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2026年6月2日火曜日

プラナを理解する Vol.2 
Understanding Prana


前回の続きです。

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プラナと心


精神エネルギーは、食物や呼吸、外界から受け取る印象から派生します。プラナは印象の取り込みを司り、サマナは精神的な消化を調整、ヴィヤナは精神的循環を管理します。アパナは有害な思考やマイナスの感情を排出します。ウダナはプラスの精神エネルギー、力、熱意をもたらします。


精神レベルでは、プラナは栄養や感情のプラスの源、そして心や感覚を通した知識の感受性を司ります。混乱すると、不健康な欲望や底なしの強い欲求が起こり、わたしたちは間違った方向へ導かれ進み、一般的にはバランスを崩します。


アパナは、負の志向や感情を取り除く能力を支配します。これが混乱すると、鬱状態を起こし、重荷となる未消化の体験でいっぱいになり不安で抑圧され脆くなっていきます。


サマナは栄養や満足感、そしてバランスの取れた心を与えてくれます。混乱すると、執着や貪欲さに繋がります。物に固執し、狭量で沈滞した独占欲の強い行動を起こすようになります。


ヴィヤナは心の動きや独立性を与えてくれます。混乱すると、孤独感や嫌悪感、疎外感を生み出します。他社と結束することができなくなり、自分がしていることだけに繋がり続けます。


ウダナは、喜びと熱意を与えてくれ、より高次の精神や創造的な可能性を覚醒するのを助けます。混乱すると、プライドや傲慢さを引き起こし、不安定で高すぎる目標に向かおうとしたり、自身の根源へのつながりを失います。






プラナの精神的な観点


ヨガの実践において、プラナは多くの特別な機能を持ちます。精神的なレベルでは、サマナが心臓の中の空間を調整し、そこには真我が7つの炎をもつ火として存在しています。サマナは、むらなく燃えなくてはならない内なる火を調整します。サマナが作り出す平和やバランスがなければ、自身の中心部に戻ることも心を集中することもできません。
 

ヴィヤナは、ナディを開き、その機能においても澱みないきれいな状態に保つことを通してプラナの動きを司ります。アパナは負の霊的影響や架空の体験から私たちを守っています。プラナ・ヴァーユは、精神を開発するために必要な正しい欲望をあたえてくれます。
 

ウダナは、意識の成長を司り、心を夢を見ている深い眠りの状態へ、そして死後の世界へと連れて行ってくれます。ウダナはまた、シュシュムナの上方へ動きも調整しています。精神はウダナ・ヴァーユとともに動くため、精神的な成長には最も重要なプラナだと言われます。


ヨガを実践していると、こうしたプラナの微細な面が覚醒し、クリヤと呼ばれる無意識に起こる様々な動きなどの普通ではない心身エネルギーの動きを引き起こすことがあります。エネルギーの新しい広がり(微細なヴィヤナ)を感じるかもしれませんし、大きな平穏(微細なサマナ)、空中に浮くような軽さ(微細なウダナ)、深い根付きや安定性(微細なアパナ)、あるいは活力や感受性(微細なプラナ)が高まったと感じるかもしれません。




プラナに働きかける


物質レベルでは、正しい栄養がプラナを増やします。正しい排出もまたそうです。アーユルヴェーダ的な考えにおいては、食物からのプラナは大腸、特に最初の3分の1の部分で吸収されます。そのため、体の健康のためにはアパナが最も重要なプラナです。


ヴェーダによれば、この世の人間は食物をアパナで食べますが、神はプラナで食べます。人間は物理的な組織の集まりで正しい食物によって維持されます。神は感覚で、感覚印象という形でプラナそのものを通して食物を取り込みまやす。プラナを強めるには、儀式や視覚化などの実践とともに、色や音、香りに関した感覚の癒しや自然との接触が重要です。


プラナに働きかける主な方法はプラナヤマで、特にヨガの呼吸法という形になります。ヨガは自己実現の手段として心身どちらもの浄化を重要視し、そのためプラナが豊富なベジタリアンの食事(つまり生命力に満ちた食べ物)、精神修練や誠実や非暴力などの倫理観に根ざした心を重要視しています。不純で有害、乱れた心身は高次の自己を実現することはできません。心身を浄化する鍵はプラナで、この2つに繋がっています。主な方法はプラナが流れているナディを浄化することです。


この面においてヨガの呼吸法は有用で、最も重要なのはナディ・ショーダナ(片鼻交互の呼吸)で、左右のプラナの流れのバランスを取ることができます。ヨガのシステムによれば、体や経絡は左右どちらかが優勢です。右は太陽の性質を持ちます。消化や労働、意識の集中などの行動を助け、ピッタ、火のような性質を持ちます。左側は月の性質で、ナディはカファ的、水の性質が優勢です。休養や睡眠、リラクゼーションなどの行動を促進します。


プラナやエネルギーのバランスを維持するためには習慣的な肩鼻呼吸が最も重要ですが、他にも方法があり、プラナとアパナを繋げることです。アパナ・ヴァーユは重力に沿っていて通常は下向きに動きますが、そのため病気や死だけでなく意識の下降にも繋がります。一方でプラナ・ヴァーユは精神や感覚を通して上方へ分散する傾向があり、上方へのエネルギーの道筋でもあります。ヨガの実践はアパナを上方へプラナを下方へ動かして2つをつなげることが求められますが、これがプラナすべてのバランスをとるのに役立ちます。そうすれば、うちなる火であるクンダリニがおへそのあたりで燃え立つようになります。ムーラ・バンダ(根の鍵)はこの面において重要な実践です。


マントラと瞑想


精神のプラナへは直接働きかけることができます。心や感覚に働きかけるプラナヤマのテクニックがありますが、それらは呼吸に限られていません。色や音(音楽)は、エネルギーを心に向ける重要な方法ですが、最良のテクニックは特に「オーム」など一音節のマントラで、プラスのエネルギーを無意識に向けるのを促す振動が作られます。心に空間を作り上げる瞑想そのものはより多くのプラナを作り、精神が空の広がりのように穏やかで受け入れる状態になった時、新しいエネルギーが現れて偉大なる変容に向かわせてくれます。


ヨガで進む道は、プラナをコントロールすることが基本となっています。献身のヨガであるバクティ・ヨガは、聖なるプラナとつながることでプラナの変容をもたらします。奉仕のカルマ・ヨガは聖なる意志に従うことで、外に向いた行動だけでなく精神の成長を含むより多くのプラナを与えてくれます。
 

伝統的ヨガであるラジャ・ヨガは、精神活動のコントロール(チッタ・ヴリッティ)が基本となっています。心の振動(チッタ・スパンダ)はプラナの振動(プラナ・スパンダ)に従うため、心を制御するのにプラナヤマが役立ちます。また、五感から離れて内側の気づきへと引き入れられるため、五感の調整(プラティヤハラ)にも役立ちます。ハタヨガそのものが主にプラナに関することであり、ヨガのポーズはプラナの動きの現れであり、多くの偉大なヨギたちは、機械的な練習を通してではなく、覚醒したプラナの力を通してをヨガポーズ学んできました。


知識のヨガであるジナナ・ヨガは、強い意思と集中を要します。このヨガでは、精神的なものだけでなく日々の活動すべてにおいて、私たちが得ることのできない発達したウダナ・ヴァーユなしで、プラナへの問いかけ、すなわち真我に対する問いかけが必要です。


まさにヴェーダが語る通り、私たちはみなプラナのコントロール下にあります。プラナは太陽であり、命や光をみなに分け与え、生きとし生けるものすべての真我として心の中に存在しています。私たちのなかにあるプラナは、命を与えてくれ、行動させてくれます。このより大きな力に心を開き迎え入れることを学び、より多くを人生や行動に取り入れるよう求めなければなりません。これこそがヨガの最も偉大な秘伝のひとつなのです。



2026年5月19日火曜日

プラナを理解する Vol.1 
Understanding Prana

ヨガやアーユルヴェーダでよく出てくる「プラナ」
生命力だったり呼吸だったり「気」だったり。
今回はそんなプラナについてです。

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この3つの世界に存在するもの全てはプラナのコントロール下にある。母親が子どもを守るが如く、おおプラナよ、我らを守り、輝きと知恵を与えたまえ

ープラシュナ・ウパニシャッド 2.13

私たちが生まれ持つ5つの主な能力である精神、呼吸(プラナ)、話す力、聞く力、見る力は、どれが最も重要なのかについて議論していた。その争いを解決するため、欠けた時に最も困ることになるのはどれかを見ようと、彼らはそれぞれ体を離れることにした。まず話す力が離れたものの、無言にはなってしまったが体は元気なままだった。次に目が去ったが、盲目ながらも体は元気だった。そして耳が離れたが、聞こえないものの体は成長し続けた。ついに精神が去り、今度は無意識になったが体は生き続けた。しかしプラナが離れ始めると、体は死に向かい始めた。他の力はすぐに生命力を失っていったのでプラナのもとへ急ぎ、プラナの優位性を認めてとどまる様に懇願した。



これは古いヴェーダの物語で、少しずつ違うバージョンがさまざまなウパニシャッドの中で見られます。最初の議論が意味するのは、私たちの能力が統合されず意識をコントロールしようとそれぞれが競い合うというよくある人間の状態です。プラナが離れる時、全ての能力にエネルギーを与えているのがプラナであり、プラナがなければ何も機能できないということが明確になります。この物語の教訓は、これらの能力をコントロールするにはプラナをコントロールしなければならないということです。


心身に良い変容をもたらすためには、エネルギーの働きを理解しなければなりません。この力をサンスクリット語で「第一のエネルギー」の意味でプラナと呼び、「呼吸」や「生命力」とも訳されることがありますが、実際にはそれ以上の意味を持ちます。プラナそのものが表すさまざまな形について、西洋のヨガ文献ではあまり語られないため、その広大で深淵なプラナの科学が理解されることは稀です。


プラナには、体の呼吸から意識そのもののエネルギーに至るまで多くのレベルの意味があります。プラナは単なる基本的な生命力ではなく、原始の創造力です。私たちの存在のすべてのレベルで働く全てのエネルギーを支配しています。この全世界はまさにプラナの現れです。意識を変容させるうちなるエネルギーである大蛇の力、クンダリニ・シャクティでさえ、プラナが覚醒することで起こります。


宇宙のレベルでは、プラナには2つの局面があります。ひとつは出現していない純粋意識のエネルギーであり、全ての創造物を超越しています。ふたつめは出現したプラナで、意識そのもののエネルギーであり、デヴァトマ・シャクティやチティ・シャクティと呼ばれます。出現していない純粋意識のプラナから、全宇宙が存在物へと成り、創造のプラナの出現となります。


自然そのものは3つのグナ(質)から成ります。サットヴァ(調和)は精神を生じさせ、ラジャス(動)はプラナを生じ、タマス(不活発)は身体を生じさせます。自然は動的、ラジャス的なエネルギーです。高次の自己、純粋意識の引力に応えて、このエネルギーはサットヴァ的となります。無知の不活発さによって、この同じエネルギーはタマス的になります。


身体の存在と比較すると、生命力であるプラナは呼吸する酸素から主に起こる「風」要素の変容したものです。微細なレベルでは、空要素は触覚に対応し、触覚を通じて私たちは生きていると感じ、生命力を他の人に伝えることができます。



コーシャ

人間の存在は5つのコーシャ(鞘)から成る

  • アンナマヤ・コーシャ(食物でできた鞘)。これは物質であり、私たちが摂取する5つの要素(地、水、風、火、空)で作られています。

  • プラナマヤ・コーシャ(呼吸でできた鞘)。これは生命力である、ヴァーユという5つのプラナから作られています。

  • マノマヤ・コーシャ(印象の鞘)。これは外側にある低次の精神で五感の印象で満たされています。

  • ヴィジュナーナマヤ・コーシャ(概念の鞘)。これは知性そのもので、方向性を持った精神活動です。

  • アーナンダマヤ・コーシャ(体験の鞘)。これはより深い精神で、記憶、潜在意識、超意識の精神を含みます。



プラナマヤ・コーシャは生命エネルギーの領域です。この鞘は、物理的な体と、3つの精神的な鞘(外側の精神、知性、内側の精神)を媒介しています。また、5つの粗い要素と5つの感覚印象の媒介をも行なっています。
  

プラナマヤ・コーシャは、5つの運動器官(外分泌、泌尿生殖、足、手、発声器官)を繋げており、生存、生殖、運動、自己表現の欲求を含みます。行動への熱意や動機をもたらします。


