ヨガには様々な解釈があり、その方法も様々です。VYASAでのヨガセラピーにおいてはクンバカは行わず、またアサナとプラナヤマを同時に練習していきます。
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プラナヤマを実践するにあたりどのような準備をすればいいですか?安全に効果的に行うために何をすべき(してはならない)でしょう?
プラナヤマを行うのにはアサナの練習は前提となります。アサナを完全に確立するまではプラナヤマを行うべきではないと聖典にもはっきりと記されています。どんなに健康であっても、内臓にはまだ気づいていない隠れた問題があることを常に念頭におくべきです。心臓、肝臓、肺、胸腺、甲状腺、膵臓、脾臓、腎臓、膀胱、生殖器、内分泌腺、神経系などです。総合的なアサナを毎日行うと、自分の身体や問題、そしてそれを克服する必要性に気付きます。優れたハタヨギは、ついには直感的な分析を行う能力を開発します。結果として、プラナヤマなどのさらに上級のヨガの訓練について実際的になります。
安全に行うには、自分の体力やスタミナを過信しないことです。まずは基本的な哲学を理解し伝統的なアサナを練習しながら、科学としてヨガを学び実践してください。ヨガの果てしない微妙な違いを試したいのなら、思いのままに様々な技術やスタイルを学ぶと良いでしょう。しかし、84の伝統的なポーズの系統だった練習がプラナマヤ・コーシャ(プラナ鞘)へのドアを開けてくれるのです。
こうした伝統的なアサナには二つの目的があります。第一は、特に神経系など身体や内臓を浄化し活性させます。第二には、通常はプラナ鞘に眠っている生命力を目覚めさせます。神経系や体内の微細なエネルギー経路が浄化されていないと、このプラナ鞘にある並外れた生命力が目覚めた時に身体を圧倒してしまうでしょう。そのような理由から、古典にあるような完全なアサナを実際に実践するために浄化というヨガのテクニックを取り入れる必要があるのです。
現代のヨガを教えている現場では、上級であっても浄化のテクニックに触れているものが少ないのに驚かされます。ハタヨガ・プラディピカやヴァシシュタ・サムヒタ、そして多くのウパニシャッドなどの文献は、はっきりと「ネティ(鼻腔)」「ドーティ(胃、食道)」「バスティ(腸)」「ナウリ(内臓)」「アグニ・サラ(消化器)」「トラタカ(目)」などの浄化法を練習に取り入れなければ、アサナの練習の効果は完全には得られないと述べています。完全なヨガ・アサナの究極の結果は、本当の休息と弛緩から始まります。体内の空間から不快を完全に取り除き、喜びで満たされます。
そして、伝統的なアサナにより、安定して快適に座れる体を作るのに役立ちます。心と身体の快適と安定はプラナヤマの練習に不可欠のものです。いかに快適に座れるかは内臓がいかに健康かを示しており、いかに安定した座法を行えるかはエネルギーがいかに自由に流れているかを示しているのです。
よくわかりません。特に84の伝統的ポーズに比べて、プラナヤマはアサナよりもゆっくりとしていて難しくないように見えます。なぜアサナのように上級の練習にプラナヤマのようにシンプルなものが前提となるのでしょう?
プラナヤマはシンプルではありません。説明しましょう。最も上級のアサナは坐法です。手足を捻り身体をプレッツェルのように曲げることができるかもしれません。スプリット(前後開脚)やピーコック、スコーピオンのポーズ、指先の逆立ちが(ヘッドスタンドよりさらに高難度)できるかもしれませんが、じっと座ることはできないと気づくでしょう。
快適で安定した坐法をするには、脊椎が健康で強く柔軟である必要があります。背中、腰、腿の関節もまた良い形状でなければなりません。さらに、体重は会陰を中心に臀部に平均にかからなければなりません。呼吸器や消化器は強く、完全にバランスが取れている必要があります。交感神経、副交感神経もまた完全にバランスがとれ調和していなければなりません。脊椎は上に伸び、胸は開き、肩はリラックス、横隔膜を完全に自由に拡張、収縮させなければなりません。さらに、脊椎の曲線は正しい必要があります。これらの条件が全て満たされた時にやっと快適で安定して座れるのです。そしてこの安定した快適な坐法は、身体的なポーズの練習によって達成されるものなのです。これらのポーズは坐法よりも重要ではなく、坐法はプラナヤマに必要不可欠なのです。
プラナヤマの実践は、骨格系、呼吸系、筋肉系を超えたところにあります。内分泌系や神経系だけでもありません。本来の意味では、プラナヤマとは生命力そのものの統御を得ることが目的です。そしてこの目的は呼吸の法則を超えることで得られます。通常は、健康な呼吸とは優しくスムーズで急激な動きや雑音がない呼気吸気によって行われます。円を描くような流れで呼吸をしなければなりません。
勝手に呼吸が止まりそれをコントロールできないとすれば、それによって身体の機能が妨げられ心の落ち着きがなくなり、生命力も影響を受けます。健康的な呼吸においては、停止してはなりません。呼吸を止める度にゆっくりと死んでいくのです。ヨガのゴールである心と身体の奥深くにある並外れた能力を支配するには、呼吸の停止を制御する必要があります。これを意思で行うのです。これをクンバカと呼びます。同様の呼吸の停止を正しい準備と共に行うと、それは長寿の源となります。伝統的なプラナヤマは全てクンバカを含みます。実際、ヨガの世界ではプラナヤマとクンバカは同義語です。しかし、正しい坐法をしておらず、内臓が不健康で、神経系のバランスが取れておらず強固でもないとしたら、プラナヤマ(クンバカ)は体と心どちらにも悪影響を及ぼすでしょう。なので、プラナヤマは上級の練習であり、アサナの完成が条件となるのです。
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