2026年2月10日火曜日

無意識を見出す:感情的な癒しのための瞑想
Uncovering the Unconscious: Meditation for Emotional Healing



ヨガの視点からみれば、精神とは意識の洗練された道具です。外の世界と繋がり、精神体験の膨大な領域を与え、純粋な意識そのものへの橋わたしの役割を果たしています。精神の全体像を理解することで瞑想や日常生活がより楽に行えるようになります。


ヨガでは精神活動を、マナス(下位あるいは感覚的な精神)、ブッディ(内なる目撃者)、チッタ(記憶の基盤)、アハムカラ(自性)の4つに区別しています。最初の2つのマナスとブッディは前回「瞑想のための精神世界への地図」の中心でした。


瞑想中、意識している精神であるマナスは静かに集中しています。感覚(マナスと外の世界の間の通路)は感覚の対象への接触をやめます。想像力は弛緩し、穏やかな集中が築かれ、通常の精神を今という瞬間へともたらします。そのように、瞑想中は精神活動の日常の行動が集められ統合されます。


マナスのこうした変容は、ブッディの変化でより深くなります。ブッディは、道徳感を持ち、自己認識が可能な精神です。マナスが静まるとともに、ブッディが覚醒します。これは、意識の静かな展開として体験されます。ブッディが覚醒すると、意識はよりはっきりと輝きます。意識と心の中身の間にかすかな距離ができます。そうして、瞑想者は精神体験の静かな目撃者となるのです。



記憶


チッタは体験を記憶に留めることのできる精神です。印象や習慣、欲求などを溜めた広大な貯水地です。この無意識の貯蔵庫では、未来の種が、今の体験によって植え付けられます。


チッタは湖のようであり、体験のさまざまな川がその水の中にいつも流れこんでいます。こうした川は周囲の世界での敬遠から湧き起こります。見て、聞いて、味わって、匂いを嗅いで、触れます。しかしチッタはまた、精神そのものの中で起こったプロセスの経験も記録します。好きな歌の歌詞を思い出す度、より深くチッタに固定されていきます。


これらの経験で集めた情報は、無意識の中で停止しています。しかし記憶は、新鮮な体験に役立つためこの湖の表面に現れます。そのようにして、シャワーをしている時に突然好きな歌が頭に浮かんだりするのです。


しかし、無意識の中に貯蔵されたものをあまりにも狭い意味で定義するなら、チッタの本当の重要性の理解を見誤るでしょう。精神は、単に事実を不毛な情報だと保存するわけではありません。経験はもっと複雑なのです。それは感情的です。


桃を食べるのは好きだ。梨は、なぜか、好きではない。あの店でみたシャツは魅力的だが、その価格には狼狽してしまう。感情を体験に貼り付け、そして真実と心の中にある感情の組み合わせを残すのです。


喜びや痛みは感情の源です。それらによって、好き嫌い、欲しい物、願い、反感、切望、嫌悪、向上心などが起こります。誰もが幸福を追い求め、痛みを避けます。よって、チッタに保存された体験の種は無作為に置かれているのではなく、適切であろうがなかろうが、未来のための欲望が付いてきます。



動く心


瞑想中、精神の意識的な活動は主としてマナスとブッディの領域ですが、徐々に認識されうまく操れるようになります。これが瞑想の主な目的です。しかし、これまで見てきたように、心は無意識の中の印象も保存しています。こうした印象はサムスカラと呼ばれ、活動を始めるまでは姿を現しません。瞑想では、こうした隠れた印象にもある方法で取り組まなければなりません。その時に初めて、瞑想によって奥深くにある癒しや精神の本質的な要素の統合が可能になります。


スワミ・ラーマは、瞑想の始まりを覚えやすい方法で表現しました。あなたの足の親指を掴もうとしている人がいるとしましょう、と彼は言います。初めは面白がってあなたにもちょっとした影響があるふりをするかもしれません。しかし時間が経つにつれて、あなたは指をくねくね動かしてその人が掴もうとするのをやめさせようとするかもしれません。それが失敗に終わると、あなたはもっと力を入れて足を振り、それでもダメなら、そのやっかいな指つかみ屋を蹴って苛立ちを取り除こうとするかもしれません。


彼によれば、瞑想中に挑む苦悩もそれにとても似ています。精神を集中させるのは、足の指で精神を掴むようなものです。最初、心は勝手に動き回りって、ほんの時々あなたが真剣かどうか見るためにくねくねします。しかしそのうち、心の中の力が自由を求めて外に出ようとします。心はどんどん落ち着かなくなって、とうとう瞑想のプロセスを蹴って集中を振り切ろうとします。


こうした心の反応への解決法は、マナスを休ませる訓練をすることで、集中を深める際に自然に湧き起こるプロセスです。内なる目撃者であるブッディの本来の機能もまた、心の不安定さを鎮めます。


しかし、心の落ち着かなさというのは、多くは無意識、すなわち認識に向かって上へと押し上げるサムスカラの力の結果です。全ての瞑想者は、そうした思考に邪魔される体験を経験しています。一瞬で、「ここ」からどこか遠くの「あっち」に移動したり、一点集中から「あれを友達に言わなきゃよかった」に移動してしまいます。気を逸らす印象は、チッタの本質の一部です。機会があれば、瞑想の静けさの中に現れます。


こうした印象のいくつかは、気をつけなければいけない義務や時事問題だったり、希望や将来設計だったり、ニュースや天気予報、娯楽番組の映像だったり、ずっと忘れていた夢だったりします。良くも悪くも、感情は、水面を求めて湧き上がる泡のように、そうした印象とともに認識されるのです。


瞑想でのこうした印象の影響は、それらにどれほどの注意を払うかに拠ります。ある思考は重要で熟考する必要があるでしょう。他の思考は、不安や欲求によって掻き立てられ、瞑想のプロセスには必要がないでしょう。瞑想が深まるにつれ、前向きな思考ですら落ち着いた集中に道を開けるよう傍に移動します。



無意識の変容


そこにある印象の集まりを変化させたり取り除くために、無意識へと直接入っていくことはできません。しかし、瞑想はそれでもやはり無意識に影響を与えます。問題はどのように、です。


チッタの働きを思い出してみましょう。体験の倉庫であり、隠れた印象の貯蔵庫です。そこには楽しい体験も不快な体験もあって、後にこの同じ印象によって影響されます。こうして、心はさまざまに異なる質や強さの数えきれない体験によって色付けされています。


瞑想そのものは体験あり、チッタに蓄積されます。瞑想体験は、他の体験と同じくチッタの色を変化させます。記憶の中で他の体験が蓄積されるのと同様に、瞑想は心の奥深くに到達しその微かな印象を残します。しかし、瞑想は単なる新しい色ではありません。瞑想は色の変容です。微笑みが憂鬱な表情を変えるように、無意識を変容させます。



集中と手放し


チッタを変容するために瞑想では二つの方法が使われ、お互いに補完し合っています。一つ目は穏やかな集中です。二つ目は、気を散らし邪魔をする思考の洗練された手放しです。これらは伝統的な瞑想テクニックで、パタンジャリのヨガスートラ(1.12)やバガヴァットギータ(6.35)のどちらにも書かれています。


瞑想中、注意を徐々に瞑想的な集中へと移動することを身につけます。心を中心に集めることに集中します。この忍耐の必要な作業の成果は深遠です。瞑想は非生産的でつまらないように見えるかもしれませんが、真実はその真逆です。どの瞬間も、リラックスした集中の印象がチッタに蓄積されます。こうした印象が、心を明晰さと穏やかさへと導き、心を鎮めて瞑想の質を高めます。


