2026年5月19日火曜日

プラナを理解する Vol.1 
Understanding Prana

ヨガやアーユルヴェーダでよく出てくる「プラナ」
生命力だったり呼吸だったり「気」だったり。
今回はそんなプラナについてです。

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この3つの世界に存在するもの全てはプラナのコントロール下にある。母親が子どもを守るが如く、おおプラナよ、我らを守り、輝きと知恵を与えたまえ

ープラシュナ・ウパニシャッド 2.13

私たちが生まれ持つ5つの主な能力である精神、呼吸(プラナ)、話す力、聞く力、見る力は、どれが最も重要なのかについて議論していた。その争いを解決するため、欠けた時に最も困ることになるのはどれかを見ようと、彼らはそれぞれ体を離れることにした。まず話す力が離れたものの、無言にはなってしまったが体は元気なままだった。次に目が去ったが、盲目ながらも体は元気だった。そして耳が離れたが、聞こえないものの体は成長し続けた。ついに精神が去り、今度は無意識になったが体は生き続けた。しかしプラナが離れ始めると、体は死に向かい始めた。他の力はすぐに生命力を失っていったのでプラナのもとへ急ぎ、プラナの優位性を認めてとどまる様に懇願した。



これは古いヴェーダの物語で、少しずつ違うバージョンがさまざまなウパニシャッドの中で見られます。最初の議論が意味するのは、私たちの能力が統合されず意識をコントロールしようとそれぞれが競い合うというよくある人間の状態です。プラナが離れる時、全ての能力にエネルギーを与えているのがプラナであり、プラナがなければ何も機能できないということが明確になります。この物語の教訓は、これらの能力をコントロールするにはプラナをコントロールしなければならないということです。


心身に良い変容をもたらすためには、エネルギーの働きを理解しなければなりません。この力をサンスクリット語で「第一のエネルギー」の意味でプラナと呼び、「呼吸」や「生命力」とも訳されることがありますが、実際にはそれ以上の意味を持ちます。プラナそのものが表すさまざまな形について、西洋のヨガ文献ではあまり語られないため、その広大で深淵なプラナの科学が理解されることは稀です。


プラナには、体の呼吸から意識そのもののエネルギーに至るまで多くのレベルの意味があります。プラナは単なる基本的な生命力ではなく、原始の創造力です。私たちの存在のすべてのレベルで働く全てのエネルギーを支配しています。この全世界はまさにプラナの現れです。意識を変容させるうちなるエネルギーである大蛇の力、クンダリニ・シャクティでさえ、プラナが覚醒することで起こります。


宇宙のレベルでは、プラナには2つの局面があります。ひとつは出現していない純粋意識のエネルギーであり、全ての創造物を超越しています。ふたつめは出現したプラナで、意識そのもののエネルギーであり、デヴァトマ・シャクティやチティ・シャクティと呼ばれます。出現していない純粋意識のプラナから、全宇宙が存在物へと成り、創造のプラナの出現となります。


自然そのものは3つのグナ(質)から成ります。サットヴァ(調和)は精神を生じさせ、ラジャス(動)はプラナを生じ、タマス(不活発)は身体を生じさせます。自然は動的、ラジャス的なエネルギーです。高次の自己、純粋意識の引力に応えて、このエネルギーはサットヴァ的となります。無知の不活発さによって、この同じエネルギーはタマス的になります。


身体の存在と比較すると、生命力であるプラナは呼吸する酸素から主に起こる「風」要素の変容したものです。微細なレベルでは、空要素は触覚に対応し、触覚を通じて私たちは生きていると感じ、生命力を他の人に伝えることができます。



コーシャ

人間の存在は5つのコーシャ(鞘)から成る

  • アンナマヤ・コーシャ(食物でできた鞘)。これは物質であり、私たちが摂取する5つの要素(地、水、風、火、空)で作られています。

  • プラナマヤ・コーシャ(呼吸でできた鞘)。これは生命力である、ヴァーユという5つのプラナから作られています。

  • マノマヤ・コーシャ(印象の鞘)。これは外側にある低次の精神で五感の印象で満たされています。

  • ヴィジュナーナマヤ・コーシャ(概念の鞘)。これは知性そのもので、方向性を持った精神活動です。

  • アーナンダマヤ・コーシャ(体験の鞘)。これはより深い精神で、記憶、潜在意識、超意識の精神を含みます。



プラナマヤ・コーシャは生命エネルギーの領域です。この鞘は、物理的な体と、3つの精神的な鞘(外側の精神、知性、内側の精神)を媒介しています。また、5つの粗い要素と5つの感覚印象の媒介をも行なっています。
  

