリ呼吸において異なる呼吸の長さがHRVの変化量にどう関係するのかの理解には意見の相違がありました。



新しい研究

ヨガ国際ジャーナルに発表された最近の研究では、4つの長さで(8、10、12、14秒)ブラマリ・プラナヤマを3分間行い、被験者118人のHRVへの影響を調べました。呼吸の長さは、以下の呼気吸気の比率に分けられました。

  • 3秒吸気, 5秒呼気 (計8秒)
  • 4秒吸気, 6秒呼気 (計10秒)
  • 4秒吸気, 8秒呼気 (計12秒)
  • 5秒吸気, 9秒呼気 (計14秒)



結果は、ブラマリ呼吸でHRVが最大になるのは呼吸が12-14秒の呼吸時でした。こうした長い呼吸が、8-10秒呼吸時よりもHRVの範囲を有効にやや向上させたのです。


「最適な呼吸の長さはたった10秒だと示した直近のエビデンスとは異なる発見である」と研究者は結論づけています。


こうした研究は、ハミングの効果、またはマントラの練習における呼吸の長さがHRVに与える効果などを探るさらなる研究を促すことになるでしょう。




では、あなた自身にとっては?




どんなものでもブラマリ呼吸を適切に練習することで、日々のストレスにより素早く落ち着きを持って適応することができます。HRVやストレス管理の力を向上したいなら、この研究で行なわれた比率のん12-14秒の呼吸を試してみましょう。心臓の健康を向上するだけでなく、以下の効果も得ることができるでしょう。
  • より質の良い睡眠
  • より健康な肺
  • より上手にストレスを処理
  • 今ここに焦点をあてる


この研究が示したように、ブラマリ呼吸の効果はたった3分間で体験することができます。練習する準備はできましたか?


https://yogainternational.com/article/view/breath-length-matters-research-reveals-bhramaris-impact-on-hrv/

2024年5月16日木曜日

溢れるエネルギーを!エネルギーを高める5つの自然な方法 
Supercharge Me! 5 Natural Energy Boosters

季節の変わり目、特に今年の春は暑かったり寒かったりが激しくて疲れやすいですね。体力を保ち健康でいるためにはどうすればいいのでしょうか?

ーーーーーーーーーーーーーー


あなたは、恋人たちや聖人、赤ちゃん、ヨギ、そして妊娠中のお母さんが同じ輝きを発していることに気づいたことはありますか?彼らの肌は輝き、微笑んでいて、いつも目がキラキラしています。文字通り、生命力を放っています。アーユルヴェーダでは、活気に満ちた人には、健康や創造性、ウェルビーイング、精神力などを促す3つ必要不可欠な要素のひとつであるオージャスの量が多意図されています。オージャスは命の精髄で、体組織の純粋な本質であり、幸福感と免疫力の源です。


古代のアーユルヴェーダの文献には、健康的なオージャスがあれば幸せに100歳まで生きられると書かれています。しかし、オージャスが枯渇すると老化や病気に脆弱になり、早死にすることさえもあります。


では、十分なオージャスがあるかどうかどのようにわかるのでしょう?体に見られる兆候は、明るく綺麗な目、艶のある髪、艶のある肌、そして薔薇色の頬などです。また心や感情のサインはといえば、前向きのエネルギー、活力、喜び、明晰な心、共感力などです。もし肌の乾燥、手足の冷え、便秘、不安、頭がはっきりしない、後ろ向きな考え、孤独感、疲労などがあるなら、オージャスが枯渇しているのだとわかります。


多くの人にとってオージャスを増やすことは可能です。以下は、爽快な気分で輝くための5つのヒントです。




1.  オージャスのための食事をとる


太陽の光で実った新鮮な自然食品には、活気を与えてくれるエネルギーを含んでいます。過度に加工した食品、精製した食品、アルコール、刺激物を避けて、オージャスの多い食事をとりましょう。

  • 果物;アボカド、リンゴ、バナナ、デーツ、いちじく、アプリコット
  • 野菜:緑の葉野菜、レタス、パセリ、アルファルファの芽、オクラ、さつまいも、山芋、ルバーブ、ほうれん草、カブ、クレソン、ズッキーニ
  • 穀物:アマランサス、バスマティライス、オートミール、全粒小麦
  • 豆類:ムングダル、大豆、豆乳、豆腐
  • 乳製品:山羊のチーズ、カッテージチーズ、新鮮なヨーグルト、ギー
  • ナッツ類:アーモンド、ブラジルナッツ、黒グルミ、ヘーゼルナッツ、松の実、ピスタチオ、胡桃




2. アーモンドミルクを飲む


アーモンド10個を一晩水につけます。朝になったら薄皮を剥きます。アーモンドをカップ1の牛乳、カルダモンのパウダーをひとつまみ、ひき立ての黒胡椒をひとつまみ、蜂蜜を小さじ1と一緒にブレンダーに入れます。高速で5分間ブレンダーにかけて、いただきましょう。アーモンドと牛乳、蜂蜜はオージャスがたっぷり入っているので、これを飲めば栄養とエネルギーを得ることができます。




3. 自分自身を養う


健康的でバランスの取れたライフスタイルを始めると、活気に満ちた感覚をすぐに感じ始めるでしょう。それは、どうしてでしょうか?なぜなら、ストレスはオージャスを枯渇し、リラクゼーションはオージャスを満たすからです。以下はおアーユルヴェーダのライフスタイルに関するヒントです。


