固有受容体神経筋促進法... って?
西洋における近年の柔軟トレーニングは、素早く劇的に柔軟性を得るため進展反射を再訓練する神経のテクニックを使います。これらの中には、(さあ、一呼吸して)固有受容体神経筋促進法(proprioceptive neuromuscular facilitation)と呼ばれるのものがあります。(幸いなことに、通常はこれを単にPNFと呼びます)
パスチモッターナサナでPNFの原理を用いるには次のようにします。前屈をしながらストレッチを少し緩め、ハムストリングスをアイソメトリック(等尺)に収縮させます。かかとを床に向かって押しつけるようにすると良いでしょう。そして約5〜10秒続けます。この動きをやめ、前屈が少し深くなっているか見てみましょう。
PNF法は、最大に近い長さに保ったまま筋肉を収縮させることで進展反射を得ようとするものです。ハムストリングスを使うと、筋紡錘の圧を緩めることができ、筋肉をもっと緩めても大丈夫だという信号を送ります。これは矛盾しているように見えますが、筋肉を収縮すると実際は伸ばすことができるのです。この様に筋繊維に力を入れたあと解放すると、おそらくたった数秒前に限界に近かったストレッチが楽になっていることに気づくでしょう。さあ、もう少し踏み込んで神経活動の小休止を使ってストレッチを深めましょう。神経系が調整されて、可動域が大きくなります。
PNFは科学的なストレッチと言えるでしょう」理学療法士のマイケル・レスリーは言います。レスリーは、サンフランシスコ・バレーのメンバーの柔軟性を高めるのにPNF技術を変更した組み合わせを使用しています。「私の経験では、静的トレーニング1週間で得られる効果がPNFでは1セッションで得られます」
これまでのところ、ヨガはPNFタイプのテクニックに系統的には注目してきませんでした。しかし、同じポーズを数回行いながらアサナの慎重なシークエンスや繰り返しを重視するヴィンヤサは、神経的なコンディショニングを促進することができます。
アメリカン・ヴィンヤサ・インスティチュートの創設者で、T.K.V. デシカチャーのヴィニヨガ系で最も尊敬されるティーチャーの1人であるグレイ・クラフトソウは、ヴィニヨガをPNFに例えています。「収縮と伸展を交互に行うと筋肉が変わる。収縮の後は、筋肉が弛緩して伸展する」
プラナと柔軟性
クラフトソウはまた、呼吸は意識と自律神経系をリンクさせると指摘し、どんな神経的な動きにも呼吸が重要だと強調しています。「自己開発のどんな科学においても最初のツールとされるのが、この呼吸の質なんだ」
プラナヤマあるいは呼吸のコントロールは、サマディ(三昧)に至るヨギの道の4つ目の肢則です。ヨガの訓練の中で最も重要なものの一つで、身体中のプラナ(生命エネルギー)の動きの調整を行うことができます。しかし、深淵なヨガの生理学、西洋の科学的な生理学のどちらから見ても、リラクゼーションとストレッチ、呼吸の関係性はとても深いものです。生理学者らはこの機能的で神経的な動きと呼吸の相互関係を随伴運動の例だととらえています。つまり、他の場所の動きとともに起こる身体のある部分の不随意の動きです。
パスチモッターナサナを行なっていて深く安定した呼吸をしていると、呼吸の流れを反映する流れに気づくでしょう。息を吸うと筋肉がやや緊張し、ストレッチが浅くなります。呼吸をゆっくり完全に吐くと、腹部が脊柱に向かって凹み、腰の筋肉が長く伸びる様に感じ、胸を腿に向かって下ろすことができるでしょう。
息を吐くと肺が小さくなり横隔膜が胸の方に引き上がるものですが、それによって腹部の空間が広くなり腰椎が前方に曲がるのを助けるのです。(息を吸うと反対になり、風船の様に膨らんだ腹部のせいで完全に前屈できなくなります)しかし、息を吐くとまた、実際には背中の筋肉がリラックスして骨盤が前傾することは気づかないかもしれません。
