バーベルを頭の上に持ち上げるのに必要なのは何かと尋ねたら、ほとんどの人が筋肉と骨、関節だと答えるでしょう。マラソンを走るのには何が必要かと尋ねたら、心臓と肺、脚だと答えるでしょう。そしてダンスや体操に求められるのは何かと尋ねたら、強さと優雅さ、そして敏捷性と答えます。けれど、柔軟性を高めるのにもっとも大切なのは何かと尋ねると、おそらくキョトンとするだけかもしれません。それでも、ハタヨガを練習している私たちは柔軟性を高めることが最大の挑戦のひとつだとわかっています。体が固まっていればどんなに簡単なポーズでも難しく、そのためインストラクターは常にストレッチをするよう勧めるのです。けれど、ストレッチとは正確にはどういうことでしょうか?
まずストレッチとは、柔軟性を高めようとして、軟骨の制限や、関節包、腱や靭帯を緩めたり、骨格の制限を解放することではありません。軟骨の制限とはゴム製のパッキンのようなものでほんの少ししか動きません。関節包は骨膜関節のツルツルした表面を覆って防御していて、それを緩めようとすると不安定になる危険性があります。骨と骨を繋いでいる靱帯はたった4%伸びただけで裂け始めます。固定されたため異常に短くなっているのでなければ、伸ばすことは到底良い考えではありません。筋肉の腹と骨を繋いでいる腱は、知られているでしょうが、靱帯を同様の構造をしていてあまり伸びません。
私たちができるのは、神経と筋肉の腹、つまり関節を通り越し手足を縦方向に走る二種類の柔らかな解剖学的組織を伸ばすことです。そしてこれらはまさに、ハタヨガで十分な柔軟性を得るために伸ばすべき二つの組織なのです。
筋肉群
実験結果で示されているのは、ギプスで筋肉がストレッチされた位置で固定されていると、その筋繊維は、ルコメアという小さな収縮単位を追加することで長くなっていきます。同様に、収縮状態でギプスで固定されると、サルコメアがなくなって筋繊維は短くなります。
柔軟性を高めるためには、筋繊維の長さを伸ばすだけでは不十分です。その筋肉内部や周りの結合組織の調和した広がりもまた必要で、それには表面の筋膜(一束の筋繊維を覆う結合組織)や個々の繊維を包んでいるものも含まれます。そしてこれが、時間をかけたストレッチで起こっていることです。結合組織は徐々に筋繊維につられていき、筋肉全体が伸ばされ、柔軟性が高まります。ハタヨガのストレッチは、これを引き起こす安全で効果的な方法です。そしてもし何もかもを硬く締めたい時にするべきことは、ストレッチをやめることだけです。筋繊維は短くなり、結合組織は後に続きます。
神経
抹消神経はまた別の話です。神経はストレッチには敏感ですが、ストレッチを制限するための十分な強さをも持っています。神経がストレッチに順応できるのは、ただ周りの組織を通る曲がりくねった経路をとっているからです。そして、各神経繊維は神経そのものを包含する結合組織の中をあちこちと走っているからです。体のストレッチをしている間、周りの組織を通る神経経路全体がまずまっすぐになり、ストレッチが続くにつれて曲がりくねった神経内の個々の繊維もまたまっすぐになります(周りにある結合組織には、神経繊維を傷つけずさらなる約10-15%のストレッチに対応できるほどの弾性があります)。
そうした神経鞘に包まれない神経は全くもって傷つきやすく、ストレッチだけでなくトラウマや緊張した筋肉、骨、靱帯の間の圧迫にも弱いのです。その防御力は完全ではないにしても、神経繊維が安全である10-15%以上のストレッチという極端な場合にもこうした神経鞘は適応が可能です。初期の警告サインは痺れ、過敏、チクチクした痛みなどで、それを無視すると感覚や運動の欠陥が生じることがあります。怪我から守るのにもっともよいのは、気づきと忍耐、つまり神経ストレッチが問題となりうる理由への気づきと、小さな症状が現れてもゆっくりと取り組む忍耐です。
実践しよう
では、筋肉がストレッチにどのように反応するかを見るために、片足首を曲げた座位の前屈をしてみましょう。まず、床に座って片方の脚を前に伸ばし、もう一方の脚を会陰の方向に引きます。腿はお互いが約90度になるようにし、両脚の真ん中あたりに向いておきましょう。次に、型通りにこのポーズに入るため、背骨を45度捻って伸ばした脚の方に向き、両手を頭上にあげたり股関節から曲げようとせずに前屈します。伸ばした脚の腿や足の方へ柔軟性に合わせて両手を下ろします。このポーズを約30秒したあと、ゆっくりと股関節から腰へと起き上がります。最後に、頭と首を持ち上げます。反対の脚で繰り返しましょう。
この片足への前屈はいくつかの意味で有益です。一つ目は、片方の膝を曲げることで片方のハムストリングスだけをストレッチできます。二つ目は、両側の内転筋をある程度ストレッチしていますが、前屈した方は膝が伸びているのでより強いストレッチになります。これは片側の内転筋に働きかけることのできる最良のポーズのひとつです。最後に、骨盤が45度に傾いた前屈は背中のストレッチよりも股関節や腰への負担が小さく、ビギナーにとってより効果の高いポーズとなります。