  • 習慣的な運動をする(やりすぎないで)
  • いつのも時間に就寝して、約8時間の睡眠をとり、毎日同じ時間に起きる
  • 自然や芸術に触れて心に栄養を与える
  • 愛する人と一緒に過ごす
  • マルチタスク、過度な刺激、過度なセックス、慢性疲労、強い風、激しい温度を避ける



4. ヨガや瞑想をする


習慣的なアサナやプラナヤマ、瞑想は活力を高めます。瞑想が初めてなら、ソウハムのマントラで行う瞑想を試してみましょう。


両目を閉じて数分間の間深く呼吸します。それから、第3の目に意識を集めて、吸う息とともに心の中で「ソウ」と言い、吐く息とともに心の中で「ハム」と言います。このマントラを呼吸に合わせて5分以上繰り返しましょう。この瞑想をすると、オージャスが増大し気分が高まります。



5. セルフマッサージをする


毎晩就寝前に、少量の温かいオーガニックで無精製のオイルを体全体にすり込みます。耳や鼻腔など体の開口部は特に注意しましょう。そして温かいお風呂に浸かってから自然素材の石鹸でこすり洗いします。この栄養を与える習慣によって筋肉が柔らぎ、赤ちゃんのように眠れるでしょう。自分のプラクリティ(体質)がわかっているならそれに合ったオイルを選ぶことができますが、そうでなければドーシャテストを受けて下のようにマッサージしましょう。

  • ヴァータ体質: セサミ、アーモンド、ブリンガラジ(アメリカタカサブロウ)のオイルなど暖かく重いオイルを使います
  • ピッタ体質:オリーブ、ひまわり、ココナッツ、ギーなど冷やす自然油を使います
  • カパ体質:マスタード、アマニ、紅花など軽いオイルを使います


オージャスの精神的側面


聖人らによれば、プラナヤマや精神的な修練、タントリックの技術などを通して自らのオージャスを精神力へと変容させることが可能です。この力のあるエネルギーは、悟りを開いたヨギの頭の後ろにオーラや後光という形で目にすることができます。もしそんな人に会う稀有な機会があれば、彼らが言葉を発しなくとも愛や哀れみが胸元から出ているのが感じられると気づくでしょう。それこそがオージャスの精神的な面の現れなのです。








(出典)https://yogainternational.com/article/view/supercharge-me-5-natural-energy-boosters/

2024年4月2日火曜日

アーユルヴェーダ的 春の過ごし方  Vol.2
Ayurveda Tips for Spring

 

適した食事をとる


アグニ(消化の火)は、春には弱まります。そのためアーユルヴェーダでは、アグニの強い冬よりも食事を少なくすることを(カパ優位の体質の人は特に)勧めています。

春には、軽く暖かい食べ物が適しています。豆類やキノア、レンズ豆、オーツ麦などの自然食品を食べるようにしましょう。野菜は、ブロッコリーやアスパラガス、ほうれん草、カブなどを組み合わせます。
消化に良い飲み物で消化を助けたり、お茶や食事にはちみつを取り入れましょう。  
乳製品や柑橘系、澱粉質のもの(じゃがいもなど)は、カパを増やすので出来る限り避けましょう。







春にバランスを取るのに良い以下のレシピを作ってみましょう。


春の野菜ソテー


温暖な地域のお料理には春野菜のシチューがたくさんあります。このレシピを、新鮮な豆類が一番美味しいこの時期の特別な日のために作りましょう。さまざまな薄緑の重なりは、黒いお皿に特にアートのように映えるでしょう。4人分です。


材料

鞘から出した新鮮なエンドウ 340g
新鮮なアスパラガスの穂、4cmくらい 16本
鞘から出して皮を剥いた空豆 220g
新玉ねぎ、2.5cmに千切り 4玉
無塩バター 大さじ4
フレッシュなタイムの葉、微塵切り 大さじ1
フレッシュなパセリ、微塵切り 大さじ1
崩したゴートチーズ 120–170g
塩、弾きたての胡椒


作り方
  1. 野菜全てを準備しましょう。アスパラガスは砂を落とすよう水で丁寧に洗いましょう。スープや炒め用に置いておきます。空豆の薄皮は苦味があります。塩を入れたお湯で1分さっと茹でると剥きやすいです。

  2. 中火で鍋に溶かしたバターで5分間野菜をソテーします。焦げ目がつかない程度に柔らかくなるまで炒めましょう。水を大さじ2-3杯、塩少々を加えます。蓋を閉めて、時々揺らしながら2分間蒸し煮します。

  3. ハーブ類を加えてよく混ぜます。甘みが足りない場合は砂糖を少し足しましょう。水気が足りないようであれば、大さじ1の水を足します。

  4. 温めたお皿4枚の中心に温かいシチューを盛ります。塩胡椒を少々足して、室温で砕いたゴートチーズを上にのせましょう。


砕いたゴートチーズは温まると野菜の上で少し溶けます。そのまろやかなピリッとした味が甘い野菜にコントラストを与えます。バゲットや全粒粉のパンを添えましょう。デザートにはレモンのパウンドケーキやボールいっぱいのいちご、質の良いチョコレートなどが良いでしょう。



 

ホームメイドのジンジャーエール


ジンジャーティーはもう飽きた?この美味しいソーダのレシピを試しましょう。ショウガの刺激的で温める質が春の寒さを吹き飛ばしてくれます。


作り方

ソースパンに、擦りたてのショウガ1/2カップと甘薯糖1カップ、水4カップを混ぜ入れます。
沸騰したら火を落として9分煮ます。冷まして漉しましょう。
冷やしたグラスにこのジンジャーシロップをカップ1/3入れます。炭酸水を入れてライムをつけ合わせましょう。好みで割合を調整してください。4ー6人分。残りは冷蔵庫で保存してください。香りが強くなります。