しかし、手放しを養う努力はどうなのでしょう?瞑想中の非執着は、逆説的なアプローチが必要とされます。最初は湧き上がる気を散らす思考を、押しのけるのではなく受け入れることを学ばなければなりません。自分自身と戦っても仕方がないのです。瞑想で現れる思考、欲望、希望、夢、恐怖などは全て、少なくとも今の段階では、私たちの一部なのです。ですから、そうした思考が邪魔だったりつらいものであっても、受け入れることが必要なのです。そうすることで初めて、それをそのままの姿で見ることができ、その繊細さと動機の力を見ることが可能になります。


しかし、こうした気を散らす物を、意識の主な集中点にしてはいけません。通り過ぎる思考を見て、新しいエネルギーを与えることなく、それらの飢えた性質を観察するのです。心の表面に現れるものをしっかりと受け入れながら、執着せずに見ることで、チッタを浄化し、雑念の動きを緩め、心の集中力を高めるのです。


集中と手放し。これが深い瞑想の方法です。忍耐と自己需要の種を植え付けます。隠れた動機をあらわにし、利己的でない意思を強めます。自身の意識と無意識の要素間の会話を行い、チッタの変容の中で、心のより長く続く幸福への道を開くのです。







(出典)https://yogainternational.com/article/view/uncovering-the-unconscious-meditation-for-emotional-healing/


2026年2月6日金曜日

瞑想のための精神世界への地図 
A Meditator’s Map to the Mind


精神はまさに束縛と解脱の原因である
アムリタビンドゥ・ウパニシャッド(第二節)



ヨガの文献は、精神は心の道具だと述べています。記憶を保管し、希望や欲望を示し、日々の活動を調整します。しかし、日々の暮らしで中心の役割であるにもかかわらず、私たちはその精神そのものについてあまり考えません。「精神」とは何なのかを簡単にでも定義できる人もほとんどいません。


瞑想の実践者にとって、精神世界の実用的な知識とは地図のような者です。瞑想でどこに向かうのかどのように向かうのかを教えてくれます。幸い、ヨガ哲学は瞑想の実践を補う精神の地図を与えてくれています。物事を新しい方法で見るための扉を開け、私たちが何なのかの問題を解く手助けをしてくれます。では、瞑想でこの地図が示してくれる精神について見ていきましょう。



精神の風景


体験をまとめるためには、精神は体とつながらなければなりません。精神が外の世界の印象を受けとって外の世界で行動するのは、感覚の経路や感覚器(目、耳、手足など)を通してです。ですから精神と体は巧妙に統合されたチームなのです。


精神の機能に途切れはありませんが、ヨガではその活動を4つの領域に分けています。ひとつ目は日々の意識的な精神、マナスです。次に、微細で静かな体験の目撃者、ブッディ。三つ目は、個人、自己像という感覚であるアハムカラ。最後に、習慣や潜在的な印象(サムスカラ)の保管庫として働く、無意識にあるチッタです。






日々の精神


日々の精神であるマナスは、多くの場合「下位の」精神あるいは「世俗的な」精神と呼ばれます。マナスは、意識のスクリーンとして働き、外の世界の感覚的印象とすでに精神に保存された体験とを混ぜ合わせます。マナスの作用を通して、私たちは、錆色の腹をした羽の生えた生き物を見て、朝早くに始める歌を聞き、そしてその名前はロビンだと覚えているのです。


マナスまた、「どっちつかずの」精神とも呼ばれますが、それは情報を集めたり表示するのは得意なのに決断をするのは苦手だからです。休暇の行き先を選び、旅行に最適の日を選び、ルートを計画し、全旅程の費用を計算できます。しかし、行くか行かないかの決断はしないのです。結論には辿り着けません。そのため、行動の価値を特定する役目をもつ精神であるブッディを使う必要があります。


少し時間をとって、あなたのマナスの働きを確認してみましょう。以下を読んでから、少しとどまってあなたの周りの環境を受け止めてみましょう。

  • 意識のスクリーンに映り出される世界を見る

  • 耳から入ってくる周りの音を聞く

  • 触覚、味覚、嗅覚ももまた認識の多次元的なスクリーンにある意識に完全に溶け込んでいる様子に気づく

  • いかに周囲の物をすぐに認識できるか(名前がわかる、あるいはただ認識できる)、そして一貫性のある環境を組み立てることができるかに気づく

重要なのは、精神のスクリーンは外の世界からの印象を記録するだけでなく、印象を色付けすることにも気づいておくことです。過去の記憶は世界、未来のイメージ、現在の形と直面します。ブンブン飛ぶ蜂から逃げて、ふわふわの子猫を抱き上げます。セイリングのイメージは魅力的ですが、あなたのマナスが「日焼け止めを忘れないで!」と言います。欲望も記憶のどちらも常に思考の内容を形作っているのです。




静かなる目撃者


日々の精神というたくさんの活動を考えると、マナスが精神のCEOだと考えるかもしれません。その光景はいつも忙しく、歩いている時も夢を見ている時、夢を見ないで寝ている時もずっと続いています。しかし、その活動は仮面のような物で、人生のより深い次元を隠しています。瞑想者は、慌ただしいこのマスクに隠されたものを見て、もっと心を掴む精神の自然な穏やかさを見出せるようになります。


まさに、マナスの活動は眠りのようなものだと表現されることもあります。マナスは感覚的な体験や直感的な衝動を満足させること、日々の快楽の追求に焦点を向けています。ですから、うちから湧き上がる声は「起きろ!自分自身に戻れ!」と言っているのです。これが瞑想の目的であり精神的な旅のゴールです。けれど、それはどのようにして達成できるのでしょうか?


瞑想者にとっての第一歩は、下位の精神に安定した集中をすることです。通常その集中は呼吸やマントラなどです。これが意識を休ませるプロセスの始まりです。これを行うと、忙しい感覚が(空想の感覚も含む)あとからついてきます。静まりリラックスします。このように、精神に焦点を与えることでマナスの活動を落ち着かせることができます。


マナスが静まって落ち着くと、あなたは覚醒し始めます。静かな目撃者としての自分自身、すなわち他の精神活動を静かに観察する意識の中心への気づきを養います。


こうした覚醒が可能な意識の機能がブッディです。この言葉はサンスクリット語で覚醒するという意味の「Budh」からきています。興味深いことに、これはまさに瞑想中に起こっていることです。意識の静かな変化が起こり、マナスの注意散漫な感情が静まり、より穏やかで安定した精神が覚醒します。


ブッディの語源の動詞には他の意味もあり、どちらも瞑想中の精神の質に関係します。例えば、「意識を取り戻す」すなわちより深みにある自身の認識を取り戻すということ、または「注意を払う」すなわち精神を散漫にさせずに意識を集中させるということです。



これを感じるための簡単な実験をしましょう。目を閉じて呼吸の流れを感じ、以下の指示通りに行ってみましょう。

  • 数分間、力が抜けて吐く息と吸う息の心地よい感覚に意識が向くまで呼吸に集中します

  • 自身が呼吸をしているのではないというとてもシンプルなことに気づき始めます。自分は意識であり、呼吸の感覚を体験しているのです。

  • ブッディが何かをしているのを感じることはありません、が、静かに存在していることを感じます。ブッディである自身は、静かで穏やかな意識です。

  • そのまま呼吸を見つめながら精神を休ませます。マナスが落ち着いたら、そしてこのように注意が落ち着いたら、下位の精神を超えて進むことが可能です。精神活動を見ている自身に気づきます。


旅はここで終わりません。瞑想中は、無意識であるチッタに保存された体験の多数の層へ注意喚起する雑念が現れます。ブッディは、思考や感情、のちに日々の習慣やふるまいという形をとるこれらの印象を深く調べます。このプロセスで、ブッディは、思考(「休暇だ!」)を観察して保存し、その意味(「一年ぶりだ!」)の理解を形づくり、そして決定します。この決定は、執着に基づく物であれば馬鹿げた物にもなり得ますし(「何がなんでも行くぞ!」)、本当の必要性の評価に基づいていれば賢明なものにもなり得ます(「待望の休息が取れる」)。ブッディは決定者であり、覚醒していれば賢明な決定をすることを学びます。


