横隔膜呼吸
赤ちゃんや幼い子供は、肺の空気を出し入れするための胸腔と腹腔を隔てたドーム型の横隔膜を使って、深くたっぷり呼吸しています。お腹はリラックスしていて呼吸とともに動きます。これが自然で健康的な呼吸の方法です。しかし、成長するにしたがい、お腹を引き締めるように教えられ(お腹を引いてまっすぐ立ちなさい!)、そしてストレスを感じると腹部を無意識に緊張させる癖がつき、自然な呼吸の流れを邪魔するようになります。腹部を引き込むと呼吸は肺の上部でのみ行われます(乳首より上)。そのため、体はその呼吸パターンをストレス反応と理解し、ますます闘争逃走反応が強まります。
その一方で横隔膜呼吸は、副交感神経の主要な調整者である迷走神経を刺激して、休息消化反応を活性化させます。迷走神経は脳から胸部腹部のほぼ全ての内臓を通り、鎮静効果の連続を誘引します。ほとんどの場合、私たちは何か心地よいものやたまたま起こる効果によって活性化されることを待っている状態なのですが、この神経(つまり副交感神経全体)は横隔膜呼吸によってスイッチが入ることを気づかずにいます。
自立神経によって調整されている全ての作用(心拍数、血圧、消化液分泌、蠕動、体温など)のうち、意識的にコントロールできるのは呼吸だけです。呼吸で、横隔膜(迷走神経の他の部分や脳にメッセージを送る)に刺激を与える迷走神経の一部を刺激し、休息消化反応の全体を活性化することができます。ですから、慢性的なストレス反応を逆転させる第一歩は、生まれつきしていたはずの呼吸の方法をもう一度覚えることなのです。
もし横隔膜呼吸の訓練をしたことがないのなら、経験豊富な先生を見つけてそれがまた習慣になるまで毎日練習しましょう。そして、毎日の活動を通して横隔膜から呼吸するスキルができれば、自身の呼吸が神経システムのバロメーターだということを体験するでしょう。横隔膜から深く呼吸している限り、もし不快な状況に立ち向かったとしても、落ち着いてバランスの取れた感覚になれると気づくはずです。そしてまた、呼吸を胸で浅く行うと不安が忍び寄って筋肉が緊張し、心も焦って廻りはじめることに気づくでしょう。この動揺した呼吸が長く続くと、毎日が落ち着きのない防御的なものになるでしょう。一旦これを体験から学ぶことができれば、違う選択ができるはずです。
体系的なリラクゼーション
副交感神経を活性化するためには、横隔膜呼吸からはじめると良いでしょう。しかし、特に何年間も無意識に虎のオリを開けっぱなしにしている時には、さらに必要でしょう。毎日、リラクゼーションの時間をとることが必然です。私がこう言うと、患者たちは皆「テレビをみながら」「本を読みながら」「編み物をしながら」「みんなと過ごしながら」リラックスしていると言います。問題は、こうした活動は常にそこにある不安から気を逸らす(そのためいくららの解決にはなります)ことができる一方で、筋肉の収縮や緊張として持っているストレスを解消することはほとんどできないと言うことです。
体に緊張感を持ち続ける癖を直すには、ヨギが「プラナマヤ・コーシャ(エネルギー鞘)」と呼ぶものに働きかける必要があります。頭から爪先へと順番に緊張を解く体系的なリラクゼーションの練習です。他のヨガの練習と同じようにこのテクニックもたくさんありますが、最も良い方法は経験豊かな指導者から学び、磨きあげていくことです。その種類は、簡単な緊張・弛緩の練習や点から点への呼吸の練習から、エネルギー鞘の様々な点をはっきりと区別することが必要となるテクニックにまで及びます。しかし全ては、順序だって身体中に注意を移動させていくもので、大抵の場合はシャバサナで休みながら行います。そして日常の出来事から注意をそらしていくことも必要となります。練習の間は、記憶や予定や不安、空想などをやめ、今ここで行っていることに集中し、気付きを静かにやさしく体の一点から他の一点へと移動させていきます。
横隔膜で呼吸し、体系的に体のある部分から他の部分へと全ての注意を向ける事は、注意の向いている場所の緊張や疲労を解消するだけでなく、それらの点の間のエネルギーの流れを増大させます。これが、癒しと浄化を促進します。さらに、体系的なリラクゼーションの練習に全ての集中を集めるには、心を明快にし今という瞬間に完全に注意を払う必要があるため、瞑想への扉を開く技術を磨くこともできます。