バリエーション

もう少し刺激が欲しい時は、ショウガを煮る時にすりつぶしたカルダモンや小さじ1/2、またはクローブを少し足しましょう。バニラエキスを小さじ1/2を足すと、かすかに土のような香りがします。飲む前にクリームをさっとかけるのも素敵です。






簡単なキノアのピラフ


温かいキノアと爽やかなアスパラガスのバランスは、全ての体質の人にピッタリの一品となります。(4-6人分)


材料

乾燥キノア 1カップ
水 2カップ
塩 小さじ1⁄2 
オリーブ油かギー 大さじ2
アスパラガス お好みで200-450g
人参 大1本
刻んだフレッシュなローズマリーの葉 小さじ1 
フレッシュなキダチハッカ 小さじ1 (なくてもOK)
玉ねぎ 大さじ2



作り方

  1. ボウルでキノアをよく洗います。小さめのソースパンで水と塩でキノアを煮ます。沸騰したら蓋をして火を弱めます。アスパラガスを洗って2.5cmほどに切ります。洗った人参は薄切りにします。

  2. 大きめのスキレットにオリーブ油を温めます。細かく刻んだローズマリーと玉ねぎをオイルの中に入れます。玉ねぎが透明になり始めたら人参を加えましょう。蓋をして中火で柔らかくなるまで火を通します(約5分)。アスパラガスを足したら蓋をしてまた2-3分、歯応えが残る程度に火を通します。キノアが炊けたら(約20分)、スキレットの野菜の中にふわっと入れてフォークで崩します。細かく刻んだキダチハッカを混ぜこみましょう。






アスパラガスのスープ


子供の頃の春の思い出は、どろどろした道端でアスパラガスを探したことです。両親が私たち4人の子供をトラックに載せていったものです。「アスパラガスは恵みなの」と母はよく言っていました。つまり、ただだったのです。本当に私たちは幸運でした。野菜も果物もほとんどは庭や祖母の果樹園で採れたのです。おばあちゃんの果樹園の中をプラムやリンゴ、桃を探して歩くのは私たちの楽しみでした。


米国立ガン研究所によれば、アスパラガスは他の食物よりグルタチオン(強力な抗酸化物質のひとつ)が豊富です。また、ビタミンA、C、B2、ナイアシン、チアミンだけでなく、鉄分、リン、カリウムなどミネラルの素晴らしい摂取源です。つまり、本当に恵みなのです。これを知ったら母は、正しかったでしょうと喜ぶことでしょう。


アスパラガスは古くから食されていました。遡ること紀元前3000年のエジプト建築に描かれています。また、最古のレシピ本である3世紀の「アピキウスの料理書第三巻」の中にもレシピが載っています。私のお気に入りは「aliter patina de asparagis」で文字通りアスパラガスのレシピです。これは基本的には卵とワイン、たくさんのハーブで作った揚げ物です。


この季節に美味しいものリストには終わりがありませんが、私の今のお気に入りはアスパラガスのクリームスープです。シンプルで簡単に作れます。(チーズトーストと一緒に食べると最高です!)



材料(4人分):

アスパラガス 2束
オリーブオイル 大さじ1½ 
玉ねぎ、さいの目切り 中1個
刻んだニンニク 2かけ
水 6カップ
ホイップクリーム ¼カップ
パルメザンチーズ 大さじ2
胡椒 小さじ¼
塩少々
レモン汁 半分



作り方
  1. オーブンを180度に温めます。

  2. アスパラガスの端を折って(自然に折れるところで)、残りを2.5cmの長さに切り、大さじ½のオリーブオイルをまぶしてベーキング皿に入れて180度で15分ローストします。

  3. 中火のソースパンで玉ねぎをオリーブオイル大さじ1で透明になるまでソテーし、にんにくを足して飴色になるまで炒めましょう。

  4. 水を足して沸騰させます。

  5. ローストしたアスパラガス、クリーム、チーズ、塩胡椒を足して煮ます。鍋の中でブレンダーを使ってピューレにします。

  6. レモン汁をさっとふりかけていただきます。




道端で摘もうが、地元の市場で買おうが、この春のレシピでアスパラガスを古代ローマ人と同じように堪能できるはずです!




2023年12月18日月曜日

ヨガの生命の樹
The Yogic Tree of Life



ほとんどの人にとって、樹木というのは地面から育つのが普通ですが、ヨガ的には樹木は逆さに成長します。「アシュワッタという永遠の木がある。その根は上にあり、枝は下にある」と、死の神秘を明かすヨガの書物であるカタ・ウパニシャッドでそう語られています。ヨガマスターや、シベリアのシャーマン、ペルシャの司祭、古代ケルト族、そしてバイキングたちもこの木のことをよく知っていました。


私の祖父母がイッグドラシルと呼ぶこの驚くべき木は、ノルウェーでは空から地面に向かって育つといいます。オーディンやトールなどの北欧の神は、私たちとは異なる枝に住んでしました。実際に古代のイギリス人たちは、自分たちのことを「ドルイド」つまり「その木を知る者」と呼んでいました。しかし、私がヨガを学び始めるまで、この逆さの木がいったい何なのか知りませんでした。