パスチモッターナサナでは、腰の筋肉組織は受動的に伸長しています。Science of Flexibilityに書かれている研究によれば、吸気は能動的な腰の収縮、すなわち前屈に対して全く逆の収縮を伴います。呼気は腰の筋肉を緩めてストレッチを促します。腰の上あたりの背中に手のひらを置いて深く呼吸をすると、脊椎の両サイドにある脊椎起立筋が、吸気で緊張し呼気で緩むのを感じられるでしょう。もっとよく観察してみると、吸気で脊椎の先にある仙骨あたりの筋肉が緊張し、骨盤が少し後傾することもわかるでしょう。呼気ではそうした筋肉は緩んで骨盤が自由になり、股関節周りの回転を可能にします。
肺が空っぽになって横隔膜が胸に引きあがると、背中の筋肉が緩んで完全なストレッチへと前屈していくことになります。一旦そうなると、心地の良い、永遠の内的安定の時間を感じ、伝統的に前屈の効能だと考えられてきたものの一つである神経系の安定が得られるのです、。
この時点では、特にヨガの霊的要素に触れた様に感じられるかもしれません。しかし、この経験の実際的な説明はまた西洋科学も行なっています。アルターのScience of Flexibilityによれば、呼気で横隔膜が心臓を押し上げると心拍がゆっくりになります。血圧が下がり、肋骨の圧迫、腹壁、肋間筋もまた下がります。弛緩が起こり、伸長への耐性が高まり幸福感も上がるのです。
柔らかくなる近道?
しかし、ヨガの全ての時間が平穏とは限りません。ハタヨガを極めていくと実践者は痛みや恐れ、危険などを伴う飛躍を経験することがあります。(結局のところ、ハタとは「強引な」という意味があります)B.K.S.アイアンガーのLight on Yogaの中で、生徒がパスチモッターナサナをしている生徒の背中の上でマユラサナ(孔雀のポーズ)をし、もっと深く前屈させるようにしている写真を見たことがあるかもしれません。あるいは、バダコナサナ(合蹠のポーズ)をしている生徒の腿の上に立つ指導者を見たことがあるかもしれません。そういう方法は外部者から見れば危険で残酷とすら見えるでしょうが、経験のある指導者によって行われるととても効果的なのです。そしてそれらは、神経的なメカニズムの再調整に焦点を当てた西洋の柔軟トレーニングの最新の技術に著しい類似性があると言えるのです。
この記事をリサーチしている時、何年もハヌマナサナ(「スプリット」として知られています)を練習していたある友人が、このメカニズムに気づいて驚きの躍進を経験したと伝えてくれたのです。ある日、彼がこのポーズを試みて、左脚を前に右脚を後ろに開き両手は床に軽く置いて支えていました。いつもより遠くに両脚をストレッチした時、胴体のほとんどの全荷重を腰の方へ下ろしていました。突然、強い熱を骨盤に感じ、思いがけず素早く解放されて彼の両坐骨が床に着いたというのです。彼はストレッチの時にはほとんど出会わない生理学的な反応を起こし、伸長反射に逆行、解除する神経の「回路ブレーカー」にスイッチを入れたのです。伸長反射が筋組織を緊張させる一方で、この別の反射は(「逆伸長反射」と言います)腱を守るために筋肉の緊張を完全に解いたのです。
これはどのように起こるのでしょう?各筋肉の先端には、筋膜と腱が交わっており、荷重をモニターする感覚器があります。これらはゴルジ腱受容器(GTOs)です。筋肉の収縮や伸展が腱に与えるストレスが強すぎるときに反応します。
旧ソ連の巨大な国営のスポーツ組織は、このGTO反射を大きく操作したものに基づいて神経的な柔軟トレーニングの方法を開発しました。「完全なスプリットや難しいアサナ
の多くに必要となる筋肉の長さはすでにそこにある」ロシアの柔軟エキスパートのパヴェル・ツァツーリンは言います。「しかし、柔軟性をコントロールするには自律神経機能をコントロールする必要がある」彼は、脚を椅子の背に持ち上げながら説明するのです。「これができるなら、スプリットができるだけの柔軟性はすでにある」ツァツーリンによれば、できないのは筋肉でも結合組織でもないのです。「素晴らしい柔軟性は、脊椎にある多くのスイッチを入れ替えることで可能になる」