瞑想
ストレスが私たちの生命(あるいは少なくとも私たちの幸福感)が危険だと認識することで始まるため、この認識を変えるよう心に働きかけることがストレス反応を鎮める最もパワフルなテクニックなのです。闘争逃走反応を活性化するもののほとんどは、生きるか死ぬかと言うものではありません。ある課題を達成するプレッシャーを感じたり、明日のミーティングで何が起こるのか心配したりしますが、その結果私たちの生命がどうなるわけでもありません。レアケースを除いて、ストレスを作り出す思考パターンは大抵の場合日常の出来事への過剰反応です。体中にアドレナリンを流すような反応ではなく、ストレスを少なくするだけでなく実際に起こっていることを正しく認識するよう(「渋滞に巻き込まれただけで、死にかけているわけではない」「この人を喜ばせたいけれど、もしできなくてもクビになることはない」)組み直すことができます。これが闘争逃走反応を徐々に鎮めていき、瞑想で得られる体験とともに得られるスキルです。
瞑想は、心の癖を中庸な視点から観察する機会をもたらすことでその癖を理解するのに役立ちます。ですから、私はストレス管理の方法として瞑想を処方するのです。私は瞑想を霊的な変移の手段として軽視したくはありません。が、その初期の段階においては、瞑想の最も素晴らしい高価のひとつは心のおしゃべりの狂乱や揶揄に引き込まれていくのを回避することができることです。瞑想はそうした揶揄の最中へ激突しないで、公平な目で観察することを可能にしてくれます。それはまるで、暖かく乾いた部屋から豪雨を見ているようなものです。思考とともに動くより心を見つめることで感じる平穏は、私たちの中心にある平穏なのです。
瞑想を始めたばかりの間は、瞑想の対象から心があちこち動いて他の思考に止まったりするでしょう。これは何度も何度も起こります。あなたがするべきことは、優しくそして何度も注意を瞑想の対象へと戻し、善悪の判断なしに辛抱強く行うことです。時に、この邪魔をする思考が心のスクリーンにうつされた映画のように見えるかもしれません。変だったり激しかったりするかもしれません。しかし、あなたは休息消化モードにあって、面白いことにその心の映像は闘争逃走反応を起こさないのです。ただそれらを観察できるということは、それがあなたでないという証拠です。そしてあなたの内にいる観察者と心の混沌を区別できるということは、あなたは体いっぱいのストレス・ホルモンで反応しているのではなく、冷静に反応しているということを意味します。
瞑想を練習すればするほど、どれが現実でどれがそうでないかを区別できるようになります。つまり、どれが生命を危険にさらすものでどれが過剰反応なのか。そして、交感神経を活性化させるほとんどのことはただの習慣的な過剰反応であるとわかってくれば、違った選択ができるようになります。不快な出来事に反応するのではなく、意識的に横隔膜から呼吸し、そして瞑想で心のおしゃべりを観察するのと同じ方法で観察することで、神経に触る影響を緩やかにすることができるのです。
最初は難しいかもしれません。パートナーや同僚があなたに怒鳴ったら、おそらくあなたも怒鳴り返そうとして胸で呼吸しているのに気づくかもしれません。そうしたら、横隔膜から呼吸し中庸の視点から見るのだと思い出しましょう。でも時間とともにそのスキルが身についていくでしょう。特に習慣的に瞑想の練習をしたり、横隔膜で呼吸したり、毎日リラクゼーションの練習をしていれば。そして、休息消化反応を意識的に続けて活性化させることを選択すれば、闘争逃走反応が起こるのは、運転している車が氷の上でスリップしたり、猫がキャンドルを倒してカーテンに火がついたときくらいになっているのに気づくはずです。健康になって、毎日も楽しくなるでしょう。正しい扉を選ぶことを学んだのです。
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