私が知る限りアシュワッタについて語る最古のものは、5000年以上前にインドで編纂されたリグ・ヴェーダです。「その木とは何か?何でできた木なのか?それが形作られているのは地なのか天なのか?」インド古代聖者たちは、文字通りその木を空に置きました。夜に外に出て、黄道(太陽や惑星の通り道)が天の川と交差するあたりの蠍座を探してみましょう。そこには、ヨギがムーラ「根」と呼ぶ空の蠍の尻尾に小さな星座が見えるでしょう。これが、世界の木が育つ天界の根です。ここはまた銀河の中心でもあるという驚くべき偶然が、もしあなたが偶然を信じるならですが、起こっています。


空に散らばる星たちを十二宮を逆さに辿っていくと、蠍座にアシュワッタの幹が生えていて、天秤座の方へ腕を伸ばしていて(インド星座では「分かれた枝」という意味のヴィシャカ)、そして獅子座や乙女座にある枝に実をつけています(「木の実」という意味のファルグニと呼ばれます)。古代聖者はここにカニャという若い女性を置きます(乙女座)。彼女は、木の実に片手を伸ばしています(からす座はハスタと呼ばれ「手」を意味します)。そしてそこで彼女の隣で木に巻きついた長い蛇がうみへび座で、古代インドではアシュレシャ「蛇の王」と言いました。インドの伝説によれば、この木の実はヨギ以外は食べてはいけませんでした。そのすざましい力は彼らにしか扱えなかったからです。


さて、ここでびっくりです。古代のインドやイランでは、天空の木は一本ではなく二本あったというのです。一方は金の実をつけ、もう一方は銀の実をつけます。これらは、蛇がイブに食べるよう誘惑した、聖書の知識の木やエデンの園の生命の樹を思い出させませんか?モヘンジョダロ(パキスタンの遺跡)で発見された粘土版の記述から、聖書の最古の部分がが編纂された1000年以上も前にインドではアシュワッタの木が崇められていたことがわかっています。古代アッシリア人もまた、女神イシュタル(乙女座)が世界の木のかたわらでライオン(獅子座)の上に立つ絵を残しています。これら星座の神話は、おそらく聖書のアダムとイブの物語の原型なのでしょう。イブは、黄道に沿ってなる木の実に手を伸ばしています。インドでは、ヨガの書物の中で十二宮のある黄道をアディチャスと呼び、木の実を食べたアダムとイブがとらわれてしまった死と再生の車輪、つまりサムサラ(輪廻転生)を表します。


ヨガの伝統では、行動の結果(木の実)への執着をなくすよう学びます。それはカルマをより複雑にするだけだからです。


ノルウェー神話では、木の世話をする三人の庭師が出てきます。一人目は過去を知るウルドという老婆で、二人目は現在を知るヴェルダンディという若い女性、最後は未来を知るロヒニという無垢な女の子で牡牛座の星アルデバランに関係があります。若いヴェルダンディはインドではチトラと呼ばれますが、西洋の天文学者からは乙女座のスピカとして知られます。運命をコントロールするとバイキングが信じている恐ろしい老婆のウルドは、インドの人がジェスタと呼ぶ赤く輝く星、蠍座のアンタレスです。この3つの星はそれぞれがほとんど同じ距離で離れていて、4方角を示す伝統的な天空の指標のうちの3つです。


古代インドで最も重要な儀式、馬の供犠で、この3つの星を表す3人の女性が儀式の頂点で午に手を置きます。この馬の供犠との関係が特に興味深いところは、世界の木の意味を持つアシュワッタは、実は「馬が立っている場所」という意味だということです。天空の馬とはもちろんペガサス座で、サンスクリットではダディクラス、4つ目の指標です。ペガサスは、天の北極の周りを永遠に駆け続けます。天の北極は、動くことのない北の空の一つの点です。それ以外の天空の全ては、周りを動きます。それは、時や変化の外にある魂を表します。私たちの内なる魂は完全な静寂の場所から、まるで回転する独楽の動かない車軸のように、周りで起こる物事を観察しているのです。


ノルウェーの天の北極はふたつめの木で、黄道の周りを回っている善悪の知識の木と直角に立っています。この北の木の銀の実は、有名なヨギの不死の蜜であるソーマの源です。これが、アダムとイブが食べることを禁じられた生命の樹です。カタ・ウパニシャッドは、わかりやすく暗示しています。「アシュワッタと呼ばれる永遠の木がある。その根は上に、枝は下にある。その輝く根はブラフマン、至高の真実と呼ばれ、それのみで死を超える。この世に存在する全てはその一点に根ざしている。それを超えるものは何もない」ウパニシャッドは、アシュワッタの樹の輝く根、つまり動かぬ一点を自分自身の中に見つけなさいと伝えているのです。では、実際にはどうすればいいのでしょうか?


ヨガで馬が象徴するのはプラナ、生命の呼吸です。呼吸は、ペガサスが北極星に繋ぎ止められているように、私たちの心に繋ぎ止められています。呼吸の周期は、ペガサスが天空を終わることなく回り続けるように、何度も何度も巡ります。しかし、ヨギたちは、自分の存在の動かない中心に意識を統合し、呼吸をゆっくりに、そして最後には呼吸を止める方法を知っています。これがサマディの状態で、瞑想の最も深いレベルです。


深い瞑想の中で、木に登り始めることができます。あなたの中にあるアシュワッタは背骨です。背骨の最下部にあるムーラダーラ・チャクラのことを根のチャクラと言いますが、超自然の根は実際には頭頂にあるサハスララ・チャクラにあり、そこが聖なる意識のある中心です。それが目覚めるのは、自身の外にある実を欲するのをやめ、内側に意識を向ける時です。そして、意識の力であるクンダリニの蛇が背骨に対応する微細な経路を頭頂へと上り始めます。インドからスカンジナビアに渡る世界の樹にまつわる伝説はどちらも、蛇が辿り着こうとする樹のてっぺんの近くに鷲がいると伝えています。鷲とはアジナ・チャクラで、眉間の後方にある意識の中心です。蛇が鷲を過ぎて超自然的な神経樹の最高地点に達した時、悟りが開かれると言われています。