しかし柔軟性を高めるためにGTOメカニズムを使うには、ある種の危険を伴う、というのも筋肉は完全に伸展させ、GTO反射を起こすために極度の緊張が必要だからです。ロシアのシステムや上級のヨガ・テクニックのように、強度の柔軟トレーニング法は、骨格が正しく調整されておりストレスに耐えられるほど身体が強いかどうかを確認することのできる経験のある指導者が必要だということです。自分が何をしているのかよくわからずにやれば、すぐに怪我をしてしまうでしょう。
しかし、これらの方法を正しく使えばとてつもなく効果的です。柔軟トレーニングをしたことのない体の硬い中年の男性であっても約6ヶ月でスプリットができるようになるとツァツーリンは主張しています。
応用生理学
さて、「これらの西洋のストレッチの技術がヨガにどう関係しているの?」と自問していることでしょう。
もちろん一方では、プラナをより多く流せるような体を作るためストレッチは重要な要素です。そのため、多くのハタヨガの流派では練習を伝統的なアサナや身体の理想的な可動域を作るためのポーズを基本にしているのです。
しかし、良い指導者なら誰でも、ヨガはストレッチだけではないと言うはずです。「ヨガは世界を体験する新しい方法を教えてくれる訓練です」理学療法士のジュディス・ラサター博士は説明します。「そして苦しみへの執着を手放すのです」ラサターによれば、意識と無意識の二種類のアサナしかないと言います。言い換えれば、あるアサナの位置を決めるのは私たちの集中力であって、身体の外観だけではないのです。
身体の完璧性を追求することに捕らえられてしまって、サマディ(悟り)というアサナのゴールへの見解を見失ってしまうことは大いにありうるでしょう。しかしまた同時に、伝統的なヨガの「内なる肢」を得るのに必要な一点への集中を開発するには、身体の柔軟性を限界まで探ることが完璧な道具となりえます。
アサナの長年の実証に基づいた洞察を伝えるために西洋の生理学的な科学理解を利用することは、全くもって矛盾するものではないのです。実際、西洋ではハタヨガの中でおそらく最も影響力のあるヨガ・ティーチャーのB.K.S.アイアンガー氏は、常に科学的調査を勧め、洗練されたアサナを育成するために正確な生理学的な論理の応用を提唱していました。
すでにこの考えに熱心に取り組んでいるヨギもいます。マサチューセッツ州ボストンにあるメリディアン・ストレッチング・センターでは、ボブ・クーリーが柔軟性の不足を診断しアサナを処方するというコンピューター・プログラムを開発試験中です。クーリーのストレッチング・センターに来る新しい患者は、16のヨガポーズを行うように言われ、CADで使用されるのと同様のデジタル・ポインタでクーリーによって生理学的な身体の目印が記録されていきます。これらの身体の点を読む作業は、患者と人間の平均的及び最大柔軟性を比較するために測定されるのです。このプログラムは、患者の基準と経過をまとめ、改善が必要な場所を見つけて特定のアサナを勧めるのです。
クーリーは、伝統的なヨガのアサナとPNFに類似した技術を組み合わせ、彼の考える東洋と西洋の知識の最良の融合点を用いているのです。(折衷的実験者であるクーリーは、西洋の心理療法の知識エニアグラムとヨガへのアプローチとして中医学の経絡理論を取り入れている)
もし、ヨガの純粋主義者であるなら、古代からのヨガと新参の科学知識を混ぜる寄せ集めなど好きではないかもしれません。しかしながら、「新しく改善」するのはいつの世もアメリカの国是であり、ヨガの発展を鑑みれば、東洋の経験に基づいた知恵と西洋の分析された科学の融合は、重要な貢献になるのではないでしょうか。