2017年8月21日月曜日

柔軟性について科学が教えてくれること Vol.2
What Science Can Teach Us About Flexibility Vol.2

では、前回からの続きです。どのようにすれば前屈を深められるのでしょうか?

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相互抑制


結合組織のストレッチに加え、ヨガで行うことは、筋肉のリリースと伸長をさせるために神経メカニズムに働きかけることを目指しています。そうしたメカニズムの一つが「相互抑制」です。ある筋肉群が(主動筋)収縮すると、この自律神経に組み込まれた特徴が相反する筋肉(拮抗筋)を解放させます。ヨギたちは何千年にも渡ってこのメカニズムを使ってストレッチを促進してきたのです。

相互抑制を感じるためには、テーブルの前に座って、天板を優しく空手のチョップのように手の端で押してみましょう。上腕の後ろ側(三頭筋)を触ると固く力が入っているのを感じるでしょう。反対側の筋肉である二頭筋を触れば(上腕の前にある大きい筋肉)、弛緩しているのが感じられるはずです。

パスチモッターナサナでも同様のメカニズムが働きます。ハムストリングスが弛緩し、反対にある四頭筋が使われています。

テネシー州ナッシュビルの整形整体セラピストのデビッド・シアーは、患者の可動域の向上を安全に行うために相互抑制の理論を利用しています。ハムストリングスの柔軟性を上げるためにシアーの元を訪れるなら、彼は腿前面の四頭筋を鍛えハムストリングスの弛緩を促すでしょう。そして、ハムストリングスが最大に達すると、今度は荷重をかけてアイソメトリック、あるいはアイソトニックのエクササイズで強化するでしょう。

ナッシュビルにある「ヨガルーム」の、アイアンガーヨガのインストラクターであるベティ・ラーソンも、パスチモッターナサナで生徒らのハムストリングスをリリースさせるために相互抑制を理論を利用しています。

「生徒たちに四頭筋を収縮するように促すんです」と、ラーソンは言います。「脚の前面全体を持ち上げると、脚の背面は緩みます」ハムストリングスと背中を鍛えるために、彼女のクラスでは後屈も取り入れています。ストレッチする筋肉を鍛えることは、大変重要なことだと彼女は感じています。多くのティーチャーたちのように、最近やっと近代化学で理解されるようになった生理学的原理を適用する古いヨガの技術を利用しているのです。

シーアによれば、彼女は正しいと言います。最善の柔軟性というのは、可動域と強さの向上の両方が必要だと彼は主張します。「役に立つ柔軟性なのです。受動的な柔軟性だけを向上させてもそれをコントロールする強さがなければ、関節の深刻な怪我をしやすくなってしまうのです」

パスチモッターナサナに戻りましょう。今度は、骨盤を軸にして上体を前に伸ばしたところを想像しましょう。ハムストリングスは大抵は固いことでしょう。もっと曲げたいのに深く曲げられず、頑張れば頑張るほどハムストリングスは固くなってきます。インストラクターが、呼吸を続けて、ポーズを続けるために能動的に使われていない全ての筋肉をリラックスさせるよう促します。

自分の最善を尽くすのを諦めます。ポーズをとりながら判断をせずリラックスすると、ゆっくりとハムストリングスが弛緩し始めます。

無理に曲げようとしなくなった途端に、頭がゆっくりと脛に近づいていくのはなぜでしょう?科学(そして古代のヨギたち)によれば、柔軟性を制限しているのは身体ではないのです。それは心であり、少なくとも神経システムなのです。

Credit: Yoga Journal

伸展反射


神経系を柔軟性を深めるための大きな障害であるとみる生理学者によれば、限界を超える鍵となるのは神経に備わるもう一つの機能である伸展反射です。柔軟性を研究する科学者らは、少し深められる小さな進歩(そしてヨガの練習で驚くほど向上する柔軟性)は、この反射を再訓練することが大きな部分を占めると考えています。

伸展反射を理解するには、冬の散歩をイメージすると良いでしょう。突然、氷の上に乗ってしまい滑って足が離れて行ってしまうと想像しましょう。すぐに筋肉が目を覚まし、両脚をそろえてコントロールを取り戻そうとします。神経と筋肉に何が起こったのでしょうか?