バガヴァッドギータで、最上のヨギであるクリシュナは言います。全ての樹の中で聖なる意識が最も存在しているのはアシュワッタであると。もうひとつの聖典バガヴァータ・プルナでは、クリシュナは死の間際、意識を内なる存在へと引き入れアシュワッタの樹に沈思したと伝えています。死の時にすべての意識を内なるアシュワッタの天空の根に向けることができれば、ヨガの実践において何か素晴らしいことを成し遂げたといえるでしょう。






ところで、アシュワッタの木は実際に存在します。植物学者はそれをインド菩提樹と呼びます。その木の下に座って、ブッダは悟りを開きました。バニヤンツリーの一種で、最初は地面から生えますがその後たくさんの根を枝から下に伸ばします。その先が地面に到達すると、それがまた根となり新しい樹となります。このように、ひとつのアシュワッタがアシュワッタの森となります。そこで「どれが元の木なんだろう」と自問した時、森に生えている全ての木が実は元の木なのだということに気づくのです。見た目はたくさんの木が生えているようですが、本当はたったの一本なのです。古代のヨギが世界を象徴するためにアシュワッタを選んだのは、それを完璧に表すからです。この世の全ては別々のものに見えるけれど、真実は、全てのものは同じ永遠の源を共有しているのです。










2023年8月31日木曜日

クンダリニとは?どう使えば豊かな人生を過ごせるか? 
What is Kundalini & How to Use it to Meet the Fullness of Life



ずっと長くヨガを実践している人も、ヨガを始めたばかりの人も、「クンダリニ」という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか?クンダリニといえば大抵は、呼吸法やチャンティング、同じ動きを繰り返す、そして最も特徴的である白い装束を着て行う現代のクンダリニ・ヨガを思い浮かべるでしょう。しかし、ヨガにおけるクンダリニの概念は、いわゆるクンダリニ・ヨガのスタイルのはるか昔から存在しています。


以下の記事では、クンダリニの歴史やそれが何なのか、そのユニークな質や効果、また現代のクンダリニ・ヨガとクンダリニ・シャクティの違いを探りましょう。クンダリニに関しては、さまざまな考え方や観点があり、ここに書かれた情報は、クンダリニに関してほんの表面に触れているに過ぎないということを念頭に置いておくようにしてください。





クンダリニの歴史


クンダリニが初めて言及されたのは、紀元前1000ー500年のウパニシャッドの中と言われており、身体的なアサナが書かれたハタヨガ・プラディピカのずっと前です。クンダリニ・エネルギーの概念は、ヴェーダやタントラ、ヒンズーのシステムにまでわたり、しばしば聖なる無限の力という意味のクンダリニ・シャクティと言われます。ヒンズー教ではクンダリニは女神とされ、その力は、背骨の根本にあるムーラダーラ・チャクラでとぐろを巻いて眠っているとされます。クンダリニはまた、15世紀にサンスクリット語で書かれたハタヨガ・プラディピカで、全てのヨガの目標となる最も重要なものとされています。
 
 

『扉が鍵によって開くが如く、ヨギは解脱への扉をクンダリニによって開く』 
(第3章105節)



現代のヨガが発展しても、クンダリニの概念はヨガの多くの流派で中心的なテーマとなり続け、1968年には、シーク教の伝道師であるヨギ・バージャンによって「クンダリニ・ヨガ」と名付けられ、ヨガのスタイルのひとつとして広まるまでとなりました。







クンダリニとは?


クンダリニは、内に秘めた見えない力を表している最も需要で力強いエネルギーだと言われ、精神の限界を超えたところに存在する知られざる偉大な領域のことを示します。「クンダル」とは「とぐろを巻いた」、「イニ」は「力」の意味であるので、つまりクンダリニとは「背骨の根本でとぐろを巻く眠れるエネルギー」という意味になります。クンダリニ・シャクティは、私たちひとりひとりが内に持っている全ての意識のエネルギーそのものとして見ることができます。多くの場合、3.5周巻いた蛇として描かれるこのパワフルなエネルギーは、マントラやムードラ、アサナ、プラナヤマなど肉体的、精神的なヨガの実践によって目覚めさせることができます。クンダリニ・シャクティが目覚めると、エネルギー体のチャクラ(エネルギーの渦)を通して上って精神の目覚めに至り、選択や気づき、豊な人生を生きるより大きな機会として現れます。








クンダリニのもつ5つの質


クンダリニ・シャクティに触れ始めると、より無限のエネルギー源へと近づきます。これによって、見えない力の完全性や広大さなど特別な性質を体現するのです。その性質とは以下の通りです。


1.ギヤナ・シャクティ:無限の知識と洞察
 これを体現すると、困難への解決策がより多く得られ、楽に生きられる。


2.イッチャ・シャクティ:意志と決意
 これを体現すると、物事を最後まで見通す意志が持てる。


3.アーナンダ・シャクティ:自己実現と真の喜び
 これを体現すると、より多くの喜びや満足感が日々の生活にもたらされる。


4.チット・シャクティ:全体性への気づき
 これを体現すると、より広い洞察と自己認識を得られる。


5.クリヤ・シャクティ:自発的な正しい行動
 これを体現すると、正しい時に正しい行いをすることで、
 自然に欠陥なく流れるための行動が可能になる。



クンダリニに重点を置いたヨガを実践することで、より多くの可能性やより大きな潜在的な力、そしてより多くの能力を包括した人生への扉を開くことができます。ハタヨガ・プラディピカには、幸せになるための可能性を大きくする、そして人生の真の目的により気づくためにクンダリニ・シャクティを目覚めさせることがすべてのヨガのゴールであると書かれています。