ほとんどの人は、物理的な身体とそれに深く存在する欲求に支配されており、それは生き続けるためには不可欠なことです。身体は無意識のエゴが存在する場所であり、様々な恐怖や欲望、執着がとどまるところです。私たちの多くが、このコーシャを通して、感覚的な楽しみや形ある物質を得ることといった形で喜びを得ようとして人生を過ごします。
 

強い身体を持つ人には個性を世界に認めさせる能力があって、傑出した人生を歩む人が多いです。身体が弱い人は、多くを成し遂げるエネルギーが少なく、多くの場合は従属的な地位に留まります。一般的には、体力があり自我の強い性質を持った人が世界を動かします。しかし、この性質は精神的な道のりでは最大の障害のひとつとなります。というのも、彼らにとっては、自身の欲望に基づいた衝動に疑問を持つために必要なより大きな力に身を委ねることが困難だからです。


そのため、精神的な人生はプラナを押さえ込まなければならないと考える人もいますが、プラナマヤ・コーシャが強いということは、利己的あるいは欲望志向の活力とは全く異なります。それは個人の力から得られる強さではなく、聖なるエネルギーへの降伏から得られるものです。霊化された強いプラナマヤ・コーシャがなければ、持続的な集中した実践を行うエネルギーを持つことはできません。


ヒンズーの神話では、このより高次のプラナは風の子である猿の神様ハヌマンに象徴され、古代神話ラーマーヤナの中で語られています。ハヌマンは神の生まれ変わりであるラーマとその妻シータに仕えており、それによって望む通りの大きさになり、あらゆる敵や障害を乗り越え、奇跡を成し遂げる能力を得るのです。そうした精神的な方向へ向かう性質によりエネルギーや好奇心、熱意を持つことができ、五感や身体的な衝動(低次から高次まで全ての意思や野望)をコントロールする能力をも得るのです。



ヨガにおける5つのプラナ


プラナマヤ・コーシャは、ヴァーユまたは「風の力」とも呼ばれる5つのプラナから成っています。これら5つのプラナは、動きと方向によって分類されます。これは、アーユルヴェーダ医学でもヨガの実践においても重要なテーマです。


プラナ・ヴァーユ

プラナ・ヴァーユは文字通り「前進する風」という意味で、内向きに動き、食べることから、飲むこと、息を吸うこと、感覚を得ること、精神的な体験に至るまでの体の中に受け入れるあらゆる種類のものを調整しています。もともと推進力があり、物事を動かして導き、日々の中で私たちを動かす基本的なエネルギーを与えてくれます。
 

アパナ・ヴァーユ

「立ちさる風」であるアパナ・ヴァーユは、下方そして外側へ動き、あらゆる形の排泄や生殖(下方への動きもある)を司っています。便や尿の排泄、射精、月経液や胎児の放出、そして呼吸を通した二酸化炭素の排出を制御しています。より深いレベルでは、負の感覚、感情、精神的な体験などのを排除を支配します。私たちの免疫機能の基礎となります。


ウダナ・ヴァーユ

「上へ動く風」のウダナ・ヴァーユは、上方へ動き生命エネルギーの質的、変容的動きをもたらします。体の成長を司り、立つ能力や話す能力、努力や熱意、意思を調整します。主なプラスのエネルギーで、さまざまな鞘での成長や意識の発達を助けます。


サマナ・ヴァーユ

「バランスをとる風」であるサマナ・ヴァーユは、攪拌や識別を通して周囲から中心へと動きます。すべてのレベルでの消化を助け、消化管では食べ物を消化し、肺では空気を消化あるいは酸素を吸収し、精神では感覚、感情、精神の体験を消化します。


ヴィヤナ・ヴァーユ

「外に向かう風」のヴィヤナ・ヴァーユは中心から周囲へと動き、すべてのレベルでの循環を制御します。食物、水、酸素を身体中に運び、精神の中で感情や思考を循環させ続け、勢いを授け強さを与えます。







5つのプラナはまた、体の場所という観点でも見られます。プラナ・ヴァーユは、頭から、身体のプラナの中心であるおへそへのエネルギーの動きを制御します。アパナ・ヴァーユは、おへそから背骨の先端である根のチャクラまでのエネルギーの動きを制御します。サマナ・ヴァーユが司るのは、おへそから全身へのエネルギーの動きです。ウダナ・ヴァーユは、おへそから頭へのエネルギーの動きをコントロールします。


簡単に言えば、プラナ・ヴァーユは物質の取り込み、サマナはその消化、そしてヴィヤナは栄養の循環を司っています。ウダナはプラスのエネルギーの解放、そしてアパナは老廃物の排泄を調整します。これは効率的な機械の働きにとても似ています。プラナは燃料をもたらし、サマナがその燃料をエネルギーに換え、ヴィヤナがそのエネルギーを様々な現場に循環させます。アパナは変換プロセスでできた廃棄物を処理します。ウダナはこうして造られたエネルギーを管理し、機械が効率的に機能させます。


健康の秘訣は、プラナを調和し続けることです。ひとつのプラナのバランスが崩れると、すべて繋がっているため、他も均衡を崩しやすくなります。大抵の場合、プラナとウダナはアパナのバランスを取っていますが、それはエネルギーを作る力が排泄のバランスをとるためです。同様にヴィヤナとサマナは、拡張や収縮という側面でお互いに調整し合っています。




プラナはどのように物理的な体を作り上げているのか


プラナがなければ、体はただの泥人形に過ぎません。プラナが、様々な微細の神経経路(ナディ)を造って、それ通して操作してエネルギーを与えて粗い物質を様々な組織や臓器の形に変え、このゼラチン質の塊りから手足や様々な内臓などを形作っています。


プラナ・ヴァーユは、頭部や脳から心臓までの開口部や経路を作っています。頭には、2つの目、2つの耳、2つの鼻の穴、そして口と7つの開口部があります。ウダナ・ヴァーユは、上半身の開口部、特に口と発声器官を作るプラナを補助します。口は、頭だけでなく全身のための開口部だからです。実際、ある意味では、身体は食べたり自己表現の主な臓器である口の延長なのです。


アパナ・ヴァーユは、尿生殖器と排泄など下半身の開口部を造ります。サマナ・ヴァーユは身体の中央部にある開口部、おへそを中心とした消化器をつくります。肝臓、膵臓などの臓器と腸との経路を開けています。ヴィヤナ・ヴァーユは身体の周囲を走る腕や脚などの経路を作ります。静脈や動脈、そして筋肉、腱、関節、骨などを形作ります。


おへそは、主に消化器官からなっている物理的な身体、つまりアンナマナヤ・コーシャの主なプラナの中心です。粗いプラナが食物として、小腸を中心とした消化プロセスに取り入れられ、主に筋肉などより重い組織に保持されます。しかし、プラナにはより微細なレベルでの機能に基づいた中心もあります。心臓はプラナマヤ・コーシャのエネルギーの主な中心です。呼吸で取り込まれたプラナは、心臓の機能で血液にのって運ばれていきます。頭は精神的な鞘であるマノヤマ・コーシャの中心で、主に目や耳からの感覚受容によってエネルギーがもたらされます。


呼吸は、体内のプラナ活動の主な形です。プラナ・ヴァーユが吸気を調整しサマナが酸素の吸収を司りますが、それは主に呼吸を止めている間に起こります。ヴィヤナはその循環を調整します。アパナは、
特に二酸化炭素の排出を管理しします。ウダナは会話や歌など呼吸を通したプラスのエネルギーを解放することで呼気を調整します。






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2024年8月27日火曜日

全てのレベルで癒すアーユルヴェーダの知恵 Vol.1
Ayurvedic Wisdom to Address Healing on Every Level


アーユルヴェーダは古代のヴェーダ文献を起源にしています。サンスクリット語の「命」の意味を持つ「AYUR」と「知識」である「VEDA」の2つの言葉から作られています。古代の人々によれば、科学は体系的かつ論理的に整理された知識であり、時と共にアーユルヴェーダは命の科学、すなわち体、心、精神など私たちの全てを包含する広範囲の科学となりました。



どのように私たちが存在するのか


アーユルヴェーダの文献はサンキャ哲学に基づいています。サンキャ哲学では、全ての人間は宇宙の完全な秩序(純粋意識)の創造物であり、プルシャという男性的なエネルギーとプラクリティという女性的なエネルギーの形をとっています。プルシャは選択不可の受動的な意識であり、プラクリティは選択可能な能動的意識です。プルシャは創造には加わらず、プラクリティは神聖な創造の意思です。プラクリティは世界の全ての形を創造し、プルシャはその創造を目撃するのです。


プラクリティはグナと呼ばれる3つの特性を含む根源的な物理的エネルギーで、(宇宙から生じた)自然界全てに見られます。3つのグナとは、サットヴァ(本質)、ラジャス(動き)、タマス(不活発)です。この3つがこの世の全ての基本です。プラクリティに調和をもって包含されていますが、このバランスが崩れるとグナは互いに作用し合い、そうして宇宙の発展を生じさせるのです。


最初にプラクリティから現れるのは宇宙の知性です。「mahad」から自己意識(ahamkar)が作られます。そして自己意識が五感(tanmatras)と5つの運動機関となり、サットヴァの力を借りて有機的な世界を作ります。同様の自己意識がさらに、タマスの力を借りて自己意識が5つの基本元素(bhutas)となり、無機的な世界を作ります。ラジャスは体内の動的な生命力であり、有機的、無機的世界をそれぞれサットヴァとタマスへと展開します。つまり、サットヴァとタマスは不活発な潜在的エネルギーであり、現れるにはラジャスの活発な動的エネルギーが必要となります。







個性の働き


全ての個々の意識には常にサットヴァ、ラジャス、タマス間の相互作用があり、個人個人の相対的優勢は精神的で倫理的な性質の違いに起因します。例えばサットヴァな性質は、気づき、純潔、認識の明確さとして現れ、結果として善良性や幸福をもたらします。サットヴァが優位にある人は、敬虔で愛情深く、思いやりがあり純粋な心を持ちます。そうした真実や道徳的な正義に従う人は、礼儀正しく、良い行いをします。すぐに動揺したり怒ったりしません。精神的に勤勉ですが、心が疲労することはありません。健康的で注意深く、また意識が高く、輝きや知識、喜び、幸せに満ちています。


動きやエネルギーはラジャスによるもので、これが感覚的な楽しみや喜び、痛み、努力、絶え間ない動きなどをもたらします。ラジャスな性質が優勢な人は、自分本位で野心的、意欲的、
誇りや競争心が高い、また他人をコントロールする傾向があります。力や名声、地位を好み、完璧主義です。彼らは勤勉ですが方向性を欠いています。落ち着かず、活動的で動きを止めません。感情的には、彼らは怒り、嫉妬し、野心を持っていますが、成功しても喜びがもたらされることはありません。精神的な意識に誠実ではないのです。かれらの活動は自己中心的でわがままです。


タマスには、暗い、不活性、重いなどの特徴があり物質主義な考え方を持ちます。タマスな性質が優勢の人は、他の人に比べてあまり知的ではありません。鬱や怠惰の傾向がありよく眠ります。頭を使う仕事ですぐに疲れます。あまり責任のない仕事を好み、食べて飲み寝てセックスをすることを好みます。貪欲で独占欲が強く、執着し怒りっぽい、そして他人のことは考えません。彼らは瞑想に集中することは苦手です。




ドーシャの働き


精神的な性質に加えて、ヴァータ、ピッタ、カパという生物学的な気質(ドーシャ)が3つあります。体内の心理学的、精神病理学的な変化の全てを司り、全ての臓器や細胞組織に存在します。「空」と「気」が組み合わさってヴァータとなり、火と水がピッタとなり、水と地がカパとなります。


ヴァータとピッタとカパは誰にでも存在しますが、個々人によって異なる組み合わせになっています。例えば、基本的には体質は7つあります。ヴァータ、ピッタ、カパが優勢なモノタイプ、ヴァータとピッタ、ピッタとカパ、カパとヴァータが優勢なデュアルタイプ、そしてヴァータ、ピッタ、カパが同じ比率になる均等タイプがあります。ドーシャのバランスはまた、個人の体質におけるサットヴァ、ラジャス、タマスによっても影響を受けます。


ヴァータは軽く、動きがあり活動的、鮮明で収斂、分散します。そうした性質によって、ヴァータの人の髪や肌、腸は乾燥していて、便秘しやすい傾向にあります。ヴァータの軽い性質により、体重が軽く痩せていたり体重不足することがあります。冷たい性質が、手足の冷たさや血流の悪さとして現れます。ヴァータはよく動くので、ヴァータタイプはとても活動的です。