各筋繊維には筋紡錘と呼ばれるセンサーのネットワークがあります。それらは筋繊維に垂直に走っており、繊維の伸びる長さや速さを感じます。筋繊維が伸びると、これらの筋紡錘へのストレスが増加するのです。
このストレスが速すぎたり長すぎたりすると、筋紡錘は神経的緊急「SOS」を発して、反射ループを活性化させて即座の防御的収縮を引き起こします。

これは、膝のすぐ下の靭帯を医者にゴムのハンマーで叩いた時、急に四頭筋が伸展するのと同じことが起こっているのです。この急な伸展が四頭筋の筋紡錘を刺激し、脊椎に信号を送ります。その後すぐ、神経ループが四頭筋の収縮で終わり、よく知られている「室外反射」を作り出すのです。

このように伸展反射は筋肉を守ります。そのため、専門家はストレッチの際に弾みをつけないように注意を喚起しているのです。ストレッチに弾みをつけると、筋紡錘が刺激されて反射的緊張を起こすため、怪我の確率が高まってしまうのです。

ゆっくりと安定したストレッチも伸展反射を引き起こすのですが、それは急なものではありません。パスチモッターナサナで前屈すると、ハムストリングスの筋紡錘が抵抗を生み、進展させようとしているまさにその筋肉の緊張を作り出してしまうのです。そのため安定したストレッチで柔軟性を高めるためには時間がかかるのです。筋紡錘のゆっくりとした調整を通して、神経ブレーキがかかる前により強い緊張に耐えれられるよう訓練することで、柔軟性が高められるのです。





(またまた次回に続きます)
(出展)https://www.yogajournal.com/practice/what-science-can-teach-us-about-flexibility

2017年8月8日火曜日

柔軟性について科学が教えてくれること Vol.1
What Science Can Teach Us About Flexibility Vol.1

今回はストレッチについての最新の科学研究についてです。
ヨガといえば、というくらいヨガではストレッチをたくさん行いますが、そのとき体に何が起こっているのか、何に効くのか、改めて科学の立場から見るのも面白いですね。
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近年、何世紀にも渡るヨギの知識を生物医学研究が調査、評価を始めた:

ストレッチは私たちをしなやかに、若々しく、そして健康にする


もしヨガをもう始めているとしたら、ストレッチの効果を感じるのに科学者や生理学者は必要ないでしょう。その代わり、アサナを深められる柔軟性の研究があるなら教えて欲しいと思うでしょう。例えば、前屈をしていて脚の後ろが硬いと感じたとき、科学は何が起きているのか説明できるでしょうか?その知識はアサナを深めるのに役立つのでしょうか?

その答えはどちらも「イエス」です。生理学の知識により、体内の働きを視覚化しストレッチをしやすくする明確なメカニズムに焦点を当てることができます。脚の硬さが、骨格のせいかのか、結合組織が硬いせいなのか、怪我をしないように作られた神経反射のせいなのかを知っていると、最善の方法で行えるようになります。そしてもし不快な感覚が、怪我をしそうなのか、それとも単に新しい領域に入っていこうとしているだけなのかがわかれば、やり続けるべきかやめるべきかの賢明な選択を行えるようになり、怪我も防具ことができるのです。

さらに、新しい科学研究は、ヨガの叡智さえも広げる可能性を思っているかもしれません。もしヨガに関連する複雑な生理学によりはっきりと理解できるのなら、身体を開くテクニックを洗練させることができるかもしれません。

Credit: Yoga Journal

なぜストレッチするのか?