以下は、内なるクンダリニ・シャクティに近づくためのいくつかの実践法です。




クンダリニを目覚めさせる4つのヒント


  • 力強いハタヨガで、腹部にあり火(アグニ)をおこしましょう。おへその中心は下位のチャクラを司るので、ここから始めてクンダリニが上昇する流れを妨げるすべての障害を取り除きます。

  • 片鼻の呼吸などプラナヤマの実践を通して、プラナへの感覚を養い中心にあるエネルギー経路(シュシュムナ・ナディ)を浄化しましょう。

  • 忘我、謙遜、感謝などバクティ、つまり祈りの要素を練習に取り入れましょう。日記を書いたり、ただ落ち着いて自分が大きな存在の一部であることを思い出す時間を毎日取りましょう。

  • 瞑想や自問を通して精神の明晰さや気づきを養いましょう。


クンダリニの覚醒について覚えておくべきことは、クンダリニ・シャクティを目覚めさせるために特別にクンダリニ・ヨガを練習する必要はないということです。どんなヨガを選んだとしても、クンダリニのエネルギーの目覚めを促すヨガには様々な形があります。





クンダリニ・シャクティとクンダリニ・ヨガ


クンダリニ・シャクティがヨガ哲学に組み込まれた概念であるとともに、クンダリニ・ヨガは大変人気のある練習法ですが、この二つを区別し大きく異なる点を理解することは重要です。


クンダリニ・シャクティは、私たちがそれぞれ内に持つ意識の本質であり、より高度な気づきの入り口である一方で、クンダリニ・ヨガは、そのエネルギーを覚醒させる様々なテクニックを用いた組織だった実践法です。指導者から指導者へと伝えられてきたシーケンスやクリヤを使います。クンダリニ・シャクティは、クンダリニ・ヨガの上にある傘のようなものだと見ると良いでしょう。伝統的ハタヨガとその主題を共有してはいますが、自身の科学やテクニックに従っています。サンスクリット語を用いた伝統的なヨガとは異なり、現代のクンダリニ・ヨガのマントラはグルムキ(シーク教の聖典にある言葉)で唱えられます。クンダリニ・ヨガは独特の体験と豊かな教養をもたらし、現代の西洋社会でとても人気のあるヨガスタイルのひとつとなっています。




結論


この記事でお伝えした内容は、その奥深く豊かな歴史とヨガの実践と哲学全体に対するクンダリニ・シャクティの重要性についてのほんの一部にすぎません。心に留めていただきたいのは、習慣的なアサナや瞑想、プラナヤマ、そして自問が、自身の幸福感や気づき、人生の充実感を高める最も有効なツールのひとつとなり得るということです。つまり、クンダリニの覚醒のために試みていることや他の精神的実践などは、過去の聖者らが昔々に共有してくれたものと等しいのです。この地球、この宇宙、そして皆それぞれとの命の調和を真に理解することです。クンダリニを目覚めさせるということは、自身と生きとし生けるもの全てへの無償の愛を目覚めさせるということなのです。



2023年7月6日木曜日

ヨガニードラと5つのコーシャ
Yoga Nidra and the Five Koshas


ヨギの眠りと言われるヨガニードラの瞑想は、コーシャという5つの大きな部分に基づいていていることが、ヨガの経典で述べられています。これらの層は「鞘」とも呼ばれ、肉体、エネルギー、精神・感情、より高度な知性、そして至福のかたまりがあります。ヨガニードラの聖典にあるように、各層はそれぞれに重要であり、瞑想中の実践者がその場に落ち着いて気が乱れないように働きます。


では、想像してみましょう。今、大好きなセレブに会うために、4人の友達と行列に並んでいます。そのセレブに挨拶してもらった友人Aは嬉しそうに興奮し、会えたことに満足しました。次に友人Bがセレブと会うと、興奮のためにすぐに座り込んで休まなければなりませんでしたが、その後はやはり満足しました。そして他の2人の友達もまたセレブに会って挨拶し満足感を得たあと、心を整理するために立ち去りました。けれど、セレブはあなたに会う前に立ち去らなけれななりませんでした。この出来事であなたは、気を揉んでがっかりしました。もしセレブが5人全員と時間を過ごせたら、あなたも満足してこの体験を分かち合いながらおしゃべりできたことでしょう。けれど、あなただけが会えなくて、もやもやして何かが間違っていると感じるでしょう。


これと同じことがコーシャにもいえます。もし、あるコーシャが見過ごされたり満足できなければ、そこに調和はありません。ですから、私はヨガニードラの指導者として、ヨガニードラから目覚める時にまとまったひとつの自分自身を感じられるように、各層を味わえるよう気を配ります。


では5つのコーシャを知り、ヨガニードラにどう関連するかを探りましょう。



1. 肉体の層


第一の層は、おそらく最も認知しやすい肉体的な層、アンナマヤ・コーシャです。文字通りに言えば「食物鞘」であるアンナマヤ・コーシャには、すべての筋肉、骨、腱、靭帯が含まれます。このコーシャは直接体験することができます。あなたの体ですから、あなたが見て感じることができます。