ピッタは熱く鋭く、軽く、流動的で酸味があってオイリー、広がる性質を持ち、ピッタが過剰になるとそれらが現れてきます。ピッタは熱いので、ピッタの人は食欲が強く温かい肌をしています。またピッタは鋭く、ピッタの人は尖った鼻、歯、目、心を持っています。鋭い言葉を使います。記憶力が良いです。オイリーな性質のため、柔らかで温かくオイリーな肌、ストレイトでオイリーな髪を持ち、オイリーで水分の多い便をします。ピッタは軽いため、ピッタの人は中肉中背で明るい光を嫌います。


カパは重く、遅い、冷たい、オイリー、水分が多い、密集、厚い、安定して濁っています。こうしたドーシャの優位性を持った人は、重い骨、筋肉や脂肪を持ち、体重が増える傾向があります。代謝や消化が遅く、冷たく湿った肌をして、太くウェーブのかかった髪をし、大きく美しい目をしています。遅い性質のため、カパの人はゆっくりと歩き話します。ジョギングやジャンプは好まいのですが、座って何もしないことが好きです。


個人の体質(プラクリティ)は、受胎時のヴァータやピッタ、カパの異なる組み合わせによって決まります。人は全て唯一の存在です。男性の種(精子)と女性の卵(卵子)が両親の体質を伝えますが、精子の受精時における優勢因子が、卵子の劣性を中立させたり同様の性質を促進したりします。例えば、強いヴァータ性質を持った精子は、卵子のカパの特徴をいくらか抑制します。乾燥して軽く、粗い動的な質のヴァータが、オイリーで重く、滑らかで安定したカパの性質を抑えるのです。ヴァータとカパはどちらも冷たいので、この性質は胎児の中で促進され、子どもは寒さに敏感になります。この場合の子供は、ヴァータ・カパの体質を受け継ぎます。一方で、精子も卵子も共にヴァータの場合、その子孫はヴァータ体質を受け継ぎます。



バランスが崩れること


アーユルヴェーダにおける健康とは、体と心と意識とのバランス、そしてヴァータ、ピッタ、カパという内的なバランスが取れている状態です。体そのものは3つの質(ドーシャ)、7つの組織であるダートゥ(血漿、血液、筋肉、脂肪、骨、神経、生殖器)、3つの老廃物であるマーラ(便、尿、汗)、そして火または代謝のエネルギーであるアグニから成っています。病気とはこれらのどれかのバランスが崩れている状態のことです。言い換えれば、病気の根本原因はドーシャ(ヴァータ、ピッタ、 カパ)の悪化であり、さまざまな要因で起こります。そして一度悪化すると、そのドーシャがそれぞれの場所で蓄積し始めます。ヴァータは結腸で、ピッタは大小腸で、カパは胃です。その誘因が続けば、蓄積されたドーシャが元の場所から溢れ出して全身に広がり、すでに弱った組織に入り込んでそこに病変を作り出します。ついには、影響を受けた臓器、あるいは全身に病変が現れるのです。


アーユルヴェーダでは、遺伝的、先天的、内的、外的、季節的、習慣的、超自然の要因が7つの病気の主な原因とされます。また病気は、五感(聴覚、触覚、視覚、味覚、嗅覚)の使い方が間違っている、使いすぎている、使わなすぎていることからも起こり得ます。病気そのものは、関係するドーシャの数、影響している特定の組織、、悪化したドーシャの組み合わせ、その病気は一次的なのか二次的なのか、悪化の強さ、そして病気が現れたてからの期間などによって特徴を述べることができます。


知られている遺伝病は多く存在し、特定の問題や実際の異常への傾向や性質などがあります。先天的な原因には、母親の生活スタイル、食事、習慣、活動、感情、人間関係など胎児に影響を与えます。潰瘍や肝臓の損傷などの内的な状態は、味覚の使いすぎ(例えば過度に辛い食べ物)が原因となることもあります。ドーシャに影響する外的なトラウマは、交通事故や銃創など暴力的行為です。


病気の季節的要因は、大抵はあまり直接的ではありません。例えば、夏は明るく軽く、熱い、つまりピッタの季節です。秋は冷たく風が吹き乾燥していて、ヴァータの季節です。冬は冷たく風が吹いて湿っているのでカパの季節です。早春は涼しく湿っていてカパ、そして晩春はピッタです。個人の体質がどうであれ、それぞれ関係するドーシャが対応する季節で悪化するでしょう。例えば、ヴァータの人は秋に便秘や坐骨神経痛、関節痛、リューマチする傾向があります。ピッタの人は、夏に蕁麻疹や吹き出物、ニキビ、胆汁異常、下痢、結膜炎などを起こすかもしれません。カパの人は、春に風邪や咳、便秘、くしゃみ、カパ性の鼻腔炎を起こします。


過食、不適切な食生活、喫煙など生来の傾向もまた問題にあり得ます。超自然の原因としては、日焼け、避雷、惑星の動きなどがあります。また、バランスの崩れた感情、深く根差した消えない怒り、恐怖、不安、悲嘆、悲哀などもまたドーシャに影響を与え病気の原因となります。



病を診断する


病気の経過診断の数多くのテクニックには、脈や舌を読む、尿を確認するなどの技術があります。脈には主に3つのタイプがあり(ヴァータ、ピッタ、カパ)、それぞれが異なる12箇所の橈骨動脈拍動でみられるはっきりとした特徴を持っています。もちろん、左右で6箇所ずつで、3つは表面で3つは深部です。これらの脈と内臓には関連性があり、指で各内臓の強さ、活力、生理学的状態などを知ることができます。


舌診断はまた、伝統的なアーユルヴェーダの技術です。この技術は、内臓の機能状態を明らかにする特徴的なパターンを基本としています。舌は内臓を写す鏡で多くの病気の状態を反映しているので、舌の表面を単に観察するだけでそれがわかります。こうしたパターンの中には伴う図形として見られます。


舌の特定の部分における変色や過敏は、その部分に対応する臓器の不具合を示します。白っぽい舌はカパの乱れと粘膜の蓄積を示します。赤い、あるいは黄緑の舌はピッタの乱れ、そして黒いから茶色の変色はヴァータの乱れを示します。乾燥した舌は血漿(ラサ・ダートゥ)が減少している兆候を示しており、青白い舌は赤血球(ラクタ・ダートゥ)の減少を示しています。


またアーユルヴェーダの医師は、体内ドーシャのバランスの乱れを理解するため尿検査をします。血液(ラクタ)やリンパ(ラサ)などの体液は、老廃物(マラス)を生み出した組織から運びだす役割をします。排尿システムは、水分(クレダ)、塩分(クシャール)、窒素性物質(ダートゥ・マラス)を体から取り除きます。また体液の水分(アパ・ダートゥ)や電解質の正常濃度を維持し、量を調整するのにも役立ちます。このように、尿はヴァータとピッタ、カパのバランスを維持する一役を担っています。


尿検査のためには、清潔な容器に早朝の尿を排尿途中で取ります。色を観察しましょう。もし黒っぽい茶色ならヴァータの異常を示しています。暗い黄色ならばピッタの異常です。尿が出ない、あるいは体があまり水分を取り込まない時にも、尿は暗い黄色になります。尿に濁りがあるなら、カパの異常があります。赤い尿は血液(ラクタ)の異常を示します。


正常な尿は典型的な尿の匂いがします。悪い匂いは、体内の毒素(アーマ・ドーシャ)を示しています。酸性の尿は、焼け付くような感覚があり、過剰なピッタを示します。尿の甘い匂いは糖尿病の状態を示しており、排尿中に皮膚の表面に鳥肌が出ることもあります。尿の結砂は、尿管の結石を示します。


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次回に続きます。



2023年6月27日火曜日

コーシャとは:人の存在の5層 Vol.1
The Koshas: 5 Layers of Being


健康を意識している人なら、今日もおそらくエクササイズをしたのではないでしょうか。ウォーキングやテニス、ジムのワークアウトなど、体の調子を維持する大切さを理解していることでしょう。それでは、微細な部分のエクササイズはしましたか?また因果的な部分は?ヨガの伝統では、私たちはみんな5つの層を持って、それぞれがより純度の高いエネルギーから作られているとされていてます。完全に調和のとれた健康的な生き方をするなら、全ての部分がよい状態に保たれなければなりません。


この段階的に微細になっていく5つの部分は私たちの個性を作っていると、タイッティリヤ・ウパニシャッドというヨガの古典に書かれています。


「人間は、食べる食べ物から作られる物質的な体で成っている。この体を大事に扱うのもは宇宙そのものから栄養を授かる」

「これの内側には性目力でできたもうひとつの体がある。それは肉体的な体を満たし、具現化する。この生命力を聖なる体験と扱うものは、素晴らしい健康と長寿を得る。なぜならこのエネルギーは肉体的な命の源であるからだ」

「この生命力の内側にはもうひとつの体があり、これは思考エネルギーからできている。これは2つのより高密度な体を満たし、同じ形をしている。この精神的な体を理解しコントロールするものは、もはや恐怖に苦しむことはない」

「その奥には、知性で成るもうひとつの体が存在する。それはより高密度な3つの体に充満し、同じ形を取る。ここに意識を確立するものは、健康的で無い思考や行動から自由となり、自身の目標を達成するのに必要な自己制御を養う」

「その内側には、純粋な喜びで成る微細な体が隠れている。それは他のその他の体に充満し同じ形を共有する。それは幸福、歓喜、至福として体験される」


これらの5つの体はサンスクリット語で「コーシャ」または「鞘」と呼ばれます。刀が鞘に収まるようにそれぞれが次のものに収まっているからです。私たちが知っている物質でできているのは最も高密度のものだけで、他の4つは目では見えない状態ですが、意識して注意深く内側を意識すればその存在を容易に感じることができます。内側の体は生きている間の健康の源であり、死後に旅するための乗り物なので、インドの古代のヨギたちは、それぞれを強化して整える特別な実践を順に行う方法を作り上げました。





第二の体


肉体的な体についてはもうよくご存知でしょう。ヨガでは「アンナマヤ・コーシャ」(アンナは『食べ物』あるいは『物理的物質』、マヤは『〜で作られた』という意味)と呼ばれます。ヨガでは、第二の体、つまり物質的な体を一つにまとめている統括領域を意識させてくれます。これは、呼吸から消化、血流まで生物学的なプロセスを統括する生命力です。これを中医学では「気」、ヨガでは「プラナ」と呼びます。古代エジプト人たちは「カ」と呼びました。


鍼療法やホメオパシーは、肉体的な体に直接行うものではありません。生命力に働きかけて活性化し持続させるのです。西洋において、19世紀まで従来の医師は、生命力を上げる十四世を認識していましたが、サルファ剤や抗生物質の開発にともない、人間の生物学の基本となるエネルギー状態から肉体そのものだけに意識が移りました。


エネルギー体は、ヨガでは「プラナマヤ・コーシャ」と呼ばれます。これが機能しなくなると、肉体も機能できなくなります。心臓や肺がその働きを止めて細胞が崩壊し始めます。西洋文化では肉体を強く意識しますが、プラナの支えと働きがなければ私たちは数分さえも生きられないのです。


ヨガには、プラナマヤ・コーシャの生命力を補充するためのプラナヤマという練習だけをするクラスがあります。腹式呼吸や、ヨガ呼吸、片鼻ごとの呼吸などは、第二の鞘を正しく機能させるために特別に作られたものです。


また、生命力の健康を維持するには、新鮮な空気と日光をたくさん得ることが不可欠です。ヨガの書物では、太陽はプラナの究極の源であり、太陽から降り注ぐプラナを吸収するだけで何も食べずに何年も生きる上級のヨギも居たと伝えています。けれど、私たちのほとんどにとってのプラナの主な源は、新鮮な自然食品です。



第三の体


第3の鞘である精神的な体は、五感や運動、あるいは「自動的に」機能する毎日の意識の働きを担う部分です。五感からの情報を処理し反射的に反応します。周囲の環境を積極的に形作るのでなく、環境に反応して消極的に人生を歩む時、意識はここに集中します。多くの人、そしてほとんどの動物は、このレベルで習慣的に反応します。


この部分は「マノマヤ・コーシャ」(『思考プロセスで成る体』という意味)と呼ばれます。西洋では習慣的な精神状態は脳に関連付けますが、ヨガでは脳を含む全ての神経系はマノマヤ・コーシャの活動の影響を受けているだけであり、このより高いエネルギー状態の指令を肉体を通して表れていると考えられています。


昏睡状態の患者を観察すると、精神的な体が何なのかを掴めるかもしれません。昏睡者の第二鞘はまだ機能しているので、心臓は打ち続け肺は拡縮しています。しかし、外の世界に意識はなく動くことはできません。精神体の活動が停止しているからです。プラナマヤ・コーシャは生まれてから最後まで働き続けますが、マノマヤ・コーシャは日々一時的に停止することがあり、深い睡眠の中で再生します。