しかしブッディが覚醒している間、日々の生活で助けてくれますが、瞑想の目的はただより良い決定をすることでも、より多くの人生経験を可能にすることでもありません。ブッディの覚醒は、自分自身に戻るのに役立つのです。自覚している意識の源であるうちなる真我の覚醒を取り戻す方法を示してくれるのです。


このプロセスはゆっくりと徐々に展開しますが、地図のない領域というわけではありません。自身を落ち着かせることから始め、下位の精神の活動を観察することを学び、内なる目撃者ブッディを覚醒させます。次回は、瞑想中の、無意識(チッタ)に対処する方法、自性(アハムカラ)を操る方法についてお話しましょう。ですが、今は、瞑想のために座って、精神の領域を認識するところから始めましょう。これ以上に美しく複雑な光景は、この世にありません。




2026年2月2日月曜日

精神の仕組み 
Anatomy of the Mind



ここでは、人間の精神の4つの局面と、瞑想がそれぞれの局面に与える影響について簡単に説明しましょう。







マナスは、日々の意識的な精神で、感覚の調整役であり、思考や印象を映し出す精神のスクリーンです。瞑想ではマナスは鎮静しています。マナスのエネルギーは、移り変わるのではなく集められます。感覚の動きは静まり、とりとめのない思考は落ち着き、注意が明瞭になります。


マナスが鎮まると、より洞察のある精神のブッディが目覚めます。ブッディは体験に意味や価値を与えます。瞑想の実践を通して、ブッディは精神活動を目撃し、心に平穏をもたらします。ブッディが清められると、意識そのものが洗練されて現れます。


チッタは、過去の思考や体験の無意識的な倉庫で、記憶が休む場所です。印象を蓄積し今の心象と混ぜ合わせて、体験を理解し豊かにします。蓄積された印象は、習慣や欲望という形をとってマナスへと戻ります。瞑想をしていると、これが空想や雑念、単なる欲望、強い感情の衝動という形をとることもあります。しかし、瞑想とは、チッタにおける平穏の印象や集中のプロセスです。それが次の瞑想を助けてくれるでしょう。


アハムカラという精神は、「私」の作り手です。「私」という言葉を使う時、この精神そのものに築かれた個人というアイデンティティを指します。あまり重要でない意味では、私たちは制限された自分自身に固執しています。エゴとそれが同一視するものを離しません。しかし、私たちはみな純粋意識、真我という広大な領域の現れでもあります。瞑想は徐々に間違った個人の認識を消し、深い真我に気づかせてくれます。







2026年1月30日金曜日

ヨガセラピー:今も生きる癒しの伝統
Yoga Therapy: A Living Healing Tradition

ヨガセラピーの背景にある哲学、考え方についての記事です。
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ヨガセラピーは現代社会の新しい新興の職業ではありますが、その起源はヴェーダの教えや科学など数千年前にさかのぼります。古人は自らの深い精神の旅から、人の健康状態の本質への深淵な洞察を生み出し、またその理解や全てのレベルにおける苦痛を変換することについての広範囲の教えや力強い実践法をも生み出しました。



この伝統によればヨガセラピーとは、ヨガとアーユルヴェーダを合成したヨガの一種であり、多くの場合、ジョティシュ(ヴェーダの占星術)やさまざまな派閥の信仰から派生した儀式慣習の概念を含みます。この療法におけるヨガの手法やテクニックの応用はヨガ・チキッサと呼ばれていました。新興の職業としてのヨガ・チキッサは伝統的な治療法であり、体調や感情、考え方、食事、行動パターン、ライフスタイルや人間関係、生活し働く環境など全てが密接に関係し合っており私たちの健康にも関係しているいう認識のもとに成り立っています。



ヨガセラピーは、現代の西洋医学における問題のいくつかを改善するためにきわめて重要な役割を持っています。その役割とは、ひとつには、病気や医師中心の枠組みから、ウェルネスやホリスティックなセルフケアに基づいた枠組みへの移行を促すことです。ヨガのコミュニティは、こうした教えを信頼できる合法的な方法で伝えていくという素晴らしい機会と責任の両方を担っています。その責任を果たすには、こうした教えを研究し続けること、伝統の深い洞察を熟慮すること、そして変換の可能性を実践を通して経験することなどによって可能になります。ヨガセラピーの幅広さ深さ、ヨガ哲学との本質的な関連性を解明するために、基本的な見識や中心にある教え、ヨガセラピーの真の伝統のための基礎を築いている元となる実践法を、私はよく垣間見ています。






ヨガの起源は、シュルティと総称されているインド亜大陸に発生した古代文化の文献ヴェーダの中にあります。ヴェーダから、文化や文脈に関係なく全ての人間に永遠に関連すると考えられ発展した、現存する一連の教えが生まれました。こうした教えは、人生のあらゆる場面での体験すべての局面を網羅する深い洞察と実践法を与えてくれます。



ヴェーダの文献は、論証的な哲学様式で編纂されてはいません。詩的であり非直線的で、つまり理解するには複雑で困難です。それらを説明するために偉大な指導者らが解説しました。こうした解説文は哲学的な散文形式をとり、総じてシュルティを呼ばれる口頭で伝えられ、そのように記憶されました。こうしたシステムの最古のものがサンキャで、偉大なる聖カピラによって作られました。サンキャのシステムは、ヨガスートラに記録されたパタンジャリのヨガ哲学の形而上の基礎を形作りました。このように、ヨガは実用的なサンキャ哲学だと考えられるでしょう。



ヨガの観点を伝えるヴェーダ文献にある最も基本となる洞察のいくつかは、アートマン(純粋意識)とブラフマン(絶対的真実)の概念を含みます。ドゥーカ(苦痛)の真実、苦痛を乗り越えるためのヴィディヤ(知識)の探究、そして人間の多次元的モデルなどです。
ヴェーダの哲学的解説の中には、万物の基本要素の法則を列挙するサンキャによる形而上の宇宙論があります。このシステムの中にカピラが示すのは二元性であり、見る者プルシャ、そして見られる者プラクリティです。基本的な前提は、見る者と見られる者を識別することで私たちは苦痛から解放されるということです。



この基本の上に築かれたヨガの伝統が主張するのは、私たちは本質的には変化し続ける多元的な宇宙の中に存在する純粋な意識の変化しない源だということです。純粋意識の中心はヴェーダではアートマンと呼ばれ、サンキャ哲学やヨガではプルシャと呼ばれます。文字通り「街に住む者」であるプルシャは多元的宇宙に住んでいますが、その宇宙とは、思考や感情、身体など自分自身の一部だと通常思っているもの、そして家族や社会ネットワーク、自然界など自分自身の外側にあると思っているものという観念を含みます。この視点から見ると、この見える存在全ては変わり続ける広大さの中のはかない収束現象としてのみ存在しています。基本的にヨガは、私たちはこうした変化するものではなく、間違って自分を認識しそれに執着することで苦痛が起こるのだといいます。



実際的レベルでは、プルシャから生じる知性の応用を通して、そして正しい方法で行うことで、これらの次元すべての変化の方向に影響を与えることができるとヨガは教えてくれます。それぞれの次元での関係性を向上すれば、誤った識別をし続け苦痛を感じ続けるよりも、自分が何なのかを明らかに見られるようになるのです。






2026年1月23日金曜日

マラーサナ(スクワット)でわかる体のこと 
What Your Malasana (Squat) Can Tell You About Your Body


マラーサナ:ポーズ


「花輪のポーズ」ともいわれる深いスクワットであるマラーサナは、苦手な人とそうでない人がどうしているのでしょう?その答えはシンプルで、人は、関節の構造や強さ、弱さ、硬い場所、動きやすい場所などそれぞれ異なる体つきをしているからです。多くの関節や筋肉群を使う複雑なポーズであるマラーサナでは、ポーズでどう見えるかどう感じるかには多くの要因があるのです。ありがたいことに、マラーサナをよく観察することで自身の体の制限や強さを知ることができ、そして練習やポーズを深めるためにその情報を使うことができるということです。


考えてみてください、毎日スクワットをする文化のある場所に住んでいなければ、最初マラーサナはとても変に感じることでしょう。心地よく感じるまでには長い時間がかかるかもしれません。けれど、毎日スクワットの動き(椅子から立ち上がる、車に乗り込む、床の何かを拾う)をしていたら、このポーズは極めて重要です。残念なことに、西洋(そして東洋でもますます)社会では椅子に依存していて、それが悪い姿勢の癖とともにマラーサナをますます難しくさせています。赤ちゃんたちがいかに完璧にスクワット(マラーサナ)しているかに気づいたことがありますか?私たちはその能力をいつ失ってしまったのでしょう?どうしたら取り戻せるのでしょう?