ヨガニードラの練習において、この層へはボディスキャンのように肉体的な体験とともに注意を向けます。「頭をリラックスさせて、腕、脚、上半身、下半身を緩めましょう」などのインストラクションを聞いたことがあるでしょう。体は直接話しかけられますし、観察できます。次の層へと移るに従って、ある意味では肉体への直接的な気づきが消えていきます。



2. エネルギーの層


第二の層はプラナマヤ・コーシャ、エネルギー体です。この層は知覚できますが、アンナマヤ・コーシャよりもかなり微細です。ヨガ哲学では、私たちのエネルギーであるプラナはナディと呼ばれる内部のエネルギー経路に沿って、呼吸とともに動きます。プラナは「呼吸」と訳される場合もありますが、呼吸そのものではありません。呼吸とともに働きますが、呼吸よりも微細です。


ヨガニードラでは、呼吸を観察することでプラナマヤ・コーシャと繋がります。息を吸ったり吐いたりするのをただ観察するように言われるかもしれませんし、指を使わないナディショーダナのような呼吸の練習をするかもしれません。「息を右の鼻から吸い込んで、少し止めます。左の鼻から吐き出して、止めます。左の鼻から吸い込んで、止まります。右の鼻から吸い込みましょう」などなど。呼吸に集中することで、体内のエネルギーの制限を緩めることが目的です。そしてこの層は、肉体の層と同様に消え去っていきます。



3. 精神・感情の層


第3の鞘はマノマヤ・コーシャ、精神の体です。これは、最も魅力的な層で感情のある場所だと言われています。怒りや恐怖に我を忘れたと感じる時(または上記の友達Bのようにスターに夢中な時)、私たちはこのコーシャにいます。マノマヤ・コーシャは、全ての状況における直感的な心の状態と関連していて、意識的にも無意識的にも自分自身や他者との関わり方をあらわにします。この層を押し殺し無視してなんとかしようとしても、感情は表層に(あるいはそれ以上に)突然湧き上がって、そんな感情や体の反応を抑えられない「限界点」に達してしまうこともあります。ですからこの層は、感情に操られることなく感情を体験できるヨガニードラで働きかけることができるのです。


ヨガニードラでは、全身の重さ軽さの感覚に気づいてください、心の中を感じとって、あるいはリラックスした時(またはそうでない時)のことを思い出してくださいと促されるかもしれません。この体験のすごいところは、マノマヤ・コーシャはまさに別の層だと感じられること、そして不安や幸福感や怒りはあなた自身ではないこと、ただ反応や内側で起こった感情にすぎないと気づくことです。


一度この層に触れられれば、この層もまた背後へと隠れていきます。



4. より高度な知性の層


この層はヴィジュナーナマヤ・コーシャ「理知体」で、より直感的なマノマヤ・コーシャよりも知的です。時々、思いがけなく洞察に富んだことが口から出てきて、「どこから出てきたの?」と自問することがあります。それがヴィジュナーナマヤ・コーシャの現れです。その他の例は、本能的な反応です。例えば、左右を見て確かめて何もなかったのに、毎日渡っている道を渡らなかったのがなぜだかわからない時などです。あなたの中の何かがその日は渡らないでと言ったのです。そしてその直後に急に車が飛び出てきたというような。違う道を選んだことで命が助かったのかもしれません。これは、ヴィジュナーナマヤ・コーシャが働いている時です。


ヨガニードラでは多くの場合、何かを想像するか、物語を使ってヴィジュナーナマヤ・コーシャに働きかけます。それはあなたを観察しているあなたです。よくわかりませんよね?高度な存在から見れば、あなたと私がいる場所に違いはなく分かれてもいません。熱帯雨林を歩いている自分を見ているとしましょう。深緑の葉を見ていると、明るいピンク色の花がどんどん大きく育って黄色い中心があなたの全身に光を投げかけます。聞くこと、見ること、感じることは深い内部から現れます。そしてこの層もまた背後へと落ちていきます。



5. 至福の層


第五の鞘はアーナンダマヤ・コーシャ「歓喜体」で、至福へと完全に浸った状態と表現できます。これは5つのコーシャで最も微細で、そこではあなたと神聖なものとの間にはほんの僅かな差があるだけです。


ヨガニードラでは、他の層のすべての練習においてこの層が存在しており、また旅の終わりの短い静寂や瞑想から出る前にも存在します。私は多くの場合、ここで1-5分間の静寂の時間をとります。そこには、主に実践の中でしっかりと受け止められている自分自身をただ感じるなど、探求するべきものが多く存在するからです。


ヨギの眠りから覚める時には多くの場合、体と呼吸、心との一体感を感じます。完全であること、そして穏やかな気持ち、完全な静けさのなかの心地よさなどを感じるのです。こんな感覚が持てれば、それはすべての層に働きかけられた証拠です。セレブがみんなを満足させようと会って挨拶し、みんなが穏やで落ち着いた状態で去っていったのです。


2023年7月3日月曜日

コーシャとは:人の存在の5層 Vol.2
The Koshas: 5 Layers of Being

 

第5の体


圧倒的多数の人では、第5鞘がほとんど成熟していません。この鞘はアーナンダマヤ・コーシャといい、霊的な至福である「アーナンダ」として体験される最も微細な部分です。一般的に、聖者や賢者、真の神秘家だけが日々の生きた一部としてアナンダを体験するために心の鍛錬をしているものであり、このレベルの意識が自身の中にあることすら気づけない人が多いのです。


アーナンダマヤ・コーシャは、普通の意識とより高みにある自分自身との間にある最も薄い最後のヴェールであるため、ヨガにおいては極めて重要です。臨死体験をした人の多くは、明るく白い光が放たれて、知性や無条件の愛に包まれた体験をしたと証言しています。これがアナンダマヤ・コーシャの体験です。聖者や神秘家は心を清めることで、死の一瞬だけでなく人生を通してこれを体験するようになるのです。