マノマヤ・コーシャの健康は、マントラ瞑想の実践を通して非常に強化されます。この内なる
体を鎮めてバランスをとり、心の否定的な観念や脅迫的な思考に縛られたエネルギーの「もつれ」を解くのに役立ちます。瞑想を長時間行ってきたヨギがあまり睡眠を必要としないのは、ひとつには、調整し終わったばかりの自動車のように理想的に機能する心の乗り物のおかげなのです。


精神体は、感覚印象をエネルギー源とします。たとえば、この第三の鞘に絶え間なく暴力的なテレビ番組やビデオゲームを与え続けると、より攻撃的な刺激を欲するようになり、取り乱しやすくなったり他者の苦しみを感じにくくなるかもしれません。仕事や遊びをあまりにも多く詰め込みすぎると心の「消化不良」を起こして、焦燥感や疲労感を感じるかもしれません。調和の取れた環境、興味深い仕事のチャレンジ、楽しく協力的な人間関係などは、心のための理想的な食事となるでしょう。プラティヤハラ(五感の抑制)の毎日の瞑想で、すばらしく心が調います。



第四の体


より微細なのが「ヴィジュナーナマヤ・コーシャ」(『判断力、洞察力』)です。多くの場合「知性」と訳されますが、実際の意味はもっと広く、良心や意志などより高度な心の機能全てを含みます。第三鞘である精神体と第四鞘の知性体の違いは、ヴィジュナーナマヤ・コーシャがまだ身についていない人を見ると容易に理解できるでしょう。


そういったタイプの人は、人生をコントロールできていないと見える人で、決意したり前向きに反応するというよりは、常に周りの出来事に反応している人です。こういう人は決心したり、自分のことを考えたり、創造的になることが苦手です。意志力がほとんどなく、いつも自分の誤った判断の被害者です。


不完全な第4鞘のもう一つの例は、強い個人の倫理に欠けた人です。宗教的な集会に参加して倫理の価値を敬虔に語っていても、他者を犠牲にしながら利益を得られるという機会が訪れたときには躊躇なく行動します。善悪の区別をする能力が弱く、その人にとっての良心とは生きた経験というより陳腐な言葉に過ぎません。


第4鞘が目覚めると、人間は動物とは異なっていきます。人生を思うままに生きることができるのは人間だけで、その場の本能から自由に倫理的選択をすることができます。聖者らは、健康的なヴィジュナーナマヤ・コーシャを身につけることをとても重要だと考えていたため、そのための練習をヨガというシステムの始まりから組み入れてきました。これらはヤマとニヤマと呼ばれ、全てのヨガの生徒たちに取り組むことを求めています。暴力をしない、嘘をつかない、盗まない、快楽に溺れない、必要以上に求めないこと。そうではなく、足ることを知る、清くある、自己鍛錬する、勉強する、献身すること。


ジュナーナ・ヨガもまた、このコーシャに働きかけています。これは霊的な真実を学び、深く考察し、最後には自身の個性のまさに中心へと組み入れることを勧められる思考的過程です。この過程においては、霊的な理解が自身の知性を養う「栄養」となります。


何ヶ月、何年と瞑想を深めていくと、内なる導きに繋がる能力が強まります。人生の出来事、それが辛いものであっても、穏やかに客観的に捉え始めます。ヨガ的なライフスタイル、深い考察そして瞑想によって、明快な判断へ、より良い直感、そして強い意志力へと導かれていき、ヴィジュナーナマヤ・コーシャがより強くより調和の取れたものになっていくのです。


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次回に続きます。

2021年4月26日月曜日

初心者のためのムーラ・バンダ(ルート・ロック) 
A Beginner’s Guide to Mula Bandha (Root Lock)

前回は、骨盤底筋についてでしたが、今回は伝統的なヨガにおけるバンダのひとつとしての観点を探った記事をみていきます。

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ムーラ・バンダ(ルート・ロック)は、重要なヨガの実践であるが、大抵の場合ヨガの教本の後ろの方に押しのけられている。サンスクリット語の「ムーラ」の意味は植物や木の根のことである。英語において「ルート Root」はまた、物体の足や土台、ものの出どころ(問題の原因など)といった意味もある、ここでは、「ムーラ」は胴部の基部、つまり会陰を表し、脊椎に沿って存在するエネルギーの中核で最も低いムーラダーラ・チャクラと深い関係がある。


「バンダ」という言葉には多くの意味があり、矛盾したものもある。例えば、この言葉はこれまで「束縛する、遮断する、抑制する、妨害する、制止する、固定する」などと訳されてきた。この意味において、バンダは川を堰き止めるものと描写される。しかしまた、「結合する、接続する、合わせる、統合する、組み合わせる、連結する」などとも解釈される。この意味では、バンダは川にかかる橋である。これらの異なった意味をどのようにとらえればいいのだろうか?ムーラ・バンダの実践を詳しく調べれば、おそらく答えそのものが自ら姿を表すはずである。




ヨギがムーラ・バンダを練習する訳


ムーラ・バンダは、安定と鎮静をもたらす。また集中のエネルギーを高める。


ムーラ・バンダは、プラナヤマや瞑想のどちらでも行われ、呼吸法が終了し瞑想が始まる時の一貫性をもたらす。権威のある「ハタヨガ・プラディピカ(ハタヨガの光)」の著者であるスヴァートマーラーマはこう述べている。「ムーラ・バンダを実践することにより・・・総合的な完成が得られることは疑いの余地がない」これは大変印象的な言及である。しかし、これを真剣に受け止めて良いのか、また、この実践を学ばせるための誇張表現だろうか?では、心身を支えるエネルギーのシステムを見ていこう。それによってスヴァートマーラーマが主張する観点が見えてくるはずだ。


プラナの主軸は脊柱であり、会陰から頭骨の基部へと立ち上がっている。この軸は、シュシュムナと呼ばれるエネルギーの経路(ナディ)の中心だと言われている。イーダとピンガラとして知られる他のエネルギーのふたつの経路は、脊柱にそって基部からそれぞれ左右の鼻腔へと上方に向かって絡み合っていると記述されている。通常では、これらのふたつのナディは、複雑で階層に分かれたエネルギーの経路ネットワークを司っている。どちらかが活性していると、全システムの機能に影響を与える。


ウパニシャッドではプラナを、止まり木に繋がれた鳥のように、イーダとピンガラに繋がれていると例えている。枝のあちこちに飛び回って、決して自由を見つけることなく生きている。ヨガの達人たちによれば、イーダとピンガラが無意識に交代することを制止し、このふたつに分かれたエネルギーの流れを統合することができるという。これが文字通りハタヨガの意味である。ヨガとは、ハ(右の息)とタ(左の息)を結合することである。これらの流れが統合されたとき、プラナは自由になり脊椎の中心の経路を上昇して、頭頂にある究極点サハスララまで達する。このプロセスの最初の段階は、シュシュムナの覚醒だと言われる。この覚醒を得るための練習が完全さをもたらすのだが、それがスヴァートマーラーマがムーラ・バンダを賞賛する理由のひとつである。




3つのバンダ


ヨガの達人たちによれば、エネルギーの外側への流れを制止しシュシュムナの上向きの流れと統合するための3つの実践があるという。胃部のロックであるウッディヤナ・バンダでは、息を吐き腹部を脊椎に向かって引き込む。これが臍の中心のエネルギーを活性化させる。顎部のロックであるジャランダーラ・バンダでは、顎を喉元に引き下げ、そこにあるイーダとピンガラを通るエネルギーの通常の経路を力で止める。3つ目がムーラ・バンダで、会陰中心で筋肉を強く収縮させる。これらの筋肉収縮は、神経系や循環器系、呼吸器系、内分泌系に影響を与え、特に重要なのは、内的エネルギーのシステムであるプラナに影響することである。


スヴァートマーラーマは、これら3つ全ての実践は秘儀であると主張する。つまり完全な効果を得るためには、正確なヨガの方法で行わなければならず(自身の師により教わる)、ただ身体的に動かすだけではないということを彼は意味している。これらのテクニックに関する完全なサッダーナ(実践のルーチン)は、秘密にしておかなければならず「宝石のように、そして、妻との個人的な関係を他者に話さないのと同じように、誰にでも話すことではない」多くの抗議もあるが、師も生徒も同様に、より高度な実践は、訓練の準備段階を終え精神の指導者との直接的な関係を持った十分な資格をもった志望者のためのものであると彼は忠告している。とはいうものの、ムーラ・バンダの準備段階バージョンは、全ての生徒に適しており、健康とともに自己認識によい効果をもたらす。



簡単な解剖学レッスン


ボウルの形をした腰帯(寛骨)は3つの融合した骨からなっている。腸骨、坐骨そして恥骨だ。骨盤は底面が開いていて(骨盤下口)、そしてこの開口部の基部を会陰と呼ぶ。上から見ると、会陰はダイアモンドの形をしている。尾骶骨(脊椎の基部)はこのダイアモンドの背部にあり、ダイアモンドの前部は、ふたつの恥骨の間の関節である恥骨結合。左右の角は二つの坐骨である。


ムーラ・バンダは、会陰の中央と密接に関連している。男性では、ムーラ・バンダは肛門と性器の間にある会陰体の周囲にある筋肉群を収縮させることで得られる。いくつかの書物では、この部分の下部に軽い圧力をかけることで(巻いた柔らかなソックスや特別に作られたクッションの上に座る)、収縮が刺激される。片方のかかとの上に座って圧力をかける姿勢も記述されている。女性では、ムーラ・バンダは会陰体ではなく子宮頸部のあたりに感じると言われている。男性と同様、会陰中央に柔らかいクッションを置くと刺激されると言われる。


実際的に言えば、意識を会陰の後部、前部、中央すべてに同時に集中しなければならない。ムーラ・バンダを練習するには、会陰を中央で活性させる方法を学ばなければならない。


ムーラ・バンダが快適に維持できるようになれば、プラナヤマや瞑想の間も使えるようになる。



ムーラ・バンダの練習法


大抵の場合、会陰部の筋肉群だけを収縮させることは困難であるため、ムーラ・バンダの気づきを得るには毎日の練習が問題となる。焦ってはならない。というのは、ゆっくり段階的に練習すれば筋肉を強化させるとともに精神的な識別力が養われるからである。練習で厄介なのは、会陰の筋肉群は一緒に働く傾向にあり、一箇所を収縮させると全てが収縮することが多い。また、会陰筋肉群とともに呼吸筋群もまた無意識に緊張してしまい、身体の他の部分でも余計な交感神経的な緊張が起こりやすい。そこだけを選別するよう注意してたくさん練習をしなければならない。



STEP 1

最初の課題は、会陰の筋肉群を収縮・弛緩する単純な能力を養うことだ。まずは、瞑想をする直立姿勢で座る(できれば脚を組んだ座法で)。目を閉じ身体を休め、呼吸をリラックスさせ、胸郭の左右が広がったり縮んだりするのを感じながら、上腹部の緊張を解く。
  
調整しようとせず自由に呼吸をし、前方、中央、後部と会陰全体の筋肉を内へ上方へと締め付けて収縮させる。呼吸はできる限り安定させ、止めることなく流れるように保つ。ゆっくりと締め、収縮が完全になったらゆっくりと解放する。このエクササイズでは、それぞれの部分を区別しようとせず、意識を高めながら会陰全体の筋肉群を強化する。これを25回繰り返す。


STEP 2

次は、会陰の筋肉群全てを収縮させ、快適な範囲で保持する。緊張を保っている間もゆっくりと滑らかな呼吸を続ける。肛門あたりを感じ、そして会陰体や子宮頸部の中央部を収縮させ、そして最後に泌尿生殖器あたりの収縮を丁寧に観察する。それぞれに集中しながら締め上げて、その感覚を感じよう。そして、ゆっくりと全ての収縮を解いてリラックスする。


STEP 3

今度は、呼吸とともに会陰部全ての収縮をまとめる。息を吸い込んで会陰を収縮し、ゆっくりを息を吐き出して緊張を解く。呼吸と同期するように収縮のタイミングを合わせよう。ぎこちない動きやコントロールを失うことも、時間とともに徐々に減っていく。この練習の間、会陰の中央部分に集中するようにし、ムーラ・バンダにと深くつながっていく感覚に特に注意を向ける。このエクササイズを25回繰り返す。