このポーズに慣れてきたら、バリエーションを試しましょう。また最初の姿勢になって右膝を伸ばします。今度は右足の方に手を伸ばさないで左の肘で左膝を押します。(ほとんどの生徒はここで右臀部が床から浮きますが、それで構いません)次に手を伸ばして両腿の真ん中の床へと右手をスライドします。そして内転筋の伸長をいくらか解くために左側へ3分の2のところへ手を伸ばします。そして最後に、右側から3分の1の場所でストレッチを深めます。
最後に、このポーズを探求したのち、もとのポーズまでもどってまっすぐ右足の方へと手を伸ばしましょう。より深く前に行けるのに気づくでしょう。ハムストリングスの抵抗は先ほどと同じくらいですが、伸ばした膝からずらしたストレッチがそちら側の内転筋を伸ばしたのです。より深く手が届いた距離が、最初のポーズにおけるあなたの限界に内転筋がどれほど貢献していた大体の長さです。
これらのポーズを1分間ほどホールドすると、主に神経系に働きかけていることになり、筋肉が弛緩していきます。しかし全身の力を緩めて忍耐強くより長時間ホールドすると、やがてサクロメアが徐々に内転筋やハムストリングスに増えていき、そのあとから結合組織が続き、そして長くなった筋肉と結合組織がより深い前屈を可能にしていくのです。末梢神経に関してはチクチクした痛みがなければ問題がないと考えられますが、もしそんな症状があるなら長くなった筋肉に順応するまでもう少し時間がかかるかもしれません。
注意:柔軟性を高めるには、受動的なストレッチに加えて立位ポーズなど強化エクササイズを含んだバランスの取れたポーズを常に心がけて下さい。妥協点を見つけてください。1、2箇所の筋肉だけ(例えば内転筋とかハムストリングスとか)を伸ばそうとしたら、体のバランスは崩れ、変えてしまった新しい状況に馴染むことができずすぐに怪我をすることになる恐れがあります。体全体をみて取り組み、全体的により強くより柔軟になることが大切です。
最終的な分析
研究では、筋肉の長さが長時間のストレッチで伸びること、長引く収縮で短くなることを確実に示しています。また、筋肉、神経どちらも包んでいる結合組織は過度にストレッチされていまうこともはっきりとしています。しかし、この方程式にはもうひとつの要素があります。神経系は筋肉の弛緩と緊張のどちらに対しても中心的な役割を果たしており、それによってストレッチや制限を促進しています。では、結局動きを制限しているのは、神経系の能動的な役割と結合組織の受動的な役割どちらなのでしょうか?普段の動きの中では神経刺激が筋細胞を刺激し続けるため、確かなことは一方からしかわかりません。深い麻酔にかかっている時、つまり骨格筋細胞全て(呼吸に必要なもの以外)を神経系が刺激していない時の可動域を調べることです。
これについては研究が終わっています。手術室にいる人は誰でも、麻酔されている患者の筋肉はとても緩く関節が外れてしまわない様にする必要があることを知っています。そしてそれは、目覚めている時には極端に硬直している患者にも起こります。では、セラピストが関節周りの可動域を大きくするために麻酔を使って柔軟性高めることは可能でしょうか?答えは、神経系の防御がなければ、筋繊維や結合組織の繊維、そして神経などの組織は裂けてしまうということです。これは、結合組織が限界までストレッチすることがあるとしても、日常生活で実際的な制限をかけているのは神経系だということを証明しています。限界に達した時、神経系は痛みや震え、力が入らないことなどによってやりすぎだと警告をしてくれますが、もっとも重要なことは組織が裂かれてしまう前に警告が出されていることです。
脳と筋肉のつながり
脳の小さな部分である小脳は、筋肉の緊張や調整、バランスをコントロールしています。自己受容体からの神経繊維は大脳皮質(意識的な思考や感情に関連した脳の部分)に向かっています。ですから、脳には継続的に感覚の流れがあり、脳からは継続的に意識的、無意識的な運動インパルスが流れています。
柔軟であることの長期的な利益は、筋肉を締め付けている結合組織をストレッチする能力によりますが、その能力は防衛反応を緩めることができるかにかかっており、つまり精神的にリラックスする能力に関係があります。
あなたの心の状態と感情の強さの方が、筋肉の抵抗よりも克服することが難しいのだと気づいておくことが不可欠なのです。
(出典)https://yogainternational.com/article/view/stretching-what-does-it-really-mean/
(出典)https://yogainternational.com/article/view/stretching-what-does-it-really-mean/