もちろん、ヨガは私たちを柔軟に保つだけではありません。身体と心の緊張を解き、もっと深い瞑想へと誘います。ヨガでは、「柔軟性」とは心と身体を投じて変化させる姿勢なのです。

しかし西洋では、生理学的な「柔軟性」というのは単に、筋肉や関節を限界まで曲げる能力のことを指します。生まれながらに持っていても、ほとんどの人が失くしてしまう能力です。ネブラスカ州リンカーンのカイロプラクター、トーマス・グリーン博士によれば「私たちの生活は限定されていて座りっぱなしだ。だから、体がなまって筋肉は萎縮し関節も制限された範囲だけ動くようになってしまっている」

私たちが狩猟採取生活をしていた頃は、身体を柔軟で健康的に保つためのエクササイズを毎日していたのです。しかし現代では、座ってばかりの生活だけが筋肉や関節を制限している犯人というわけではありません。どんなに活動的な人でも、年齢とともに身体は水分を失い固くなっていきます。成人に達するまでに、組織の約15%の水分を失い、柔軟性を失って怪我をしやすくなります。筋肉繊維はお互いに癒着し始め、平行な筋繊維が独立して動くのを妨げる細胞の架橋結合が起こります。ゆっくりと柔軟な繊維がコラーゲンの結合組織とくっつき合い、どんどん動かなくなっていきます。この組織の通常の老化は、悲しいかな動物の皮をなめすのと同じプロセスです。ストレッチをしなければ、乾ききってなめされてしまうのです!ストレッチは、組織の潤滑液の生成を刺激することで、この乾燥のプロセスを遅らせるのです。互いに絡まった細胞の架橋結合を解き、健康的で平行な細胞構造で筋肉が再生するのを助けるのです。

ラクエル・ウェルチと小さくなった潜水艦のクルーが注射されて血管の中に入っていった陳腐な70年代のSF映画を覚えていますか?西洋の生理学がいかにアサナの練習に役立つかを本当に理解するのなら、深く潜って体内の冒険をし筋肉がどのように働くのかを調査しなければなりません。

筋肉と内臓ーひとつの働きのため統合された様々な特別の組織からなる生物学的な単位です。(生理学者は筋肉を三つに分類しています。内臓の平滑筋、心臓の特別な心筋、そして骨格の横紋筋です。が、この記事では骨のてこを動かす滑車である骨格筋だけを見ていきます)

筋肉の特別な働きとは、もちろん、収縮と弛緩で形を変える細胞の塊である筋繊維が作る動きです。筋肉群は協力し合って動き、交互に収縮とストレッチを正確で調整された流れで身体が可能な広範囲の動きを作り出します。

骨格の運動において、筋肉を働かせること(骨を動かすために収縮させる)ことを「主動筋」と呼びます。その反対(動かすために弛緩させて伸ばす)の筋肉を「拮抗筋」と言います。ほとんどすべての骨格の動きが、主動筋群と拮抗筋群の調和された動きに関係しています。動作解剖学における陰と陽です。

しかし主動筋を伸ばすストレッチは骨格の動きの半分に過ぎないにも関わらず、エクササイズの生理学者らの多くは、健康的な筋繊維の弾性を高めるのは柔軟性を高めるための重要な要素ではないと考えています。Science of Flexibility (Human Kinetics, 1998)の著者であるマイケル・アルターはによれば、現在の研究では各筋繊維は切れてしまうまでその静止長の150%まで伸びるそうです。この伸展性が、最も難しいアサナなども含めほとんどのストレッチで効果的に大きな範囲の以後きを可能にするのです。

筋繊維がストレッチの能力を制限していないのなら、何がしているのでしょう?実際にまにが柔軟性を制限していて何をすればいいのかについては、二つの科学的学説があります。まず一つ目は、筋繊維そのものでなく筋繊維をつなげ、包み、そして他の臓器と結んでいる細胞である結合組織の弾性を高めることに焦点を当てています。二つ目は、「伸展反射」と自律神経の機能に専念しています。ヨガはどちらにも働きかけます。なので、柔軟性を高めるにはとても良い方法なのです。


内側にある網


結合組織とは、身体の構造をまとめるのに特化した様々な細胞群を含みます。身体の中で最も多い組織で、その複雑な網が身体のパーツを繋ぎ、骨や筋肉、臓器など個々の構造に区分します。ヨガのアサナのほとんどは、こうした多くの組織にある細胞の質を向上し、動作を伝達し、筋肉に潤滑液と治癒物質を与えます。しかし、柔軟性の研究においては、三つの結合組織にのみ焦点を当てましょう。靭帯、腱、そして筋膜です。それでは、それぞれをさっと見ていきましょう。