プラナマヤ・コーシャは、5つの運動器官(外分泌、泌尿生殖、足、手、発声器官)を繋げており、生存、生殖、運動、自己表現の欲求を含みます。行動への熱意や動機をもたらします。


ほとんどの人は、物理的な身体とそれに深く存在する欲求に支配されており、それは生き続けるためには不可欠なことです。身体は無意識のエゴが存在する場所であり、様々な恐怖や欲望、執着がとどまるところです。私たちの多くが、このコーシャを通して、感覚的な楽しみや形ある物質を得ることといった形で喜びを得ようとして人生を過ごします。
 

強い身体を持つ人には個性を世界に認めさせる能力があって、傑出した人生を歩む人が多いです。身体が弱い人は、多くを成し遂げるエネルギーが少なく、多くの場合は従属的な地位に留まります。一般的には、体力があり自我の強い性質を持った人が世界を動かします。しかし、この性質は精神的な道のりでは最大の障害のひとつとなります。というのも、彼らにとっては、自身の欲望に基づいた衝動に疑問を持つために必要なより大きな力に身を委ねることが困難だからです。


そのため、精神的な人生はプラナを押さえ込まなければならないと考える人もいますが、プラナマヤ・コーシャが強いということは、利己的あるいは欲望志向の活力とは全く異なります。それは個人の力から得られる強さではなく、聖なるエネルギーへの降伏から得られるものです。霊化された強いプラナマヤ・コーシャがなければ、持続的な集中した実践を行うエネルギーを持つことはできません。


ヒンズーの神話では、このより高次のプラナは風の子である猿の神様ハヌマンに象徴され、古代神話ラーマーヤナの中で語られています。ハヌマンは神の生まれ変わりであるラーマとその妻シータに仕えており、それによって望む通りの大きさになり、あらゆる敵や障害を乗り越え、奇跡を成し遂げる能力を得るのです。そうした精神的な方向へ向かう性質によりエネルギーや好奇心、熱意を持つことができ、五感や身体的な衝動(低次から高次まで全ての意思や野望)をコントロールする能力をも得るのです。



ヨガにおける5つのプラナ


プラナマヤ・コーシャは、ヴァーユまたは「風の力」とも呼ばれる5つのプラナから成っています。これら5つのプラナは、動きと方向によって分類されます。これは、アーユルヴェーダ医学でもヨガの実践においても重要なテーマです。


プラナ・ヴァーユ

プラナ・ヴァーユは文字通り「前進する風」という意味で、内向きに動き、食べることから、飲むこと、息を吸うこと、感覚を得ること、精神的な体験に至るまでの体の中に受け入れるあらゆる種類のものを調整しています。もともと推進力があり、物事を動かして導き、日々の中で私たちを動かす基本的なエネルギーを与えてくれます。
 

アパナ・ヴァーユ

「立ちさる風」であるアパナ・ヴァーユは、下方そして外側へ動き、あらゆる形の排泄や生殖(下方への動きもある)を司っています。便や尿の排泄、射精、月経液や胎児の放出、そして呼吸を通した二酸化炭素の排出を制御しています。より深いレベルでは、負の感覚、感情、精神的な体験などのを排除を支配します。私たちの免疫機能の基礎となります。


ウダナ・ヴァーユ

「上へ動く風」のウダナ・ヴァーユは、上方へ動き生命エネルギーの質的、変容的動きをもたらします。体の成長を司り、立つ能力や話す能力、努力や熱意、意思を調整します。主なプラスのエネルギーで、さまざまな鞘での成長や意識の発達を助けます。