STEP 4

最後に、準備ができたら、注意を会陰の中央に集中させ、そこの筋肉を収縮しながらも肛門や泌尿器あたりをできるだけ動かさないようにする。これがムーラ・バンダの初期段階バージョンであり、これを得るには時間がかかるだろう。急ぐ必要はない、それよりも時間をたっぷりかけて練習する方が良い。


STEP 5

一旦、呼吸に影響することなく、他の交感神経系の筋肉緊張を弛緩させたまま収縮を維持できるようになれば、しばらくの間は快適にムーラ・バンダを維持できるようになるだろう。



ムーラ・バンダの利点


この記事の最初で、バンダという言葉の二つの意味について答えを探った。ひとつはエネルギーの流れを堰き止めると解釈し、もうひとつはエネルギーを統合するための橋と表現していた。ここに述べられている練習を行えば、反対の意味を持っているようなこれらをすでに内的に納得しているだろう。ムーラ・バンダには、会陰でエネルギーを制止する効果があり、その意味では安定させ鎮静させるものである。また、集中するエネルギーをやさしく高める効果もある。また、意識の声がより明確に聞こえるように、ラジオの周波数を正しく合わせるようなものである。


ムーラ・バンダに関連する身体的な利点はさまざまである。この練習を通して得られるのは、生理不順が規則正しくなる、呼吸数が遅くなる、心拍数や血圧が下がる、交感神経の興奮が抑えられる、消化力が向上する、泌尿生殖器機能が調和するなどである。こうした効果はヨガの達人らによって言及されているが、これらを調査した科学的研究はまだ数少ないようだ。ヨギにとってより重要なのは、ルート・チャクラにあるエネルギーの下方への動きと、ハート・チャクラにある上方への動きが逆になって、これらのエネルギーが統合されると言われていることである。この内なる統合が気づきの広がりをもたらすのだ。


ムーラ・バンダの習慣的な練習により、少なくとも、筋肉の収縮が集まる場所がより確かに感じるようになるだろう。そこが、ムーラダーラ・チャクラの場所であり、そこから身体のエネルギーが精神へと広がると言われている。このエネルギーが穏やかで安定していれば、人生自体もよりリラックスしたものになるのだ。





(出典)https://yogainternational.com/article/view/a-beginners-guide-to-mula-bandha-root-lock



2020年8月19日水曜日

陰ヨガの芸術:創始者ポウリー・ジンクのインタビュー Vol.1
The Art of Yin Yoga: An Interview With Its Founder, Paulie Zink

今回は陰ヨガの創始者のインタビューです。彼の言葉には、陰ヨガに限らずヨガをしている人全てが気付くべき深い真実が含まれています。

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「陰ヨガ」といえば何が頭に浮かびますか?あなたはおそらく、生徒たちが受け身の長く深いストレッチに耐えている間、ヨガの先生が教室の前の方で静かに座っている光景を思い浮かべるでしょう。これが私たちの多くが知っていて、そしておそらく定期的に練習している陰ヨガでしょう。


しかし、ますます人気のこのヨガの創設者ポウリー・ジンクは、陰ヨガを全く異なる形で40年間教えてきました。ジンクの教えの背景にあるヴィジョンとこの芸術的な練習の総体的効果を探りましょう。彼の陰スタイルが他とどう違うのかを知れば、陰ヨガが全く異なったものに見えるようになるでしょう。



あなたの陰ヨガの定義は?


陰ヨガは、中国の古代シャーマンの伝統、そして他とひとつであり自身の本質との調和にあるという中国の道教哲学に起源しています。陰ヨガのポーズは、動物の特徴、そして私たちの周りと私たちという宇宙の生命力を作り上げている五行に基づいています。気やプラナとして知られる生命力は微細ですが、自然界に影響力を与えるほどとても力強いエネルギーです。陰と陽、女性と男性、宇宙の満ち引きの脈動なのです。


(中国伝統医学では)五行とは「地」「金」「水」「木」「火」です。これらの全てのエネルギーが、安定や堅牢、流動、弾性、明度などの異なった質を表します。陰ヨガは、身体と心を目覚めさせ、行っているポーズのエネルギーとなることです。ポーズを深め、ポーズの五行を活性させることで柔軟性が高まります。


例えば、毎日数分間カエルのポーズをしたとすれば、ついにはポーズが深まりとても弾力のある質を持つカエルの本質あるいは魂となります。陰ヨガの目的は、生物や五行のエネルギーを取り込むことでポーズの本質を備えるようになることです。


陰ヨガの目的は、流れるように動くという私たちの生まれ持った能力を取り戻すことです。
これが、身体中の気の流れを養います。私にとって最も重要なのは、安定したポーズができるようになることではなく、それよりもポーズの本質を掴み取ることです。もし動物や五行のポーズをしていてそのポーズのエネルギーを取り込んでいなければ、生命のない死んだポーズとなるでしょう。しかし、ポーズの五行や動物のエネルギー質とともに流れることができれば、そのポーズを理解したということです。


楽譜に例えてみましょう。ある一音だけを弾き、そして次の音を弾き、それが歌の一部とならなければその楽譜は良い物と言えるでしょうか?ポーズそのものは練習の中では全く重要ではありません。最も大切なのは、ポーズの移行と流れをもたらす魂を、メロディを奏でることです。これが、動物のように自然に本能的に動くことがポーズの意味なのです。私たちは動物だからです。




あなたが最初に道教的なヨガを学び始めた頃から、陰ヨガはどのように発展してきたのでしょう?


私はハタヨガを14才で始めました。道教の先生に出会った時にはハタヨガを練習して9年が経っていました。先生は、導引と呼ばれる古代中国の医術や他の気功を教えてくれました。いくつかの動物や各元素のためのポーズ1、2種を学びました。そして、自発的に動物園などに出かけて動物を観察し、他の動物たちについてやかれらの動きについて学び始めたのです。そうして先生から教わったポーズを練り上げていくつかのバリエーションを作りました。また、より多くのポーズやバリエーション、フローや動き、瞑想、エネルギーの理解を深めていきました。


ある動物が動いているのを見るとその動物のエネルギーを体現したくなり、よく見て私の精神とを融合させ、私の身体の中でそのエネルギーを感じることで一体になるのです。こうすることで、何かを象徴的に示すものというより生きている物を基にしたポーズをつくることができるのです。それは、自然や私たちのまわりの動物たちを鋭く観察することと、彼らと意識をエネルギー的に結合することで一体となることです。


私たちは実際に他のものとは切り離せないものであり、だからこそ、この世界のあなたの周りにある何かを体現したければそれは可能なのです。私の先生はこれを教えてはくれませんでいた。自分で見つけたのです。私自身の芸術だと言えるでしょう。不思議な力については先生はあまり教えてくれませんでしたが、私が学んだことのほとんどは自分自身の内なる経験によるものです。



西洋では多くの場合、ヨガは精密な科学として解剖学などに重点を置いて教えられています。あなたは陰ヨガは正確な科学というよりは芸術だと表現しています。これについて詳しく説明していただけますか?


私は解剖学は教えません。ヨガを練習している体験を感じることに完全に集中するよう教えています。生まれ持った能力のまだ使われていない可能性を開くことを教えています。私は理論と練習は別のものだとわかりました。本の理論は実際には機能しません。なぜなら理論とは分析的な心から出た複雑な思考プロセスの塊だからです。


野生の動物は理論など使いません。彼らはそんなことに興味を示さないのです。ただ本当の本質であるだけ。身体をどのように使っているのかという分析も現実というあいまいな概念もなく感じたり行動したりします。だから、ヨガを練習しながら解剖学や理論を考えるなら、その流れを感じることなどできません。今何をしているか完全に集中し感じることなく、考えることに心が忙しいからです。


動物たちは流れるような動きの本当の達人であり、行動に理論を使ったり考えたりはしません。しかし私たちも動物、霊長類ですから、彼らのようにできるはずです。でも私たちの心は、どうするべきかを判断したり様々な考えに邪魔され気が散ってしまうのです。もし私のヨガの練習の中で、本や講義から学んだ伝統的なヨガの理論や魔法の力を使おうしていたら、それは芸術ではなく頭脳の公式になるでしょう。


例をあげて教えるのが本来の方法でしょう。私がポーズを見せながらそのエネルギーを体現すれば、どのようにできるのかどう感じるのかがわかります。しかし、その方法を講義を聞いて誰かの解釈を聞いても、あなた自身の本当の方法で行うことはできません。やっているところを見る方が、それについて聞くよりもずっと効果的です。


自然界の動物のように動こうと思うなら、何かの体系の法則や理論に沿ってもできません。他の霊長類たちは科学的理論など考えません。しかし彼らは流れと動きの達人です。どんな理論も必要ないと彼らが証明しています。限界や概念に沿うことを教える理論は、あなたの邪魔になりかねません。ヨガとは何か、何がヨガでないかという誰かの考えに賛同するのは、ポーズの中で成長し動きと流れを行うことを妨げます。というのも、あなたは限られた信念体系の虜になっているからです。そして、知性に集中することは、直接体験を感じるという直接性を遠ざけることになります。


西洋の科学モデルは、私たちの文化の中で広く受け入れられているパラダイムです。西洋の科学や分析に公認されない限り、どんな分野や修養も正しくはないというイデオロギーに私たちは閉じ込められています。ヨガが西洋社会に取り入れられてから、私はそれをずっと見てきました。しかしヨガは、西洋科学を全く学んだことのない他の文化の中で多くの師たちに何世紀にもわたって非常に素晴らしく実践されてきています。しかしながら、ヨガは今では、ヨガについての哲学や理論、科学的解釈など様々な研究に人々が関わっているという意味で、学問的に組織化されています。ですから指導者養成は、講義や本でより多く行われ、ヨガの実践や技術の開発方法などは少なくなりがちです。昔は、多くの真のヨガ・マスターたちが心頭しただ実践していました。


実践するということが最も重要なことです。生徒たちの健康や幸福は、誰かが話すのを聞くことよりも、ヨガの練習に時間を使い、呼吸や感覚に注意を向けることでより多くの効果が得られるのです。




ヨガの実践者が科学としてではなく芸術としてアプローチすると何が違うのでしょう?


個々人には個性がありそれが陰ヨガを練習すると心を通して現れるので、陰ヨガは科学でななく芸術なのです。つまり、自己表現の唯一性です。あなたがある動物のポーズしても他の人のポーズとは同じではありません。しかし、その時のあなたの状態はあなたにとって本当なのです。


もしヨガを科学として捉えたなら、揺るぎなく変化のない機械的な枠組みの中に封じ込めることになります。芸術の自然にわき起こる創造的表現は生きています。しかし、何度も何度もただ先生のやることを繰り返して真似をするなら、あなたはただ誰かの方法のレプリカを作り上げているだけです。私は生徒たちに私を真似して欲しくはありません。自身の内にある芸術的表現と動きとともに流れる能力を発見して欲しいのです、私と異なる方法で。このように、ヨガとは常に進化し続ける生きた芸術なのです。


科学とは、客観的観察が基本です。知的な構造物です。しかし芸術は、生命のように主観的です。私たちの、感じたり受け止めている「生きている」という体験は有機的で直感的です。


私たちは有機体であり機械ではありません。変化し適応する能力が重要なのです。


私たちは、形が変わる容器に注がれる水のように、生きていて全体的でそこに存在しなければなりません。水のように身体や意識の中で流れれば、周囲の環境により簡単に適応できます。もっとしなやかに力強く優雅に動くことができます。自然界の高まった気付きを感じ、自身の中、身体の中でより安らげるでしょう。


多くの人は、自分は類人猿ではないと考えています。私たちが何なのかという生まれ持った基本的な側面への気付きを忘れています。このような芸術を練習すれば、それぞれの内にある原始的な自分を解き放ち、その生命力と陽気さを表現する助けになります。そしてそれが起こった時、自分が霊長類なのだとわかり、そして霊長類として理論や組織的に規定された方法は必要ないと気付くのです。


それは、ライブ音楽を聞くことと録音を聞くことの違いに似ています。録音はいつも同じです。しかしプロ音楽家のライブを聞きに行けば全く同じ演奏は二度とありません。そこには革新と自発性、感情やテンポの揺れがあります。それこそが私が教えてきたことです。同じクラスやワークショップは二度とはやりません。公式や前もって書かれたセリフでは教えません。また、自身の練習も全く同じ方法ではしません。どんな規制にも従わないのです。いつも異なるのは、一瞬一瞬がいつも新しいものだからです。