まずは、このポーズでは何が必要かを検討してみましょう。マラーサナでは、足首、膝、腰、股関節、背骨の可動性と安定性などが必要で、全身の構造が試されます。深いスクワットをするには、適切な閉鎖性運動連鎖(荷重)、つまり足首の背屈、膝と股関節の屈曲、腰椎と骨盤の協働した動き、背骨の軸上伸展、肩のわずかな屈曲が必要なのです。
 

この複雑性ゆえに、マラーサナはとても有効でもあります。このポーズをよく見ることで、股関節や膝関節、足首、肩、背骨の左右の対称な機能的運動性を評価できます。体つきによって、このポーズが比較的簡単であったりより困難でありえることを覚えておいてください。マラーサナは、胴体が長く脚が短い人にはよりやりやすい傾向があり、胴体が短く長い脚の人にとっては長い練習が必要となるかもしれません。




マラーサナをやってみましょう


最初に、鏡の前でマラーサナをしてみましょう。まずは股関節よりやや広めに足を開き、つま先を少しだけ外に向けます(位置は後でいつでも調整が可能です)。では、心地よい範囲でできるだけ腰を下げましょう。かかとが少し持ち上がるかもしれませんが、構いません。下げ続けてみてください。けれど無理は禁物です。両肘を膝の内側に入れて、両手を合わせ、肘を使って膝を開き、できる限り背骨を伸ばします。胴体の長さによって、ひじは内腿の上か下に来るでしょう。後ろに倒れそうに感じるかもしれませんし、実際倒れたかもしれません。大丈夫です、後でこれがどういう意味かを探りましょう。


気づく


はじめに、どう感じましたか?どこでそれを感じましたか?では、鏡に映った自分のポーズを時て、もう少し気づいてみましょう。踵は持ち上がっていますか?踵が上がっていても大丈夫ですがいずれは降ろす方向へ練習しましょう。足首は内側に回転していますか?土踏まずは潰れていませんか?つま先が過度に外側に向いて(向こうとして)いませんか?次に、膝はどう見えて感じていますか?内側に倒れていますか?片方がもう一方よりも内側に入っていますか?片方の股関節の方が地面に近いですか?片方に傾いていますか?そして体を横から見てみます。背骨はまっすぐか、反っているか、あるいは前に丸まっていますか?尾骨が過度に巻いていませんか?これら全てに気づいてみましょう。


 

どういう意味なのか?


足:
最初から始めましょう。足はどうなっていますか?かかとが上がっていたら、大抵の場合はアキレス腱やふくらはぎ、特にヒラメ筋(ふくらはぎ下部の深層筋)の制限を意味します。マラーサナでは膝が屈曲していて、ヒラメ筋は膝関節を超えていないからです。(ふくらはぎのより表層の筋肉である腓腹筋は膝関節を超えているため、ヒラメ筋のように伸びてはいません)


かかとを下ろすために足首の関節で補うことがあり、土踏まずの内側が下がったりつま先が過度に外側へ向きます。これらは、(股関節の)ハムストリングスや、梨状筋(股関節を回線する深層筋で時に坐骨神経痛の原因となります)が硬い、あるいは中臀筋が弱いことを示しています。あるいは、稀ではありますが、過去の怪我や手術などで足首関節自体に制限があることもあります。



膝:
膝が内側に入る(股関節が内側に回転している)場合、臀筋が弱い、内転筋(内腿)が弱い、あるいは腸脛靭帯(股関節から膝にかけて脚の外側に沿っている筋膜)が硬いのかもしれません。過度に腰が反っているなら(特に腰を下げたとき)、弱い体幹を補うための股関節屈筋が硬いのかもしれません。背骨が前かがみになっているなら、脊柱起立筋が弱い、胸椎やハムストリングスが硬いのかもしれません。


対称性:
左右の片方に傾いている(あるいは股関節の片方がより高い、片方の膝がより内側に倒れている)ときは、痛みを防ぐ保護機構や足首、膝、股関節の可動域の左右対称性など、安定性に問題があることを示している可能性があります。これは下半身に怪我をしたことのある人に特によくみられます。また、片方の肩が高くなることも稀ではありません。通常は利き腕の方が硬く、あまり動きません。



これらの組織にどう対処すればいいか?


このポーズをよりやりやすくする最も簡単な方法は、踵の下にサポート(丸めたタオルやブランケットなど)を置くことです。かかとが地面に本当に近いなら、足をもう少し開いたり少しだけつま先を外に向けてみて、踵が下りるかみてみましょう。ただし無理はせず、かかとを上げたままにしても構いません。ここでも股関節の実際の構造が関係しているので、スタンスを広げたり狭めたりして、自身に理想的なマラーサナを見出しましょう。みんなにぴったり合うサイズはありません。けれど、つま先は外に向きすぎないようにしましょう。足の土踏まずが落ち込んだり膝が内側に入る原因になるからです。膝が足首の中心線に並び続けるよう目指してください。



その他マラーサナで気をつけること


踵が下りたら、足の内側にある土踏まずが落ち込まないように、臀筋を使って両足の外側により体重をかけます。これによって以下を確実にすることに役立ちます。

1)足首や足がより安全な位置に

2)膝がつま先を同じ方向に向いている(捻れていない)

3)股関節が外旋し(股関節、膝、つま先全てが同じ方向を向くために)、膝が内側に倒れていない


両足を通っている強い土台が、骨盤底筋と下腹部(ウディヤナ・バンダとムーラ・バンダ)を引き上げるのに役立ちます。肘を使って、膝を開くのを促します。同時に、胸を上前に持ち上げて、背中の上部を引き上げ(胸椎の伸展)、背骨が伸びているのを感じながら尾骨を「伸ばし」ましょう。この動きによって、背骨の中心あたりが伸び、胸郭の底あたりと横隔膜(ウディヤナ・バンダ)が持ち上がっているのを感じます。


おまけ:あごを少し引いて首の後ろ(ジャランダーラ・バンダ)を伸ばし、より長く背骨を伸ばします。


このポーズを長く続けていてよくみられるのが、すねの前にある筋肉(前脛骨筋)が疲れ始めることで、特にかかとが床に下りているときです。というのもこの筋肉は、後ろに倒れないよう、ふくらはぎの緊張の反対方向へ引いているからです。心配は要りません。練習を続けていると、ふくらはぎが解放されて前脛骨筋が強くなり、長くこのポーズがとれるようになります。


それでも、かかとを床に下ろすと後ろに倒れてしまうなら、深くスクワットする時は何か(ドアノブやキッチンカウンターなど)を掴んでみましょう。これで、後ろに倒れるのを心配することなく、足首や膝、股関節、背骨、また肩が機能的に動くのを可能にしてくれるでしょう。または、ブロックの上に座ることもできますが、体重はできる限り両足に乗せ続けます。


マラーサナで左右が非対称な場合は、つまり体が傾いていたり水平でなかったら、必要なサポート(股関節の下にブロックやブランケット、小さな椅子)を使って、腰が床と並行になるまで、また、傾いた方が正しいアライメントになるまで股関節を持ち上げましょう。

 
マラーサナを練習することは気づきになります。感じていること、どこに感じているかに注意しましょう。今まで気づかなかった非対称性に気づくかもしれません。練習を続けていれば、マラーサナが新しい好きなポーズになっているかもしれません。ついには、ヨガの練習以外でも、1日の間により多くの回数このポーズをしていることに気づくかもしれません!