サマナ・ヴァーユ

「バランスをとる風」であるサマナ・ヴァーユは、攪拌や識別を通して周囲から中心へと動きます。すべてのレベルでの消化を助け、消化管では食べ物を消化し、肺では空気を消化あるいは酸素を吸収し、精神では感覚、感情、精神の体験を消化します。


ヴィヤナ・ヴァーユ

「外に向かう風」のヴィヤナ・ヴァーユは中心から周囲へと動き、すべてのレベルでの循環を制御します。食物、水、酸素を身体中に運び、精神の中で感情や思考を循環させ続け、勢いを授け強さを与えます。







5つのプラナはまた、体の場所という観点でも見られます。プラナ・ヴァーユは、頭から、身体のプラナの中心であるおへそへのエネルギーの動きを制御します。アパナ・ヴァーユは、おへそから背骨の先端である根のチャクラまでのエネルギーの動きを制御します。サマナ・ヴァーユが司るのは、おへそから全身へのエネルギーの動きです。ウダナ・ヴァーユは、おへそから頭へのエネルギーの動きをコントロールします。


簡単に言えば、プラナ・ヴァーユは物質の取り込み、サマナはその消化、そしてヴィヤナは栄養の循環を司っています。ウダナはプラスのエネルギーの解放、そしてアパナは老廃物の排泄を調整します。これは効率的な機械の働きにとても似ています。プラナは燃料をもたらし、サマナがその燃料をエネルギーに換え、ヴィヤナがそのエネルギーを様々な現場に循環させます。アパナは変換プロセスでできた廃棄物を処理します。ウダナはこうして造られたエネルギーを管理し、機械が効率的に機能させます。


健康の秘訣は、プラナを調和し続けることです。ひとつのプラナのバランスが崩れると、すべて繋がっているため、他も均衡を崩しやすくなります。大抵の場合、プラナとウダナはアパナのバランスを取っていますが、それはエネルギーを作る力が排泄のバランスをとるためです。同様にヴィヤナとサマナは、拡張や収縮という側面でお互いに調整し合っています。




プラナはどのように物理的な体を作り上げているのか


プラナがなければ、体はただの泥人形に過ぎません。プラナが、様々な微細の神経経路(ナディ)を造って、それ通して操作してエネルギーを与えて粗い物質を様々な組織や臓器の形に変え、このゼラチン質の塊りから手足や様々な内臓などを形作っています。


プラナ・ヴァーユは、頭部や脳から心臓までの開口部や経路を作っています。頭には、2つの目、2つの耳、2つの鼻の穴、そして口と7つの開口部があります。ウダナ・ヴァーユは、上半身の開口部、特に口と発声器官を作るプラナを補助します。口は、頭だけでなく全身のための開口部だからです。実際、ある意味では、身体は食べたり自己表現の主な臓器である口の延長なのです。


アパナ・ヴァーユは、尿生殖器と排泄など下半身の開口部を造ります。サマナ・ヴァーユは身体の中央部にある開口部、おへそを中心とした消化器をつくります。肝臓、膵臓などの臓器と腸との経路を開けています。ヴィヤナ・ヴァーユは身体の周囲を走る腕や脚などの経路を作ります。静脈や動脈、そして筋肉、腱、関節、骨などを形作ります。


おへそは、主に消化器官からなっている物理的な身体、つまりアンナマナヤ・コーシャの主なプラナの中心です。粗いプラナが食物として、小腸を中心とした消化プロセスに取り入れられ、主に筋肉などより重い組織に保持されます。しかし、プラナにはより微細なレベルでの機能に基づいた中心もあります。心臓はプラナマヤ・コーシャのエネルギーの主な中心です。呼吸で取り込まれたプラナは、心臓の機能で血液にのって運ばれていきます。頭は精神的な鞘であるマノヤマ・コーシャの中心で、主に目や耳からの感覚受容によってエネルギーがもたらされます。


呼吸は、体内のプラナ活動の主な形です。プラナ・ヴァーユが吸気を調整しサマナが酸素の吸収を司りますが、それは主に呼吸を止めている間に起こります。ヴィヤナはその循環を調整します。アパナは、
特に二酸化炭素の排出を管理しします。ウダナは会話や歌など呼吸を通したプラスのエネルギーを解放することで呼気を調整します。






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