腱は、骨と筋肉を繋いで力を伝えます。比較的硬いものです。そうでなければ、ピアノを弾いたり目の手術をするなど細かい作業を行うことは不可能になります。腱は大変強い張力を持つ一方、ストレッチにはとても弱いのです。ストレッチが4%を越えると切れてしまうか元に戻らなくなり、筋骨の結合が緩くなってしまいます。

靭帯は腱よりは少し安全にストレッチが可能ですが、そう大きくはありません。靭帯は骨と骨を関節の内側で繋いでいます。柔軟性を制限するという役割を担っており、概して靭帯をストレッチするのは避けなければなりません。靭帯が伸びると関節が不安定になり、それを補うために怪我をする可能性が高まります。これが、パスチモッターナサナ(座位の前屈)で膝を伸ばし過ぎずやや曲げて行う理由です。膝後方の靭帯(また腰の靭帯も)の緊張を解くためです。

筋膜は柔軟性に関わる三つめの結合組織ですが、これが最も重要です。筋膜は、Science of Flexibility によれば筋肉全体の重量の3割にもなり、筋肉の動きに対する総耐久力の約41%にもなります。筋膜は、各筋繊維を分けて働きのグループにまとめ、構造を作り力を伝えます。

関節の潤滑、治癒の促進、血流の改善、動きの改善などストレッチから得られる効果の多くは、筋膜の健康的な刺激に関係しています。柔軟性を制限するすべての構造要素の中で、唯一、安全にストレッチすることができるものです。Anatomy of Hatha Yoga の著者である解剖学者のデビッド・クールターは、アサナの記述の中で「内側にある網(編み物)の注意深い手入れ」だと述べています。

さて、この生理学のレッスンを、基本的ですがとてもパワフルなポーズに取り入れていきましょう。パスチモッターナサナです。

このポーズの名前は、3つの言葉からなっています。サンスクリット語の「Paschima」は「西」、「uttana」は「強いストレッチ」、そして「asana」は「ポーズ」です。ヨガは伝統的に太陽のある東を向いて行われてきたので、「西」は身体の後ろ側を指します。

この座位の前屈は、アキレス腱から脚の後ろ、骨盤、そして脊柱に続いて頭の付け根までの一続きの筋肉を伸ばします。ヨガの伝承では、このアサナは脊柱を若返らせ、内臓を活性化し、心臓や腎臓、腹部をマッサージします。

ヨガクラスで仰向けに寝て、パスチモッターナサナに入るため起き上がる準備をしていると想像してみてください。腕は比較的リラックしており、手のひらは膝の上。頭は快適に床に置かれて、頚椎は柔らかいけれど意識している。インストラクターがゆっくり上体を起こし、尾骨から頭頂まで伸ばすように指示する。負担をかけないよう注意して腰を伸ばし過ぎずに起き上がる。見えない糸が胸にあってそれが外へ上へと持ち上げながら(アナハタチャクラを開く)座位になるまでゆっくり腰骨を回していく。

先生が使うイメージは詩的なだけではなく、解剖学的にも正しいのです。前屈で最初に働く筋肉は、胴体の前に走る腹直筋です。心臓の真下、肋骨から始まり恥骨に繋がっているこれらの筋肉は、文字通りハートチャクラから前に引っ張る解剖学的な糸なのです。

胴体を引くため使われる2番めの筋肉は、骨盤から脚の前に走る腸腰筋です。胴体と脚を繋ぎ、腿の前にある四頭筋、脛骨の横にある筋肉まで繋がります。

パスチモッターナサナでは、身体の前面、心臓からつま先の走る筋肉が主動筋となります。前に行くために収縮する筋肉です。胴体や脚の背面にある筋肉は、反対(あるいは補完的な)の働きをし、前に行く前に伸びて解放されなければなりません。