2026年1月9日金曜日

ヨガと認知症 Vol.2 
Yoga and Dementia

前回からの続きです。

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認知症の方にヨガを指導する際の秘訣


SPECALの黄金律


1. 直接的な質問をしない


「認知症の方の対応でひとつだけ覚えておくとすれば、直接的な質問をしない、ということです」とペニーさんは言います。ヨガティーチャーもそうでない人も、「今朝はどうですか?」から「今、三角のポーズをしたいですか?」まで、情報を得ようとしたり、思いやりを示したり、関係性を築き始めようとして質問をします。けれど、認知症の人は質問されると、それに応えるために必要な事実情報がわからないことで、急に苦痛を感じてしまいます。


「その人のアルバムにある今日のページには多くの事実が欠けていて、そのため簡単な質問であっても答えるのが難しいのです。結局は、三角のポーズをしたいかどうかは、三角のポーズとは何なのかなどアルバムの中の事実情報に依存します。さらに複雑なのは、今した質問が保存されないことです」その場合、答えを待っているというあなたの期待した表情そのものもより深い混乱の原因となり得ます。「どちらにとってもあっという間に困難な日になってしまう可能性があります」ペニーさんはそう認めました。


しかしながら、認知症の生徒と会話するのは不可欠であるため、例えばあなたが言ったことをすぐに理解できる方法で普通に会話するとか、もし会話を始めたら相槌を打つなど他の方法を試しましょう。「まるで釣り人が擬似餌を変えるように」ペニーさんは勧めました。「魅力を感じたら魚は来ます」また彼女の「質問のない質問テクニック」を試すこともできます。例えば「今、三角のポーズをするのはいい感じかしら?」といった感じです。「多分」とか「・・かしら」とか、「・・するのもいいかも」など生徒を困らせない方法で参加を促しましょう。



2. 専門家(つまり認知症の生徒)の声を聞いて学ぶ


「生徒の声を聞いてそこから学ぶ必要があります。彼らが話し始めたらすぐ、自分は話すのをやめてその話や質問を聞けば、それは金の粒のようなもので、どんな言葉を使うべきなのか、彼らは何が知りたいのか、何を話したがっているのかなど、とても価値のあるヒントが得られます」ペニーさんは述べました。


また、認知症患者の介護者から、ペニーさんが言う「最高の出来事」を聞くことができるかもしれません。彼らが最も話したがる体験であり、彼らのアルバムの一番好きなページです。(もし介護者からは何も聞いたことがなければ、そうした記憶を質問のない質問テクニックで聞き出してみましょう)


こうした話をするときは、あなたの生徒は馴染みのあるしっかりとした土台の上にいます。あなたの生徒が不安そうだったり自信をなくしたように見えたとき、また彼らとただ繋がりを強くしたいと思ったときはいつでも、大好きな話の中でよく使うキーワードを言ってそのお話に導きましょう。






例えば、あなたが「ずっとインドに行きたいと思っています」と言ったら、インドに旅行した時の大好きな話しを急に始めるかもしれません。(しかし、『あなたが以前したインド旅行は楽しそうでしたね』など直接的な旅行の話には注意しましょう。あなたにその話をした事実は記憶していないかもしれず、どうして個人的な情報を知っているのか不思議に思って困ることになる可能性があります。『だれでも自分のことを知られすぎている感じたり、アルバムの中にあなたの情報が見つけられないと不安に思うものです!』ペニーさんは注意を促しました。)



3. 否定しない


認知症の生徒は、時々事実に反する内容を言うこともあります。ペニーさんによれば、それを正さない方がいいです。「『それは正しいか間違いか』という質問でなく、『誰のアルバムについて話しているか』です。話している時は自分のアルバム、自分の体験に基づいています。だから彼らが選んだ写真について議論しないでください。注意深く聞いてそこから始めます」


例えば今やったばかりなのに、生徒が「まだ肩回しをしていない」と言ったら、否定しないで彼女の言う通りまた肩回しをしましょう。


(もし、例えば『逆立ち(あるいは体の能力を超えたポーズ)をしましょう』などと生徒に不適切だったりかなり危険なことを提案されたら、彼らではなく自分自身の能力不足のせいにして一旦休憩を促すことをペニーさんは勧めました。「本心から、先に進む前に少し休憩しようと言うことに全く問題はありません。逆立ちをする提案などはきっと時系列的に記憶されていないことをふまえて、休憩のあとは全く新しい章が始められます。このように認知症患者の障害に前向きに対応しましょう」)





さらに・・


4. 複雑な言葉による指示ではなく、実演やジェスチャーを最大限に活用


私たち指導者が実演をするのは大抵はほんのちょっとだけで、多くを長く細かい指示を言葉で伝えます。「足指の付け根とかかとに向かって根付かせて、膝関節は2番目の足指先に向けて。今度は背骨を伸ばして頭頂へと持ち上げて。肩は後ろへ回します・・」いうように。


直近の事実情報の記憶がどんどん不確かになっていく困難認知症の生徒には、もっと単純な方法が必要です。たくさんの指示を与える代わりに、「足で下に押して」など動きを身振りで伝えながらできるだけ簡単なフレーズを使います。


可能なときはいつも実演し、連帯感を作るための視線を合わせることを優先し、ジェスチャーを使いましょう。「ジェスチャーは1000の言葉を伝えます」とペニーさんは言いました。
「ジェスチャーは気もちを伝え、それが新しい写真すべてに保存されますが、言葉は事実であり言った後からすぐに消えてしまいがちです」おそらく「胸を引き上げて」とか「頭頂へ持ち上げて」という意味の言葉の指示に代わるエネルギーにあふれたジェスチャーがあるでしょう。


もし、より細かいアライメントを整えなければ安全とはいえないポーズがあれば、そのポーズは省きましょう。



5. 良いニュースだけ伝える


あなたの認知症の生徒が通常通りに事実情報を記憶できないと感じたなら、否定的な情報を伝えれば落ち着いて見えても不安にさせるかもしれないことは理解できるでしょう。ペニーさんは例を挙げました。「あなたがクラスに遅れて、事故渋滞のために時間がかかったと説明します。まあ、認知症でない人は理解します。『ああ、渋滞ね、あなたが無事に来れてよかった』と思うでしょう。けれど認知症の人は事故のところだけ記憶して、後で不安が引き起こされて『誰が事故にあった?何があった?誰が?何をするべき?』と自問するかもしれません。これは良い写真ではありません。あなたが到着したら心から笑顔で『ああ着いてよかった!』とただ言って練習を始める方がずっといいのです」


あなたの生徒はやる気があるふりに気づくかもしれないので、状況の中で肯定的な面を見るようにするのが大切で、それが自然にあなたの感情に影響します。否定的なニュースや沈んだ感情で認知症の人を困らせないでください。「結局のところ、あなたが遅刻してひどい事故を見たとしても、無事に到着して生徒と会えたら嬉しいでしょう?」