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次回に続きます。



(出典)https://yogainternational.com/article/view/the-art-of-yin-yoga

2019年4月17日水曜日

<日記>陰ヨガの講習に行ってきました

ずっと興味があったものの、いろいろ事情があって
中止になったり受けられなくなったりで
今まであまり陰ヨガを深く学ぶ機会がなかったのですが
やっと受けてきました。

陰ヨガという分野は、
本山博士の研究に基づき
ポール・グリリー氏、サラ・パワーズ氏などが深め広げてこられた
中医学の経絡(いわゆるツボやナディの通る道ですね)と関連が深いヨガです。


古代中国の医療(哲学)と古代インドの医療(哲学、アーユルヴェーダ)は
体系的にもとても似ているところがある一方で
全く異なるところもあります。
中国もインドも、さらにヨーロッパも陸地で繋がっていて
シルクロードがあったりして
それぞれが影響しあって発展したのは当たり前といえば当たり前なのですが
それでもやっぱり不思議でとても面白いです。


最近はテレビでもよく取り上げられるように
鍼灸もだいぶ受け入れられてきたように思いますが、
経穴とか経絡なんて実際に存在するの?本当に効果があるの?
と思う人がほとんどのように思います。

今回のティーチャー・トレーニングでは、
経絡や中医学の歴史や現代科学の立証の話など大変興味深かったです。



何年か前に読んだサラ・パワーズ氏の陰ヨガの本や、
トム・マイヤーズ氏の筋膜などアナトミーの本も
もう一度読んでみようと思いました。

まだまだ勉強中です・・・。





2018年11月10日土曜日

眠りに落ちずにヨガ・ニードラを練習する方法 
How to Practice Yoga Nidra Without Falling Asleep

ヨガニードラとは「ヨガの眠り」と言われ、深い瞑想に入る方法のひとつです。
横たわって行いとてもリラックスするので、寝てしまうこともよくあります。
ヨガクラスの最後のシャヴァサナでも寝てしまう方が時々いらっしゃいますね。
今回はどうすれば眠ってしまわないでいられるか、についての記事です。
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ヨガ・ニードラは、身体と心のリラクゼーションの「最高の詰め合わせ」です。長年の思考の癖を解き、肯定的な思考のプロセスを促す ー 静かで受容性のある精神へのツールとなります。ヨガ・ニードラの効果を十分に受け取るためには、練習の間目覚めていてそこにいることが必要です。ヨガ・ニードラではすぐに眠りに落ちてしまいがちです。仰向けで目を閉じ、プロップスに身体を預け、深いリラクゼーションへと導く心を鎮める声を聞くのですから。では、「どうすれば眠りに落ちずにヨガ・ニードラを練習することができるのでしょうか?」


この記事では、眠りに落ちずにヨガ・ニードラを練習するために眠りと距離を置く様々なツールを紹介しましょう。いつもあちこち気が散ってしまうこのテクノロジーに縛られた世界では、睡眠不足な人が多いと指摘することが重要です。静かで理想的な状況では、身体は力が抜けて眠りへと誘われる機会を受け入れるでしょう。リラックスするには、まず「眠りの銀行口座」に十分な預金をおいておかなければなりません。身体が休むのに慣れていれば、ヨガ・ニードラの間目覚めたままでいられるようになります。このように、ヨガ・ニードラの時にいつも眠ってしまうということは、睡眠がもっと必要だということなのです。睡眠の貯金が満たされている時にだけ、眠らずにヨガ・ニードラの練習に集中できるのです。つまり、あなたが眠ることができずヨガ・ニードラがよりよい睡眠習慣に繋がると感じたとしたら、どうぞこの練習を睡眠サポートとして行い続けてください。



練習を短くする


ヨガ・ニードラでは、練習の初めに「私は目覚めていて気づいている」というような確認をしながら起きた状態にいるよう促されるでしょう。寝そうになったら、その言葉を思い出して眠気を遠ざけます。そうでなければ、特に練習が20分を越えると目覚めと眠りの間の状態に漂うことになるでしょう。ですから、ヨガ・ニードラは5-10分間の練習で始めるとよいのです。ヨガ・ニードラのガイドに沿ってそれくらいの時間、深いリラックス状態にいられるようになれば、より長い練習に移り、徐々に40分以上へと延ばしましょう。



しばらくは同じ練習を続ける


ヨガ・ニードラの録音は多く存在します。時間、先生の声、内容(関係のある言葉のあるもの)を検討して選びましょう。慣れた言葉があればさらにリラックスでき、よく知り信用できる内への旅をさせてくれます。自分にあったものが見つかったら、同じヨガ・ニードラを何度も行いましょう。このように、時間をかけて完全に快適になっていくのです。

新しいヨガ・ニードラを始める際、最もよくあるのは意識があったりなかったり、つまり覚えていたり覚えていなかったりということです。私たちはこの練習を無意識に受け取るのだと言われていますが、それでもその中で何に集中しているのかを知ること(例えば重さ軽さの感覚、森に入ったり岩に砕ける波を見ているというようなイメージ)は有益なことです。私がヨガ・ニードラの後に行うもののひとつは、覚えていることを書き留めて思い出すことです。それにはいつも私が気をつけていること、つまり体を観察して覚えていること、経験の中で気づいたこと(例えば体の中心を感じるようにすると汗をかくとか)、練習の始めにやろうと思ったこと、その他大切に感じることなどです。



身体的な合図


目覚めておくための体の合図は、クラスの途中で夢の世界に入り込んでいびきをかくことを防いでくれます。以下を試してみましょう。シャヴァサナで両腕を体の脇に置いて横たわり、指先が空に向くよう肩肘を曲げます。上腕と肩は床に置いておき、前腕と手だけをあげておきます。眠りそうになれば、手が降りてきてあなたを起こしてくれるでしょう。

体の合図と同じくタイマーをセットしておくのも良い方法でしょう。(他の人がいると迷惑なので一人のときがよいでしょう)タイマーの音はかすかに聞こえる程度に下げておき、ベルやチャイム、ゴングなどの音にセットしておきましょう。ヨガ・ニードラの間は感覚が鋭くなっているので、普段は普通のボリュームに感じていても瞑想に入っているときは耳障りでびっくりするかもしれません。びっくりしたくはないでしょう。ヨガ・ニードラのクラスでライブのドラム音にセットされていたことがあります。理論的にはクールでしょうが、私の経験上気持ちの良いものではありません。おそらく眠りそうになっていたのでしょうが、突然とても大きなドンパンの音に起こされたのです。私は飛び起きて、心臓はどきどきして完全に警戒状態でした。身体中がショック・モードになりました。この経験を教訓として、タイマーの音は小さくあるいはバイブだけにして練習の間そこにいるかどうかを自分に問うための優しい合図になるようにしています。タイマーは5分おきに鳴るようセットしてもいいですし、一回だけでも構いません。(短時間のヨガ・ニードラなら一回だけの方がよいでしょう)



体のポジションを変える


伝統的にヨガ・ニードラはシャヴァサナで床に仰向けで横たわって行います。しかし、眠るのを防ぐには、練習する姿勢を変えてもいいでしょう。ひとつは横向けに横たわることです。右を下にするとヨガ・ニードラを促す静かで穏やかな感覚を感じると言われています。これはおそらく、右を下にすると左の鼻から呼吸が多く通るようになり、それが鎮静する受動的なエネルギーであるイダ・ナディが開いて流れ続けるのを促すからでしょう。しかし、どちらでもあなたが快適と感じる方を選べばよいでしょう。実際、長時間のヨガ・ニードラでは、妊婦は(下半身から心臓に血液を戻す)下大静脈が圧迫されないよう左下に横たわることを勧められています。

横を向いて寝るときには補助具を使うことを勧めます。表面を柔らかくするために体とマットの間にブランケットを置いたり、寛骨の下にブランケットを置いたり、快適に落ち着くために背中側にボルスターを置く(背中は床に着いていないので)、腿と脛の間に折り畳んだブランケットを入れる、足の下にブロックを置く、あるいは横向きのシャヴァサナをサポートするために頭や腕の下にブランケットを置くなどです。

座位のヨガ・ニードラも可能です。この場合は、椅子に座って両足をしっかり床に着地させるか、床に快適に着かなければブロックの上に両足を乗せましょう。両手は両膝の上に休ませ、背骨は長くします。できるだけ体の力を抜きながら背骨が伸びたままにできるよう、膝の下に何らかの補助具を使いましょう。



エネルギーのある時間を選ぶ


エネルギーがたっぷりある時間にヨガ・ニードラを練習しましょう。例えばそれが朝だとしたら、少し早起きをして朝の練習のために余裕を作りましょう。そうすれば、練習の間に眠りたくならなくなります。

自分自身が一番自分を厳しく批判をします。ヨガ・ニードラで寝てしまうことも、目覚めているように努力することも悪いことではありません。ずっと起きたままでいられなかったことや、「完璧」でいられなかったこと、一度のセッションで大きな変化が感じられないことで自分自身を評価するのではなく、自分自身、そして自分の癖や傾向を知るよう練習していれば、より早くもっと先へ進むことができるでしょう。

ここにあげたコツがあなたのヨガ・ニードラの旅で有効でありますように、そして練習が多くをもたらしますように。シュリ・K・パタビ・ジョイスの言葉を捧げます「練習すれば全ては叶えられる」






(出典)https://yogainternational.com/article/view/how-to-practice-yoga-nidra-without-falling-asleep?

2018年6月10日日曜日

消化のための陰ヨガ 
Yin Yoga for Digestion

6月になってすっかり「真夏」のような天候が続きます。夏の暑い時期は、消化の力が弱まって体力が消耗しやすい季節です。今回は、消化のための陰ヨガをご紹介しましょう。
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編集注:以下はヨガの実践者や指導者のための一般的な助言を目的としています。医療専門家の個人的な助言の代替ではありません。


過敏性腸症候群(IBS)である方、また腹痛や膨満感、消化不良が時々でも起こる方なら、お腹のトラブルは楽しいものではないことに同意されることでしょう。食養生と同様に、ストレス軽減法は確かに役立ちます。個人的には、消化器官あたり、または消化器官の不調に関係する中医学的な経絡を対象としたヨガがとても問題の解消につながり得るのを見出しました。

消化器官が痛むとあまり外出したくありませんでした。お腹がゴロゴロしたり張ったりすると、トイレが近くにないと不安で、ヨガのクラスに行く気さえ起こらなかったものです。ありがたいことに、家でできるヨガのポーズで短期間の不快を解消することができまし、私が経験したように、そうした問題の程度や起こる頻度を減らすことさえできるかもしれません。(ヨガクラスに行く気分だとしても、ゴロゴロを気にしなくてもいいのです。ヨガの途中では誰でもゴロゴロいうんですから!)

こちらに紹介する陰ヨガのシーケンス(外出さえしたくなくても家でできるんです!)には2つの見方があります。ポーズのいくつかは消化器官を優しくマッサージし、ガスを軽減し消化を促進します。他に、脾臓や胃の気を強化するものもあります。陰ヨガは、伝統的な中医学に影響を受けており、中医学ではこの2つの経絡のバランスが崩れていると、膨満感など消化の問題が起こると考えられています。
さらに中医学では、脾臓の気が弱い時は不安が高まり、その気が強い時は創造力が高まるとされています。脾臓の気はまた、意思やその力、変化のための可能性の気づきなどと繋がっています。ではお腹のゴロゴロを待たないで、この1時間のシーケンスを試してみましょう!