さあ、前にストレッチしてポーズに完全に収まりました。最大のストレッチから少し戻って深く安定した呼吸をします。心は、身体からの微細な(もしかすると微細ではないかも)メッセージに集中します。ハムストリングスの心地よいストレッチを感じます。骨盤は前傾し、脊柱は伸び、各椎骨の間の空間が優しく広がったのを感じます。

それ以上あなたを無理させないよう、そして自分のペースでポーズを深めていけるように、インストラクターは今は黙っています。だんだんポーズが馴染んできて快適になってきます。おそらく、数分間パスチモッターナサナを行ううちに永遠に穏やかな彫像のような気分になるかもしれません。

このような練習では、ポーズを長くとって結合組織の可塑性に働きかけます。こうした長いストレッチは、筋肉を包んでいる筋膜の質を健康的で安定したものへと変化させます。理学療法士でアイアンガーヨガのインストラクターであるジュリー・グドメスタッドは、オレゴン州ポートランドの彼女のクリニックでこうした長いアサナを患者に使います。「短い時間なら気持ちの良い開放感を感じるわ。でも必ずしも柔軟性を永久的に向上させる構造的な変化が得られるわけではないの」

グドメスタッドによれば、結合組織の「基質」を永久的に変化させるには、90〜120秒のストレッチが必要だと言います。基質とは、コラーゲンやエラスチンなどのある繊維質の結合組織がある非繊維質でジェルのような物質です。基質は、結合組織を安定させて潤滑させます。また、この物質の制限が、特に年齢を重ねると柔軟性を制限すると考えられています。

彼女は、正しいポーズのアライメントと補助具を使い、患者が長期間の変化が作れるような長いアサナをリラックスして行えるようにしています。「痛みがないようにしています。そうすれば呼吸ができて長くストレッチができるからです」

Credit: Yoga Journal



次回に続きます。

(出展)https://www.yogajournal.com/practice/what-science-can-teach-us-about-flexibility

2017年8月3日木曜日

ホットで厄介:ホットヨガの嘘と歴史と科学 
Hot and Bothered: The Hype, History, and Science of Hot Yoga

ホットヨガのスタジオが、何年か前から駅前に多く見られるようになってきています。ヨガといえばホットヨガを連想する方も増えてきたようです。そんな中、ホットヨガに関する個人的な体験と感覚、そしてセラピーとしてのヨガを伝えている人間の一人としての思いがなかなか周りに伝わらないことがあり、もどかしく感じることがあります。
今回の記事は、歴史から科学的なアプローチを含めてホットヨガを洞察したものです。
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暖房したスタジオで行うヨガが初めて行われたのは、1970年代の日本に遡る。ビクラム・チョードリーが日本で教えていた頃、彼の生徒たちがお昼の休憩にサウナに入っているのに興味を持った。そして、彼のヨガ・ルームで温めたクラスを試し始めた。

当初ビクラムは、彼の故郷であるインドのカルカッタの温度に似せて、約28℃に温度を設定していた。クラスの生徒たちは、温度を上げると汗をかいてもっと頑張り、汗をたくさんかくと良い運動をしたと考えることに彼は気づいた。そしてもう少し温度を上げた。そしてもっと。今日のビクラムヨガは40℃に上げた部屋で行われている。
1980年代のホットヨガ・ブームはハリウッドで始まり、その頃ビクラムは裕福な有名人たちのためのヨギだった。性的虐待を申し立てられるまで、ビクラムと彼の類を見ないヨガブランドは大人気だった。今や、ホットヨガの実践者たちは、その輝きをあっという間に失くしてしまった大胆なグルと距離をおきながら、大好きなその練習を続けられる方法を探している。

ビクラム以前にヨガクラスを暖房した部屋で行ったという記録はないが、変化のある癒しの環境を作るために熱を利用した例は数多く存在する。実際、アーユルヴェーダでは、一般の健康維持や風邪の治療のため、スチーム・バスで発汗させる。
マヤのテマスカルからトルコ風呂やフィンランドのサウナまで、健康や変化のために汗をかくことは、世界のほとんどの文化に共通していることだ。世界中の発汗の習慣と比較してホットヨガが興味深いのは、伝統的な知識が伴わないということ。ナルシスト的な傾向のある競泳水着を着た億万長者以外には、ホットヨガを始めた権威はいない。


ホットヨガの始まりとは?