悪いニュースを伝えないのは事実と違う話を作っていると思うかもしれませんが、ぺニーさんが言うには「彼らはもう一生分も悪いニュースを聞いてきたんです!」認知症であるためにすでに耐えている困難のことを忘れないでください。余計なストレスを避ける理由がわかるでしょう。あなたが見た自動車事故やニュースで見た大災害のことは話さないでください。クラスの間ずっと、今練習している部屋の中も外の広い世界も、全ては大丈夫だというサインを出してください。「『大丈夫』という信頼感は記憶されて説明のない不安よりもずっと役に立ちます」ペニーさんは確認しました。


6. 惜しみなく賞賛を送る


ヨガの間はずっと「これ上手ですね!」などと褒め言葉を散りばめましょう。2、3種類の褒め言葉があればより良いです。「完璧!すごい!最高!」


「認知症の診断は、生徒のウェルビーイングを左右します。記憶力の変化に直面しているという明白な兆候があり、それは不安に感じさせるものです」ペニーさんは言います。「自信が低いとき、認知症の人はアルバムの中を探るのが特に難しくなります。自信の低さが、認知症前のアルバムから役に立つ組み合わせを見つける能力が下がることに繋がります」あなたにはヨガティーチャーとして、生徒にうまくやっていると感じさせることで、彼らの自信や自尊心を引き上げる力があります。


ペニーさんが指摘したのは、良いニュースだけを伝えるのと同様に「親切にするのと上に立った態度をとるのとの間には小さな違いがあります」重要なのは本心からということ。信じられないほど困難な状況であなたの生徒はよくやっているということに気づき、何度も心から賞賛を与えてください。ペニーさんは言います「いつも筋の通った事実が記憶されるわけではありませんが、ずっと感情は記憶し続けていて、新しい事実の記憶が小さくなるにつれて感情のスペースが大きくなります。事実よりも感情により依存しているので、そのためあなたの不誠実さにはすぐ気づくのです」



7. 言葉とジェスチャーで生徒との関係を築く


ペニーさんは彼女の言うところの「私たち」関係を築くことを推奨しています。「あなたと生徒はここで一緒にいて、二人ともヨガクラブのメンバーだという印象を作ってください」この連帯感を、「私たち」「一緒にしましょう」などの言葉やフレーズを使って、そしてしっかり目を見て、彼らのジェスチャーやポーズを真似て、彼らの発言や提案に熱心に耳を傾けましょう。


もし生徒がポーズをしたがったら、ポーズをやめたいと思ったら、水を飲むために休みたがったら、賛成してください。「私もそう思っていたところです!」



8. 生徒を専門家として扱う


「ふさわしい話し方をする必要があります。彼らよりもいくらか能力が低いと考えてください。可能な限り、生徒をティーチャーだとしてください」ペニーさんは助言します。


自尊心を上げるために、生徒から受ける指示や確認は快く受け入れましょう。例えば、「三角のポーズはこんな感じかしら」と言ったらきっと「そう!」「その通り!」などコメントが帰ってくるでしょう。


「側から見たら誰が教えていて誰が教わっているのかわからないかもしれません」ペニーさんは言います。もしやろうとしているポーズを生徒がやろうとしなかったら、そんなときは、忘れましょう。彼女のやっている形を真似して、そのリードについて行きましょう。それもまた生徒の肯定感や二人の連帯感を築くのに役立つかもしれません。「そこから、その良い感情を踏み台にして、まるで独り言を言うかように変えることをさりげなく提案します」例えば、指示したり質問するのではなく、「それはいいポーズですね。肩をもうちょっと後ろに回したらどうなるかしら」と言えるかもしれません。


9. 異なる言葉、ジェスチャー、戦略を試して何がベストかを探る


会話や練習の間、いろいろ試して何に効果があって何にないかに気をつけましょう。会話を始めるのに良い天気の話は効果がない?あなたのお母さんや夫がヨガをしてくれたらいいのにという話は?会話は続きましたか?一歩下がるのは効果がありませんか?もう一方の足を前に出すとポーズに入れますか?生徒がシャヴァサナでじっとしていられませんか?肩に手をおいたら少しは長く休んでいられそうですか?質問をするのでなく、どんなときどんなことがうまくいってうまくいかないのかを観察してください。「できるだけ早く見つけられたら、最悪を最小限に最高を最大限にすることができます」ペニーさんは勧めます。


10. 生徒のウェルビーイングを高めるものは何でも喜んで繰り返すことを学ぶ


ヨガティーチャーは、新しいクラスを作ろうと大抵の場合は考えますが、認知症の生徒を教えるなら新しいものを考える重荷から解放されます。新しいポーズを教えるのではなく、よく知っているものを尊重します。


“One of the joys of working with individuals with dementia is that they will never tire of the repetition of what they enjoy,” assured Penny. The shoulder rolls they enjoy will delight them 「認知症の人に対応する際の喜びのひとつは、彼らが楽しんでいることを何度繰り返しても決して飽きないところです」楽しんでいる肩回しに何度でも何度でも大喜びします。ハッピーベイビーのポーズを「死んだ虫」と呼んで彼らが大笑いしたら、毎回大笑いします。生徒から肯定的なリアクションを引き出す言葉を見つけたら、繰り返し同じものを使い続けましょう。


11. 可能性を信じる


本当に効果があることは何かといえば、生徒の手を握ることです。手を握りましょう。好きなポーズがシャヴァサナだけだったら、ヨガクラスはそれに集中させましょう。もし生徒が本当にやりたいことは、お茶を飲みながら好きな話しすることなら、一緒にお茶を飲んで興味をもって喜んで話を聞きましょう。できる限り、ヨガクラスとは何かというあなたの概念を広げることになるにしても、彼らに寄り添いましょう。ペニーさんが言うように「SPECALのヨガは、SPECALを知らないひとにとっては『伝統的な』ヨガには見えないかもしれません。けれど、それは無駄なセッションというわけではありません。反対に、SPECALの基準で測れば、生徒のウェルビーイングを高めるものであるので成功なのです」


認知症の生徒とのヨガクラスの終わりには、新しいポーズも覚えていないし、膝とつま先の向きを合わせるのがうまくなりもしていないかもしれません。汗をかいたかどうか、最後のシャヴァサナでリラックスできたかどうかもわかりません。けれど、生徒の自己肯定感、自立性、社会的快適性、安心感に対して、価値のある貢献ができるはずです。「彼らの声を聞いて、『私たち』関係性の中で一緒に練習することを探ることで、持続的な方法で彼らの生活の質を高められるのです」ペニーさんはそう締めくくりました。「それが値段のつけられない非常に価値のあるもので、SPECALのすべてのケアが目指すところなのです」








2025年12月29日月曜日

ヨガと認知症 Vol.1 
Yoga and Dementia



現在アメリカ人の500万人がアルツハイマー病を患っており、高齢者の三分の一が亡くなる際にアルツハイマーなどの認知症にかかっています。近年、認知症は全体的に減少しましたが、アメリカの人口でこの障害に最もかかりやすい世代である90歳以上の数が最も急速に伸びているため、今後の罹患数は増えることが予想されます。


近年の研究では、ストレスを軽減し記憶機能を向上させるヨガの可能性が、老人ホームで暮らす人々の認知機能を改善することを示唆しています。瞑想とヨガを使ったある多面的プログラムでは、記憶機能をいくらか取り戻すことに成功しています。また、英国の小規模試験プログラムでは、認知症患者が優しいヨガを介護人と一緒に行うことで、より行いやすくまた参加者に受け入れられやすいことが分かりました。


ヨガの効果を考えれば、ヨガは認知症の家族や友人、患者に良いのではと考える人もいるでしょう。


「そうかもしれないし、そうでないかもしれません」と電話インタビューでペニー・ガーナー氏は言いました。ペニーさんは、英国バーフォードの中核的研究拠点にあるコンテンテッド・デメンシア・トラストの創設者であり医療ディレクターです。