タントラの伝統では多くの場合、精神は常に聖なる意識に身を沈めている超越的な神シヴァ神を象徴としています。物質やエネルギーは至高の女神シャクティと呼ばれ、この世界全てはこの女神の聖なる体です。シヴァとシャクティは言葉にできないほどの強く愛し合っていると言われています。この最高の愛は、アーナンダマヤ・コーシャで体験され、そこでは精神と物質は情熱的に結びついています。


私たちはこの至福の鞘を三つの実践によって覚醒させることができます。一つめは無私の奉仕、セヴァです。これによって他者と自身の内なる結びつきに心を開きます。二つめは神への献身、バクティ・ヨガです。これによってすべてに宿る聖なる存在と内なる結びつきに心を開きます。三つめはサマディです。非常に集中した瞑想で、自身の聖なる存在へ心を開きます。




輝く健康


あなたは多次元の生き物です。あなたの意識は、多くのさまざまなレベルに現れます。ヨガは、あなた自身へと導き、あなたという存在のすべてのレベルにおいて完全に優美に生きられるよう訓練してくれます。肉体の強化し調子を整えるハタポーズから生命力のバランスをとって活性化する呼吸法に至るまで、心をクリアに鎮める瞑想の実践から知恵と調和の内なる世界を開く自身の探求と無我の愛に至るまで、ヨガは人格の全ての部分を養い統合する総合的なシステムなのです。5つの体と内なる真我(その意識は全てを照らします)を知ることにより、健康と賢明な人生の満足感を体験できるのです。




5つの鞘を体験する


5つの鞘は空想的な概念ではありません。実際に体験できるあなたの存在の実在する部分です。以下の8段階の実践で、あなたの人格の内なる側面をより掴めるようになるでしょう。


心地よく座って、頭や首、胴体を直線上に置きましょう。無理をしないでまっすぐに座ります。気を配りつつ、もリラックスしていると感じるはずです。


両目を閉じて、視覚と周りの音から意識を離していきます。意識の全てをあなたの体に集中しましょう。気づきを頭、肩、胸、腰、背中、お腹、腕、脚へと向けます。これがあなたのアンナマヤ・コーシャです。


意識を鼻腔の間の一点に集中し、呼吸していることを感じます。徐々に呼吸がゆっくりと、スムーズにそして静かになります。体の中に脈うつエネルギーに意識を向けましょう。そのエネルギーのおかげで、心臓が脈打ち、肺が膨らんだり萎んだりし、血液が血管の中を流れ、お腹がグゥグゥと鳴ります。この動き(肉体そのものではなく)を統合している力がプラナマヤ・コーシャです。


意識を頭に移します。感覚のインプットと動作のアウトプットを調整している意識の部分に注意を向けましょう。この部分が、鼻が痒いと気づき、手に鼻を掻くよう命令する部分です。ここで、同じ姿勢で長い間座り続けたため不快だと、脚を動かしたいと気づきます。絶え間ななく心の中に湧き起こる反射的な心のおしゃべりが作られるところです。これがマノマヤ・コーシャです。


意識を、頭の中の高いところへと引き上げましょう。意識のこの部分が、意志を持ってこの練習をすると決めて、今も終わりまでじっと座っているよう命令しています。ここが自己認識を広げる価値を認識し、ベッドの中で微睡むほうが気持ちがいいとしても、朝早く起きてハタポーズや瞑想をするように言うのです。これがヴィジュナーナマヤ・コーシャです。


意識を胸の中心へと向けます。深くリラックスして、スムーズで均等な呼吸を続けます。それでは、必要なだけ時間をとって、深い静けさの中へと落ち着いていきましょう。その心の平穏に深く沈んだ状態が、純粋な幸福感です。これは感情的な幸福感ではありません。この状態を離れても、大きな喜びや感謝という感覚として内から流れ出してくるものです。完全な満足感、完全な調和、そして普遍の穏やかさの場所です。欠陥、恐れ、欲望の感覚はありません。これがアーナンダマヤ・コーシャです。


それでは、自身の意識へただ気づいてみます。この体験をした純粋な意識が、この体験を超えて存在します。それがあなたの本当の真我で、あなたの不死の存在です。そこに意識をおいたままできるだけ長く自分自身の中で安らぎを感じましょう。


意識を呼吸に戻します。ゆっくりとスムーズにそして均等に呼吸します。目を開けて。リラックスしてこの体験に浸る時間をかけてから立ち上がりましょう。




死から生へ、そしてその向こうへ


ヨガの書物の多くで、この5つの鞘が3つに分類されているのを見つけるかもしれません。肉体と生命力はシュトゥラ・シャリラ「粗大体」と呼ばれます。精神と知性はシュクシュマ・シャリラ「微細体、霊体」と呼ばれます。歓喜鞘はカラナ・シャリラ「因果体」と言います。これらはさまざまな霊的な伝統のなかで認識されています。1世紀にデルフィ神殿で最高神官を務めたギリシャのプルタルコスは、それらをそれぞれソーマ、プシュケー、ヌースと呼んでいました。


肉体は死とともに崩壊します。霊体は転生とともに崩壊し、次の人生の新しい人格を作ることができます。因果体は何度も何度も生まれ変わり、荷物のようにカルマを運び続けます。それは解脱、高度な真我が生と死のサイクルから自由になる時に最後に崩壊するのです。




(出典)https://yogainternational.com/article/view/the-koshas-5-layers-of-being/