裸でドレッドヘアのヒンズーの賢者(霊的探求を求めて全ての世俗的関係を放棄した人)が、火のついた牛の糞の山の真ん中に座っている。インドの日中の太陽はとても強く、「狂った犬か英国人」以外は日陰へと逃げ込むほどだ。しかし、このヨギは火に囲まれ太陽の熱の下に座っている。熱と煙は、パンチャグニ・タパスと呼ばれる苦行のひとつである。火へ供物をし、マントラを繰り返し、瞑想の修行を行う儀式である。

現代のホットヨガの原型を探るとすれば、このパンチャグニ・タパスがそうだと思われる。熱は決意を試すものであり、意志の力を増大すると言われている。ホットヨガの始まりは、苦しみを故意の不快を通して超越することを目指した苦行だったのだ。

パンチャグニ・タパスは、アサグニ・ホトラ(火の捧げ物)と知られるインドではありふれた極端な例のひとつだ。火の捧げ物は普通、マントラを唱え火の番を儀式的に行うヴェーダの司祭らとともに日の出と日の入りに行われる。
パンチャグニ・タパスのような激しい苦行は、今日のインドでは一般的には批判されている。アート・オブ・リビングの創設者、シュリ・シュリ・ラヴィ・シャンカールの言葉を借りれば「体をこのように痛めつけるのは間違っており、行うべきではない」

一般的でもなく広く行われてもいないにも関わらず、苦行はヨガの歴史の中では大変よく見られる。ヨギといえば、釘のベッドに寝たり、長時間立ち続けたり、生き埋めにされたり、性器を木の棒に巻き付けたりさえすることで長く知られてきた。とても風変わりに聞こえるかもしれないが、これらの苦行は全て一つの目的のためにある。意志力を強め、快適で楽な人生に向かいがちな傾向に打ち勝つためだ。
初心者はこうした苦行は行わない。苦行は、とても儀式的で管理された環境で行われる。ガンジス川の岸辺にいるドレッドヘアの賢者のところへ行って、ちょっと性器の巻き方を教わる、ということなどできないのだ。修行者の文化に長い間たっぷり浸かって初めて、誰かが高度な苦行を教えても良いと考えてくれるようになるのだ。

一方、ホットヨガは、潤った人なら誰でも1時間15ドルで行うことができる。この伝統を持たないということが、派閥的実践者ら(一定の派や系統の中で実践する人たち)からはヨガの雑種だと見られることがある。しかし、伝統の境界を取り除くことで、ヨガはより民主的で、より接しやすい、またより革新を受け入れるものへと変化してきた。しかしホットヨガの恩恵には代償が必要だった。


伝統的な知恵のない儀式


2009年、アリゾナ州セドナで行われた「スピリチュアル・ウォリアー(戦士)」リトリートに参加した2人が死亡した。彼らは二日間の断食を行なった後、ニューエージのグルでありモチベーション・スピーカーのジェームス・アーサー・レイが経営する発汗ロッジに入った。他の18人は入院した。深刻な脱水状態に陥った参加者らは、発汗ロッジの中でより善く強い人間になるために限界を超えろと指示されていた。

レイは、過失致死に問われ二年間を刑務所で過ごした。出所後、彼は自己啓発の協会に戻り、現在はセミナーを行ったり講演をしたりしている。

この話は、スピリチュアルな発見の海にいる船乗りたちにこう注意喚起している。文化的な裏付けや指針のない激しい修養は健康を害する危険を伴う。(発汗ロッジと同じ)ホットヨガの明らかな危険性は、熱性疲労である。エクササイズによる内部で作られた熱と外部で作られた部屋の熱の組み合わせが、めまいや吐き気を引き起こし、幻覚、失神にいたることもある。


暑い部屋で指導するヨガ・ティーチャーは、熱性疲労に関する症状を意識するべきだが、より重要なのは生徒がいつでも快適な、必要な時は暑さを取り除ける環境を作ることだ。高体温の症状があるのにも関わらず、競争心や順応したいというプレッシャーから生徒が部屋から出ないことがよくある。これは、何よりもスタジオの総体的な「雰囲気」のせいなのだが、これこそが親しみのあるくつろいだ場所でヨガを行う理由でもある。