この施設は、統合されて開発改良されたペニーさんの「SPECAL(スペックル)法」を用いており、現在ロンドンのキングスカレッジで科学的に研究されています。SPECALという頭字語が初めて使用されたのは約27年前で、ペニーさんがアルツハイマー病と関連する認知症のための特別な早期ケアを開発し始めたころです。ヨガが認知症患者に良いかもしれないしそうでないかもしれない、というペニーさんの言葉を理解するには、この手法の中核にある類似点をまず理解する必要があります。それは、「SPECALフォトアルバム」というものであり、通常の記憶がどのように機能しているかの概念、歳をとると何が起こるのかということ、そして認知症によって起こるある変化についてです。



SPECALフォトアルバム ー 記憶の象徴


この進行性の障害の、基本的に記憶システムに新しい出来事を保存する際の問題だというペニーさんの洞察は、1970年代にアルツハイマー病を患った母親の介護を通して得られました。「私たちは記憶システムを持って生まれます。それがフォトアルバムで、体験したものは全て写真として自身のアルバムに無意識に保存されます。このアルバムは、私たちの基準点であり大切な資産です。今何をしていたかが全て保存され続け、事実やそれに関する感情が含まれます。「ええっと」という度に、私たちは「アルバムを見てみよう」としているのだとペニーさんは説明しました。


「いつも自身のアルバムを参照して、光速でこの簡単に繋がれるデータベースから情報を取り出して、今何を、誰と、どこで、いつ、なぜしているのかの意味を理解するのです。そうやって今ここで何が起きているかのスピードについて行っている訳です。歳をとると、アルバムの写真を無意識に取り出したり保管するプロセスは変わりませんが、必要な時にアクセスする速さが遅くなります。遅くなることは普通のことで認知症とは関係がありません」そうペニーさんは指摘しました。「しかし認知症患者には、新しいタイプの写真が現れるのです。この新しい写真は、日常生活で今起きたことに関係のある現実は含まれないのですが、それに関連する感情だけは感じます。この認知症に関連した写真を『ブランク』と呼んでいます。まず、ブランクは現実の情報が途切れたほんの数秒に現れますが、ランダムで散発的に、そしてより頻繁にブランクが起こるようになり、やがて認知症と診断され、アルバムの半分が感情だけの写真となり、ブランクの長いリボンとなっていきます」


認知症患者は理性を失っているわけでもなく、少し前の現実を判断する能力を失っているわけでもないと、ペニーさんは強調しました。「アルバムのずっと昔のページは、現実もその時の感情もとても理性的に開くことができて、今日見たことをちゃんと説明することができます」


SPECAL法は、この対処手法でプラスに効果を出すことを探っています。その人にとってどの古い写真が最も卓に立つのかに注目し、そうした古い写真と毎日の日課との間に有用なリンクを作るのです。SPECALが尊重するのは、その人の過去の活動や体験を試すことであり、新しい活動には挑戦しません。「私たちのモットーのひとつは『新しいことは何も無い!』」だとペニーさんは言います。「新しい活動をするには順序立った新しい現実が必要ですが、認知症患者の新しい現実の保存機能はどんどん損なわれて行くことがわかっています」


何か新しいことを日課に取り入れると、自分のアルバムに役立つものをあまり見つけられないことの多い認知症患者は、自問して不安になってしまう傾向があります。「答えのない自問は疲弊しますし恐怖です」認知症の人は苦痛が起こる前にこう感じているのだろうとペニーさんは述べました。「ええっと、自分のアルバムを見てみよう、確かめなきゃ、私はどこにいる?どれくらいここにいる?どうやってここに来た?おやまあ、今していることの情報があまりない、本当に不安になってしまう、知ってるはずだけど・・?」






「鳩の群れに猫を投げ入れるようなことはしていないと願います」ペニーさんは続けました。「けれど、認知症患者が初めてヨガをしようとしたら、ヨガクラスですることは彼らのアルバムに筋が通るものは何一つないのです。今日の現実という情報のいくつかは今日のページにばらばらの順番で保存されます。認知症が進行するに従ってそれも少なくなっていきます。そして、少し時間が経って確認しても意味が通らなくなってしまいます。今の体験の内容が明確とは程遠いものになるのです」


「認知症にもかかわらずヨガの体験を楽しめる人を見つけることはできないという意味ではありません。けれど、ヨガをしたいという気持ちは、認知症患者自身から出てこなければなりません。楽しめたかどうかがはっきりとわかっていなくても、ヨガをした後も『あれをもっとやりたいからあの場所に戻りたい』と言うようであるべきです。患者からしか知ることができないこと、つまり患者と患者が記憶している感情に導かれない限り、うまく行うためにはあるべきでない余計なプレッシャーを与えてしまうことになります」


ヨガに効果がると介護人が確信していたら?「そうですね、ヨガをすべきなのは介護人のほうでしょう。けれどヨガは、認知症になる前にヨガをしていた人にとってはとても良い考えかもしれません。つまり、ヨガの写真がすでにアルバムに入っていたら、認知症以前の場所にあるものを参照することができるからです」


当初ベビーブーマー世代のアメリカ人に広く行われていたヨガは、それ以降ますます人気となり認知症になる可能性のある人の写真アルバムの大切な部分となっているかもしれません。ペニーさんによれば、そうした生徒たちにとって、特にウェルビーイングを高める技術に精通している指導者や仲間がいれば、人生を通してヨガを練習することには価値があるでしょう。



認知症の生徒のためのヨガへのアプローチ


もし長期間ヨガを実践してきた認知症の人から、もう一度練習をしたいと言われたらどこから始めればいいでしょう?


最初のステップは目標を明らかにすることです。「認知症を克服するという目標はありえません」ペニーさんは助言しました。「認知症はすでにそこにあります。それよりも、どのように寄り添えるかです。何がプラスで何がマイナスか。私たちの目標は、彼らの状況にかかわらず、生涯を通して24時間週7日間ウェルビーイングを維持することです。そしてそれは可能です」


SPECAL法が目指すところは、オリバー・ジェームズ氏によって Contented Dementia という本の中でより明らかにされていますが、ペニーさんが考えているウェルビーイングの要素、すなわち全ての人間に不可欠であり認知症患者の介護者がとても注意深く認識する必要があることを養うことです。価値があるという感覚(自己肯定感)、自立性(決断能力とそれが行われるのを目撃する)、社会的快適性(他者とのつながり)、そして安心感(基本的に全ては大丈夫だという信頼感)です。


「これらウェルビーイングの4要素がきっちりとあるべき場所にあれば、人は自信を持つことができます。その自信によって最大の能力が引き出されます」とペニーさんは述べました。(注:この4要素は、患者中心の認知症ケア分野の先駆者であるトム・キットウッドさんとの1990年代初期に行われた対話に基づいています)


以下のSPECAL法にから得られる助言は、認知症患者個人や患者グループに対応するヨガインストラクターに対応するためのものです。ペニーさんは、全参加者がSPECALの方針に馴染みがあるのでなければ、認知症患者が通常のグループに参加すること、またその生徒のために作った練習に介護者が参加することもお勧めはできないと言います。


というのは、認知症はさまざまな身体的要求を伴い、アプローチよりも内容が懸念されるからです。身体的に兼好でハタヨガの立位ポーズをたくさんすることができる人もいるでしょう。また運動により制限があったり空間的関係性に困難がある人もいるでしょう。そうした人にはリストラティブヨガやチェアヨガの方が良いかもしれません。以下の8番で説明しているように、「ヨガ」という概念を広げるような、認知症患者らの提案に敏感にオープンでありながら、彼らの能力を尊重した練習を作り、彼らが導いていくようにすることが重要です。


ペニーさんは、SPECALの基本原理である(以下の)3つの黄金律は、直感に反したものかもしれないと認めています。彼女の言うように「『根底を覆せと言われている!』と思うかもしれません。しかし、私たちには認知症患者の言葉を学ぶ必要があります。その人を変えようというわけではありません。彼らとどう関わるかを変えることができ、それこそが私たちが人のためにただすべきことです」



認知症患者に対応できるヨガティーチャーとは?