ポーズには優しく消化器官を圧迫するものがあるので、ウェストまわりがゆるいパンツを履くと良いでしょう。また、1、2枚のブランケットか大きなタオル、ボルスター、2本のストラップ(任意)を用意しましょう。多くのタイプのヨガやエクササイズと同様、消化を助けるため練習の前少なくとも1時間は食事を終えましょう。そして、よりバランスの取れた状態になるのに必要なゴロゴロやグルグルは、お腹や消化器官にさせてあげるようにしましょう。



山のポーズ(4分間)


山のポーズではじましょう。両足の四隅(親指の付け根、小指の付け根、かかとの内側と外側)を通してマットに根付きます。そうした方が快適なら目を閉じます。




鼻から4カウントで息を吸い、口から8カウントで吐きましょう。このカウントが苦しいと感じるなら、3:6や2:4の比で試してみましょう。これを2分間続け、次は自然なリズムで後の2分間呼吸をします。可能なら鼻で呼吸しましょう。ここで不快感を感じたら、判断をせず胃に意識を向けましょう。全ての感覚を客観的にみましょう。



前屈(3分間)


山のポーズから両膝を緩めて前屈し、両ひじを腿にのせます。背中はやや丸めておきましょう。膝を曲げて胸が腿の上にのるようにイメージします。あるいは、可能で快適なら、胸を実際に腿にのせて優しく胃をマッサージしましょう。



これは、ハムストリングスや背中を対象にした深い前屈というよりは、胃をしずめる緩い前屈だと考えてください。



スクワット(2分間 + 1分間のカウンターポーズ)


マット幅程度に足を開き、つま先は両前角に向け、両膝をより深く曲げましょう。スクワットしながら、腰を地面に向かって下ろします。かかとがマットから浮くかもしれませんがそれは構いません(かかとの下に畳んだブランケット、アイピローなどを置くと快適かもしれません)。
両手を合掌し、鎖骨を左右に開きながら両ひじを両膝の内側に入れ込みます。ここで安定していると感じたら、少し前にかがんで足首の感覚を感じましょう。胃や脾臓の経絡を刺激します。



ポーズから出るには、肩の下に肩幅両手を床におきましょう。それから腰幅に両膝を床に着きます。カウンターポーズであるテープル・ポーズ(四つ這い)を1分間行いましょう。



垂直のスワンと眠るスワン(2分間と3分間、両サイド)


四つ這いから右膝を右手首の近くにおき、右腿を外側に回転させます。身体によって右のすねは以下のいずれかの位置になります。1)マットの端と平行(この場合は右足首を曲げ続けてみましょう)、2)斜めの角度(脛と一直線だとしても足はより自然な状態になるでしょう)、3)マットの前とほぼ直角になり右足が右臀部の真下に(この場合は足首を曲げずに伸ばします)。




骨盤を沈ませましょう。右臀部の下にサポートとしてブランケットを差し込んでも構いません。左脚を後ろにまっすぐ伸ばしますが、快適でなければ左膝を横方向に曲げて鹿のポーズになりましょう。右手の指先で右膝かヒップの位置で床を押します。左腕を空に持ち上げ5呼吸して左の腰筋のストレッチの感覚を深めましょう。これが胃と脾臓の経絡を刺激します。


そして左手を床に下ろします。90秒続けましょう。

注意:前の足が痺れるようなら、足首の下にブランケットを置いてみましょう。


次に、ヒップを床に置いたまま、両手をマットの前の方へ歩かせ、前屈して眠るスワンに入ります。両腕を伸ばしたり、肘を曲げて前腕の上で休んだり、あるいは上体をボルスターの上に下ろすかします。



眠るスワンを3分間行ったあと、両手を肩の真下まで歩いて戻します(ボルスターを使っていたら移動しましょう)。左のつま先を立て、両手で地面を押し両腕を伸ばし、胸を床から持ち上げ、ダウンドッグに押上がります。5呼吸続けたら、膝を床におろして四つ這いに戻ります。

2つのスワンポーズを反対サイドでも行い、ダウンドッグか四つ這いで終わります。



スフィンクスかアザラシポーズ (5分間)


四つ這いから両手を前に歩かせてうつ伏せになります。肘を曲げて肩の下に置き、両前腕は平行にしましょう。感じる場所に(おそらく腰)に注目します。



もしきついと感じたら、肘をもっと前に動かしましょう。もっと感じたいと思ったら、ボルスターや折り畳んだブランケットに前腕をのせてみます。けれど忘れないで、その感覚は今まで味わったことがないほど強くする必要はありません!

次に、頭の位置を試します。頭を下ろすと快適かどうかみます。首が快適でなければ、頭を再度背骨のラインまで持ち上げましょう。

2分ほど経って、もし感覚がなくなったら、両膝を曲げてかかとを腰の方へ下ろしてみましょう。



あるいは、手の中指がマットの角に向くようにして斜めに手を回転させて、腕を伸ばしてアザラシのポーズになります。



感覚に集中します。全部で5分間のスフィンクスかアザラシのポーズのあと、曲げていた脚を伸ばし、伸ばしていた腕を曲げ(そして前腕を平行に戻して)、使ったプロップスを移動させます。



チャイルド・ポーズ(5分間)


優しく床に手をつき、両ひざを曲げ、腰をかかとに向けて下ろし(両ひざは好きな間隔で)、チャイルドポーズになります。おでこをブロックやボルスターにのせるととても心地よいでしょう。



そのほかに、胸もボルスターにのせる方法もあります。



チャイルド・ポーズはお腹を圧迫するので、食後にこれをすると快適とはいかないかもしれません(特に下痢をしていたら!)。体の声を聞いて、己を知りましょう。

5分経ったら、やさしく床を押して起き上がりましょう。腰を左右どちらかに下ろしてお尻で座ります。ボルスターはマットの横に置いておきましょう。



半分の浮舟のポーズ(左右3分間ずつ)


仰向けに寝ます。両ひざを曲げ足をマットにおきましょう。足裏で押してマットからお尻を持ち上げ、お尻と仙骨(腰ではなく)の下にボルスターをすべりこませます。そしてボルスターで支えられるようにお尻をおろしましょう。右腿の後ろか右脛の前に手をかけて、優しく膝を胸に引きましょう。左脚はマットに沿って伸ばします。



このポーズは2つの消化促進効果があります。右膝を胸に優しく引き込むことで消化器官がマッサージされて膨満感が解消されます。また左脚を伸ばすことで、腿前に走る脾臓と胃の経絡が優しく圧迫されます。股関節屈筋や左腿のあたりに何も感じなければ、折り畳んだブランケットボルスターに追加して高くしてみましょう。

3分後、反対側も行います。



完全な浮舟のポーズ(5分間)


半分の浮舟のポーズから、左脚を床に沿って伸ばします。脚の力を抜きましょう。そうすれば両脚が外に開くのに気づくでしょう。もう一度、股関節屈筋に意識を向け、緊張していないことを確認します。この陰ポーズで支えられているという感覚をより深めるために(ボルスターから落ちてしまわないよう、また股関節屈筋を緩めストレッチさせるように)、両脚がよりニュートラルの位置にくるよう腿や脛のまわりにストラップをかけてみましょう。


このポーズから出るには、両ひざを曲げます。ストラップを使っている場合は外します。足裏をマットにつけ押して腰を持ち上げ、ボルスターを移動させましょう。お尻を床におろします。



両ひざを曲げたツイスト(左右5分間ずつ)


お尻を3〜5センチほど左にシフトして、両ひざを胸に近づけましょう。両腕はT字に開き、両ひざを右に倒して床かブランケット、ボルスターの上に下ろしましょう。

ツイストは消化器官をマッサージするので大変よいです。このポーズで消化の効果をよりよく得るには、左腕を頭上に伸ばします(左肩が床から浮くようであればブランケットの上に置きましょう)。小腸・大腸の経絡が刺激されます。




5分経ったら、左腕をT字の位置まで戻しましょう。両ひざを真ん中に戻し足裏をマットに下ろします。お尻を中心線に戻してから、右に3〜5センチ移動します。左にツイストしたら、両腕をT字に戻して両ひざも真ん中に戻します。両足裏を床に下ろしましょう。



シャバサナ(5分間以上)


両脚を伸ばし、腰よりも広い幅に足を離します。腕は体の横か、お腹や肋骨の上においてもいいでしょう。



好きなだけシャバサナを楽しみましょう。ただし、お願いですからこのとても重要な休憩のポーズに最低5分間は捧げてください。そうすれば、あなたの体は今行ったことから十分な癒しの効果を得るはずです。




2017年7月4日火曜日

ヨガとエネルギー 
Yoga and Energy

物理学者にとって、エネルギーとは運動の容量だ。運動とは、与えられた力によって物体が動くことのできる距離だと数学的には定義される。
とても退屈な定義だ。ヨガにおいてエネルギーはどのように働くのか、というのはずっと興味深いものだ。何に使われ、それをするためにどうやって得るのだろう?

さて、ヨガの視点から見たエネルギーを理解する簡単な方法は、「エネルギー 2-3-4」と覚えればいい。


エネルギーに関してヨガを通してできる2つのこと


ヨガの実践により得られる生理学的な効果は、エネルギー的に次の2つだと言える。
  1. スイッチを入れる
  2. 詰まりをとって流す
庭のホースに例えるといい。美しい森のアシュラムにヨガと瞑想のリトリートに一年間行ったとしよう。家に帰ってきたら庭はぼうぼうだ。注意して枯草を刈り、1年間庭に放ったらかしだったホースで芝に水をやる。蛇口をひねるが水は出ない。ホースに泥や虫が詰まっているのだ。そこで、君はホースにちょっとしたヨガをさせる。詰まりが取れて水が流れるまで、曲げたり捻ったりするのだ。
エネルギーを使うためには、繋がっている必要がある。ホースは、川岸のごとく水の流れに繋がっている。電線は電気の流れにつながっている。そして、身体もまた多くのものと繋がっている。電気的エネルギーのための神経、科学的エネルギーのための血管が存在するが、もっと微細な経路(インドのヨギはナディと、中国では経絡と呼ぶ)もある。これらが詰まっている時は、流す必要があるのだ。
これがヨガでやっていることだ。スイッチを入れてエネルギーの流れを刺激する。そして閉塞や障害を取り除いてエネルギーを流す。この閉塞をサンスクリット語では「グランティス」と呼ぶ。幸いなことにヨガはグランティスを打ち砕くことができる。


エネルギーの3つの使い道


ヨガではエネルギーを次の3つの働きに使っている。
  • 運搬
  • 変換
  • 伝達
物質は身体の中である場所から別の場所へと移動する必要がある。これがエネルギーの運搬機能だ。食べ物を摂り、その残余物を排出し、栄養を内臓から血流へと(そして全細胞へ)、または手足を動かしたりと運搬は大変な量のエネルギーを必要とする。

同様にエネルギーを要するのが変換に関する働きだ。身体は、食物の栄養と空気を燃料としてのグルコースに、またはあらゆる組織へと変換する必要がある。全ての細胞は、栄養をタンパク質、酵素、メッセンジャー分子へと変換する小さな工場である。そして変換されたものは必要な場所へと運搬される。

メッセンジャー分子とは、体内の伝達系の一部である。しかし、メッセージを伝達するのには電気信号などのさらに洗練された方法もある。そして伝達に使われるエネルギーは、運搬や変換に使われるものよりはずっと少ない。実際、このエネルギーを「微細」と呼んでいるのだから!

運搬や変換に使うエネルギーを計るのは、基礎代謝という形で見られるので簡単なことだ。熱は、こうしたエネルギー使用の一般的副産物で、身体がどれくらい熱を持っているかも体温計を使えばすぐわかることだ。しかし、伝達に費やされるエネルギーはかなり少ないので感知するのがもっと困難だ。

体内の様々な伝達系が理解がすすんだのは、他のエネルギー使用状況を把握した後だったのは当然である。医学のある新分野が、「細胞内シグナル伝達」というたったひとつの側面に割り当てられている。身体的ストレスや組織への圧迫がどのように伝達されるのかの研究が「メカノバイオロジー」と呼ばれている。「エネルギー療法」と呼ばれる分野もある。これらの医療分野は、細胞がお互いに様々な技術で伝達しあっているということを発見している。電気や化学物質、PHレベル、圧力、触覚、音、光や電磁場などだ。


スイッチを入れる4つの方法


ヨガのアサナで作るストレスや動きは、エネルギーの流れを刺激しその流れの詰まりを減らしたり取り除いたりしている。

動きやストレスは、微小な電流や電磁場を体内に作りだす(圧電気という)。また、メカノトランスダクションというプロセスを通し、筋膜から筋膜内細胞へと加わる身体的ストレスが、そうした細胞を刺激する信号を作り出す。筋膜内では、組織の治癒を助けたり栄養を与えたりするために、または瘢痕組織や癒着を解消するため、成長因子や酵素が活性化する。

スイッチを入れエネルギーの流れを刺激する東洋の4つの方法がこれだ。
  1. 鍼治療
  2. 指圧
  3. 気づきの移動
  4. 呼吸法
私はこれらの方法をサラ・パワーズから教わった。残念ながら、サラも私も生徒に鋭い針を刺すライセンスは持っていないし、ヨガで鍼を使ったりはしない。ほかの3つは間違いなくヨガでも使える。ストレスと圧力は伝達の形だ。ヨガをするときは、伸組織に与える長と圧縮のストレスを両方作り出している。こうした指圧は、細胞が反応する別の信号でもある。「感じているなら、やっていることだ」と言えるのだ。

マインドフルネス瞑想である気づきの移動は、ヨガの練習でよく行われるが、これの体への影響も測定できる。自分でやってみるとよい。1分間、手の親指の先に意識を集中する。1分後には、親指が感知できるほど温かくなっているだろう。意識は血管を拡張させ、集中した場所に多くのエネルギーを送るのだ。