ホットヨガの嘘を暴く


インターネットで最新の科学研究を閲覧できる人間なら誰でも戸惑うのだが、ホットヨガの支持者は体を「デトックス」する効果があるといつまでも主張し続けている。ビクラムヨガ(世界一のホットヨガのフランチャイズ)のオフィシャルサイトでは、「汗をかくと不純物が皮膚を通して身体の外に排出されます」と掲げている。モクシャヨガ(カナダのホットヨガのフランチャイズ)のオフィシャルサイトは汗をかくことが「体を無毒化する」と主張している。

水、塩、マグネシウムを毒だと考えなければ、汗が体から不純物を排出するという根拠は全くない。体は浄化に関しては素晴らしいシステムを持っている。腎臓、肝臓、そして(少しだが)腸である。発汗は浄化システムではない。冷却システムだ。

ホットヨガに効果が全くないと言っているわけではない。高い温度に晒されると血流がよくなり筋肉が弛緩することがわかっている。ホットヨガは、温かいお風呂が素晴らしいのと同じ理由で素晴らしいのだ。どちらも気持ちがよくなる。

ホットヨガに関することで、現在研究中であるまだ未知の領域もある。ダーマシジンと呼ばれる自然の抗生物質が汗に含まれているとわかっている。ダーマシジンは現在、結核やMRSA(メチシリン耐性ブドウ球菌)のような強い超細菌に対する治療法として研究中だ。

ダーマシジンが最もよく働くのは、汗がすぐに蒸発せず皮膚の表面にとどまっているときだ。これは、昔のハタヨガでは、練習中は汗を拭かずに肌に擦り付けておいた方が良いと言われてきたことを裏付ける。

また、高温にさらされると、体内のリンパ液の流れが良くなることもわかっている。これが、リンパ節を手術で取った者にホットヨガを勧められない理由である。濾過するリンパ節がないと、リンパ液流の上昇が四肢の不快な腫れ(リンパ浮腫)に繋がる。しかし、通常ではリンパ液流の上昇は免疫系を助け、体の修復や治癒を高める。

おそらく、ホットヨガ科学の中で最も興味深いのが、温熱コンディショニング(熱の中でエクササイズする)と呼ばれるものだろう。温熱コンディショニングの研究は、生物医学研究者であるローンダ・パトリック博士によって進められていて、暑い部屋を使って暑さに慣れることは、耐性と筋肉の両方を増強すると証明されている。そしてその結果は、温熱コンディショニングが成長ホルモンと熱ショック蛋白の生成を高めることを示唆している。筋肉の成長と修復を強化するのだ。また、パトリック博士は、この熱への順応が「ランナーズハイ」と知られるものを作り出すと主張する。よいホットヨガのクラスでは、愛好者たちは特別なヨガの幸福感を感じるだろう。


ホットヨガの未来


ホットヨガには、系統も伝統的な管理者もいないため、その実践者らが未来を決めることになる。ホットヨガが、その深い瞑想的苦行へと戻る可能性もある。また、ビクラム・チョードリーの立ち上げた方向へ進み続けるかもしれない。聖なる場所というよりはジムのような場所で、自らの内面へ向かわずワークアウトのような実践をし続けるかもしれない。

最終的には、ホットヨガの未来はヨガ全体の未来に関係してくる。この100年間にヨガはより一般的になった。公の目から遠く隠された秘密の伝統だったものが世界中で広く知られ行われるようになった。この、一つの権威から分断することは危険性を孕んでいる(セドナの死亡事件など)。しかし、たった一つの権威というのも危険である(無節操なグルたちの手による虐待など)。

ヨギたちのごとく、我々も自らのカルマを作っている。もっと極端で苦しく、過激な形のヨガを探しているとしたら、きっとそれを見つけることだろう。そしてそれは危険を伴うものだ。賢明で持続可能であり、健康な何かを探すなら、ホットヨガの未来はきっと安泰なはずだ。