呼吸は言わずもがな命である。しなければすぐに死んでしまう!古代の言語では呼吸は命と空気の両方の意味を持っている。ラテン語の Spiritusin は魂と息の意味であり、プラナも同様に生命力と呼吸という意味を持つ。呼吸は、酸素を送るだけでなく(細胞が燃料を燃やしエネルギーを放出するため)、呼吸自身が刺激となる。ゆっくりとした安定した呼吸を一定の場所に意識をもって行うと、そこのエネルギーの流れを強化することができる。もちろん、身体中に肺があるわけではないが、身体全体に張り巡らされた筋膜のネットワークがある。一呼吸一呼吸がそのネットワークにストレスを与え、集中していれば、それぞれのポーズの中でそのストレスをその場所に感じることができるのだ。


(出典)https://yogainternational.com/topic/practice

2017年4月3日月曜日

足のマッサージでエネルギーを
Stimulate Your Energy With Foot Massage

リフレクソロジーや中国の足裏マッサージなど、
足のマッサージの効果は良く知られています。
アーユルヴェーダの簡単なマッサージの方法を書いた記事があったので掲載します。
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アーユルヴェーダのマッサージでは一般的に、ドーシャ(体質)のバランスを取るためにブレンドしたハーブオイルや温かいセサミオイルを使います。足のマッサージは、自分でもできますし、パートナーと楽しむのもよいでしょう。

アーユルヴェーダの足マッサージは、筋肉の深部までは行いません。身体のマルマやナディ(ツボ)の微細なエネルギーを刺激するのが目的です。右足から始め、同じように左足にも行いましょう。

アーユルヴェーダ足マッサージ 5ステップ

  1. 土踏まずの中心にある点から始ましょう。手の親指を使ってマッサージします。心臓に効きます。
  2. 手の親指を使って、足の親指の腹の中心にある点をマッサージします。ここはホルモン分泌が整えられます。
  3. 親指から他の指の腹をマッサージします。そして、各指の周りを優しく引っ張りながらマッサージしましょう。各指はそれぞれ、脳、肺、腸、腎臓、心臓など主な内臓に対応しています。
  4. つぎに、足の表に移りましょう。両手の親指を使って、足の親指と人差し指の間をマッサージします。足首までマッサージして、骨を感じるところまで行います。
  5. 両手で足をもって、つま先から足首まで上に向かってマッサージしましょう。



2016年9月23日金曜日

経絡の存在を科学がついに証明
Science Finally Proves Meridians Exist

シンガポールにいた頃、プラナ(生命エネルギー)を計れるマシーンを開発したという人のプレゼンテーションを聞いたことがありますが、目に見えないものってなかなか信じられないものですよね。
今日の記事はUPLIFTから、経絡、いわゆるツボを科学的に解明したという大変興味深い話です。
かくいう私も、使いすぎで肩や手首を痛めやすく鍼灸院に定期的に通っていますが、その効果は間違いないと実感しています。

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スピリチュアルと科学の融合にはどんな意味があるのか


「すべての文化と近代医学以前のすべての伝統医学では、治療はエネルギーの移動によって為されていた」 アルバート・フォン・セントジェルジ(ノーベル生理医学賞受賞の生化学者)

何世紀もの間、いくつかの伝統における古代の賢者やヒーラーらはエネルギー体というものを鋭敏に理解していた。中国、インド、日本、そしてチベットなどの伝統的治療は、生命エネルギーが流れるエネルギーの経路や経絡、ナディに言及している。

生命とは生物的電気であり振動エネルギー現象であり、従って健康は様々な方法でエネルギーのバランスをとることで得られると考えられていた。生命エネルギーが身体を駆け巡って生気を与えることで生命が存在し、私達に動いたり、息をしたり、食べ物を消化したり、考えたり感じたりすることを可能にしていると。



エネルギーの経路


この生命エネルギーまたは「気」は陰と陽という2種類から成っており、身体中を巡るエネルギーの道(幹線道路)の高性能のネットワークに沿って流れている。2000年以上も前、古代文化はこのエネルギー経路の存在を知っていた。タイでは「セン」と呼び、インドでは「ナディ」、中国や日本では「経絡」「経路」「管」、チベットでは「経絡」と呼ばれていた。多くの東洋医学技術が発達したインドでは、72000ものナディ(エネルギーの道)があると言われていた。これらの経路におけるエネルギーの滞りが病気であると信じられている。鍼、指圧、マッサージやヨガを含む伝統的治療は、広大なネットワークの中の身体に駆け巡る経絡やナディとして知られるエネルギーの道あるいは経路の存在に基づいているのだ。

肉体や骨があるにも関わらず私達がエネルギー体であると考えるのはやや雲をつかむような話かもしれないが、私達は根源では他のエネルギー場に組み込まれたエネルギー場である。事実上私達の身体は電磁気を帯びており、科学は長年、心電図やMRIといった先端機器でその周波数の計測を行ってきた。針を使わなくても、こうした道や点が電気を帯びていることを示す多くの研究がある。指圧の技術は、同じエネルギー効果を活性化することを利用している。同様に、気功や太極拳、ヨガのポーズなどはツボに流れる電気を増幅させることがわかっているが、現在に至るまで科学は経絡の存在を信じてはこなかったのだ。


科学的研究


近年、ソウル国立大学の研究者らは、経絡の存在を確認し「primo-vascular system(訳註:PVS、直訳すれば『第一の脈組織』)」と呼んでいる。彼らによれば、この組織は心臓血管系において不可欠な部分である。

それ以前の1960年代初めに、北朝鮮の科学者キム・ボンハンが経絡を発見したと言及している。キム・ボンハン博士は50年以上も前に、血管とリンパ管の内外、そして内臓表面と真皮下に新しい管状構造の存在を示していた。彼はそれらが伝統的な経絡だと信じていた。彼の研究後、そうした経絡はボンハン管と呼ばれたが、様々な臓器におけるこの組織の存在はさらなる研究によって裏付けられている。

現在、韓国の研究者らは、PVSは実際に鍼経絡系の物理的構成要素であると考えている。そして、この組織は、生物フォトン(光の電磁波)やDNAが伝達するエネルギーや情報の流れに関連していることを示唆する。

この生物物理学の手法で東洋医学を研究している韓国の科学者らは、特別な染料を注入し経絡に色をつけた。ツボに染料を注入することで細い線が見えるようにしたのである。経絡のない箇所ではこれらは現れなかった。研究者らは、経絡は皮膚だけにあるのではなく、実際には実体のある液体が流れる管組織であり、この液体が集まって幹細胞を形成することを発見した。

かつて科学者らは、古代中国のエネルギー施術者が作成したツボの地図に明らかに合致している微小血管構造の集中した個所を観察するのに、イメージング技術とCTスキャンを使っていた。Journal of Electron Spectroscopy and Related Phenomena(電子分光法と関連事象ジャーナル)で公表された研究では、ツボとそうでない個所両方にコントラストCTイメージングと放射線を使用した。CTスキャンによってツボでない個所とツボの解剖学的構造の明らかな違いをはっきりと示した。

特別な染料を注入し経絡に色をつけた


経絡体系


主要な経絡は12対あり、2つの中間経絡と6つの陽と6つの陰がある。陽の経絡は身体を下降し、陰経絡は上昇する。各経絡はまたある元素に関連する。各経絡は昼夜の一定の時間に最も活性化し、元素や季節に影響される。

その元素的構造の中の生命フォースの脈管として、経絡は私たちの身体と細胞レベルで、そして宇宙と複雑で深い関係を示している。私たちは、身体的レベルそして細胞レベルで、元素やエネルギー構造やエネルギーの流れによってすべての生命と親密につながっている。私たちの地球はまた経絡と同様、エネルギーの道やレイ・ライン(訳註:先史または古代のイギリスで、神聖な場所や重要な地点が並んでいると考えられる直線)だと言われている。


経絡と健康の関係


私たちの身体はバランスが必要である。多すぎず少なすぎないバランスの取れたエネルギーの流れが健康につながる。これは私達がどのように生きているのかと同じだ。バランスが最優先である。過不足のない食物と水、健康的なバランスの取れたライフスタイル。ブッダが言うように全てにおいて「中庸」であること。

人生におけるこの調和とバランスを、陰陽(より単純に言えば男性的女性的な)エネルギーという相反する宇宙の2つの触媒的エネルギーのバランスとみることができる。

私たちは、この2つの体内の力の調和とバランスが取れていると健康で生き生きとしていられる。バランスが崩れ、一方の力がもう一方より強くなってしまうと病気になる。この力やエネルギーはとても明確な身体の経路、もしくは経絡を通って流れており、それは身体が治癒するエネルギーの道である。

伝統的なインド医学は、経絡から発展した。身体にはナディがあり、神経系、循環器系、消化器系、呼吸器系、リンパ系などを形成している。このナディに滞りがあれば健康に影響する。ナディはまた、思考や感情、神経インパルスを運ぶオーラ体にもみられる。このナディが滞れば、感じたり他人や環境、自分自身と深くつながる能力が失われる。動脈や静脈が身体機能に重要であるのと同様、ナディは私たちの神経や心と自我の回路である意識のマトリクスを通り抜け、存在の超俗的次元から肉体的表現を支えているのだ。

このエネルギーの流れがブロックされると、力を失い病気になる。ヨガや瞑想といった練習は、こうした微細なエネルギー経路に働きかけ、身体中のエネルギーの流れを支える。いくつかの古代インドの文献によれば、身体にはエネルギーの道であるナディが35万あるという。伝統的インド医学や精神科学では、物体、オーラ体、因果体のエネルギーはナディを通って流れていると言われている。この骨組みでは、ナディはナディチャクラと呼ばれる強力な特別点でつながっているという。

脊柱に沿って走る最も重要な3つのナディは、イーダ、ピンガラそしてスシュムナである。スシュムナは人間の身体の中心にあるエネルギーの経路で脊柱の基部から登頂へと走っており、根本の進化的フォースであるクンダリニのエネルギーを伝える。クンダリニはヨガや瞑想を通して眼覚めるが、脊柱の基部に眠っているといわれている。クンダリニの活性化により、より高度な意識状態へとつながる。ヨガの目的は、スシュムナを広げ、こうした経路を結合させることである。これらの3つのナディを浄化すると、全体的に健康になり、体と心の健康だけでなく精神の広がりにもつながる。様々なプラナヤマのテクニックは、これらのナディを開き続けるのに役立つ。

脊柱に沿って走る最も重要な3つのナディは、イーダ、ピンガラそしてスシュムナである

もしエネルギーに敏感だったり鍼灸などエネルギー治療を体験したことがあれば、例えば脚や腕にエネルギーの流れや冷たいあるいは熱い流れを感じたことがあるかもしれない。これが、経絡におけるエネルギーの解放であり、滞りが取り除かれて放出されたエネルギーの流れだ。

輝かしい健康を支える経絡系を基にした素晴らしい治療様式は多数ある。身体のエネルギーの流れを高めることで、バランスがとれて健康になることができ、真の自分自身に繋がることができる。鍼治療は、石器時代後期の中国ですでに使われていた治療法である。人々のすべての病を治療するのに使われていた。鍼治療は、中国が分離政策をやめて外国の政治的また文化的接触を再開する70年代になるまで近代西洋の意識には入ってこなかった。

西洋における鍼治療の適用範囲の広がりはゆっくりだが、おそらく科学的根拠がないと思われていたからだろう。しかし、こうして経絡の科学的証拠がある現在、身体のエネルギーという視点に基づいた他の素晴らしい治療法とともに、鍼治療は全ての病に対してより広範囲になっていき、より多くの人々の輝かしい健康を支えていくだろう。


(出典) http://upliftconnect.com/science-proves-meridians-exist/

2015年7月6日月曜日

<日記>ナディとツボ

今週のクラスは、陰陽ヨガでした。

ウォーミングアップの後は、いつものように太陽礼拝からいくつかのアサナ。
最後の30分間で、力を抜いて数分間アサナをキープする陰ヨガを。

陰ヨガとは、中医学のツボ・経絡の考えに基づいたヨガのこと。
今回は、身体のデトックスに大切な臓器、
膀胱と腎臓の経絡を刺激するシークエンスを行いました。




さて、ヨガの中でも、ほぼツボと同じ性質を持った「ナディ」というものがあります。
考えてみれば、中国とインド・ネパールって隣り合っているわけで、
昔からシルクロードで大陸は繋がっているわけで、
共通点があって当たり前なのでしょう。

他にも、万物は「木・火・土・金・水」から成るという中国の五行説と
「地・水・火・風・空」からなるというインドの五元素の考えは
なーんとなく似てます。

カシミール地方で作られた絨毯の上
中国の古い家具の前で
イタリア製のカップで
インドネシアのコーヒーを飲み
こんなことを考えていると世界が本当に小さく見えてきます。