ペニーさんによれば、より高度なヨガの訓練を受ける必要はありませんが、SPACAL写真アルバムや3つの黄金律、以下のコツなどに精通した人であり、Contented Dementia Trust などによるコースを使ってSPECAL基本原理の理解をより深めた人が適していると言えるでしょう。また、認知症患者とのさまざまな交流のなかでその理解を練習に活かしていける経験を持つ必要もあります。



「SPECALのアプローチを基本理念を理解するには、ヨガの範疇外で開発し実践する必要があります。そうすることでのみ、ヨガティーチャーはそうした基本原理を、長期間慣れ親しんだヨガの練習を続けたいと思っている認知症患者に、最もうまく適用する方法を考慮できるのです」



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次回に続きます

2025年12月5日金曜日

科学と意識 
Science and Consciousness


意識とは何か、科学が意識(真実)を探求できるのかについての考察です。

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ここ数年、より多くの科学者らが現実の非二元性という性質に対する洞察を主張してきている。しかし、この主張は基本的な真実、つまり「意識は、科学的究明の範疇を超えている」ということを見落としている。したがって、その真の性質のため、こうした主張は有効ではありえない。


これまで科学と精神性の間には、いつもなんらかの反目が存在している。地球が宇宙の中心ではないと主張したガリレオに対するカトリック教会の迫害だけでなく、天地創造を主張する人々とより現実的なダーウィンの進化論を好む人々との間にある現在の議論も頭に思い浮かぶ。それゆえに、科学者らが非二元性について著したより多くの書籍や論説を目にする機会も多いのだろう。「科学と非二元性」と題された年次大会すら存在し、同じフォーラムでこの2つの知識を探求することも可能になっている。


逆説的に、現実の性質を探求する道具としての科学の力とその決定的な欠点は、その客観性にある。実験的観測とその後の論理的思考の科学的手法は、ヴェーダンタと共通するものであり、前に経験した者の発見を受容するということも含まれる(より新しい発見と矛盾がない場合に限る)。


この世界が私たちの限られた知覚器官で感じ取れるままではない可能性を、人々に考えさせることに、科学は大きな貢献をしてきた。極論を言えば、走査型電子顕微鏡によって指先の物質の想定されている硬さを調べられる。その一方で、ハッブル望遠鏡によって裸眼では見ることのできない銀河の渦まく雲の無限まで覗くことができる。「現実」とは日常の体験によって私たちが信じているよりもずっと微細なのだ。私が今、書き物をしているテーブルの硬さは、電子の回転と原子の周りの共通軌道に関する覆ることのない法則によるものだ。宇宙の膨大なエネルギー源は、ブラックホールに吸い込まれていく数々の星雲からきている。私たちの体の感覚は周りの出来事を説明するにはほとんど役に立たないが、科学には可能であるように見える。


科学によれば、すべては原子でできており、原子はより小さい粒子の集合で、同様にその粒子はより基本的なもので形作られているという。光ですらエネルギーの塊でできていて、時には粒子のように、時には波のように振る舞う。最終的には、全ては純粋なエネルギーに還元され、それ自身が作られたり壊されたりすることはなく、ただ変化していくだけだ。すなわち全ては「ひとつ」である ー そしてこれこそがアドヴァイタ(ヒンズーの一派、非二元論を謳う)もまた述べていることではないか?そして、量子力学者ハイゼンベルクは観察者と被観察者は複雑につながっていると示し、この非二元性の観念を支持していたのではないか?


少なくとも、科学がどのように古代の文献に示された真実を立証し、より洗練された現代の精神により受け入れられる言葉で表現しているかを説明する表面的な論争に至る。残念ながら、この整理された説明には著しい欠落がある。意識を物質の体系内に置いていることだ。その結果、科学はそれを附帯現象だと、ある程度の複雑性に達した物質進化の偶然の結果だと言い逃れをするしかない。もちろんこれは、物質は意識の現実化であるというアドヴィイタとは全く相反している。


表面的には、意識と物質ははっきりと分かれた「もの」だ。サンキャ哲学とヨガ哲学において宇宙の材料はプラクリティやプラダーハナと呼ばれ、プルシャと呼ばれる意識の原理とは異なる。主要なインド哲学の他方は(ニャイヤとヴァイシェーシカ)、宇宙の要素は「原子」あるいはパリマヌスと考え、ここでも意識とはまったく別のものとしている。プールヴァ・ミマンシャカとウッターラ・ミマンシャカ(アドバイティンを含む)のみが意識を創造物の要素と認識している。


アドヴィイタによる科学が意識を調査できない理由は難なく理解可能である。この意識はブラフマン、真我であり、究極の対象である。ケーナ・ウパニシャッド(1.4–7 and 2.3) では、「言葉で悟らぬもの、精神で考えられぬもの、目で見えぬ、耳で聞こえぬもの。理解していると思う者はそれを理解しない」また、シャンカラの弟子であるシュレシュヴァーラがナイシカルミャ・シッディ(3.48)に記したように「真我は、知覚力などという知識の経験的手段を通しては理解することはできない。命への渇望によって喀出された痰にすぎない。全くもって経験的認知の対象ではなく、それは最も奥にある真我である(そして感覚と分つことなく感じることもない)からだ」


科学の手法はまた、因果関係という概念に縛られている。常に探しているのは観察した現象を説明するための原因である。しかし、ゴウダパーダがマンドゥキャ・ウパニシャッドに関するカリカで指摘するように、非二元的現実、チュリヤはカリヤ・カルナ・ヴィラクシャナであり、原因と現象に関連性はない。空間や時間、因果関係を超越ている。それゆえに、科学に基づいた現実の探索は矛盾でしかない。


科学とその手法は、表面的な世界の物質やメカニズムを観察するには素晴らしいものだ。事象の最も見込みのない中でのその巧妙さは、おそらく果てしない。そしてこれらの究明の中には、私たち以外のものへの究明に価値があるものもある。例えば、アドヴァイタのネティネティ(ブラフマンが何なのかを探求するために、何がブラフマンでないのかを自問する方法)などだ。



しかし、科学が物質を探求するのに素晴らしい方法であるとしても、物質の本質は究極的には非二元的現実と同じであるため、失敗に終わるしかない。「Notes on Spiritual Discourses (1386)」でアトマンダ・クリシュナ・メノンが記したように、「主観性の影が少しでも残る限り、客観性が消えることはない。そして客観性が完全に消えない限り、対象の真の性質は決して視覚化できることはない。これこそが、インドの内外どちらにおいても、精神の媒体を通した真実に近づこうとする試みにおいて科学と哲学が犯す基本的間違いである」


意識なくして、何ものも知ることはできない。しかし、意識そのものが知識の対象となることはなく、それは真っ暗な部屋の中で、周りを照らせる明かりがそれ自身を照らすことはできないのと同様である。意識を知るためには、それは知りうる客観的対象でなければならず、すでに知っている主観的対象ではならない。私たちが意識を「知っている」のは、私たちが意識だからだ。意識は私たちの真の性質である。究極の観察者(本質的な自分自身)は、どのような客観的探求もただ不可能である。探求するための究極の観察者を超えるものは誰もいないからだ。


この事象の見かけの逆説的状況は、真実レベルの混乱の現れだ。科学領域である世界においては、脳などの対象の探求は精神によって行われる(意識の内省)。この世は、知るものと知られるものの二元性の世界だ。絶対的真実の視点からは、ただ意識があるのみである。世界は、名前と形の現れでしかなく、その意識からは決して分かれない。しかし、意識そのものは、この世レベルの精神では決して探求することはできない。科学で得られるものは、知識ではなく情報だ。そこには終わりがない。より多くを調べるほどにより多くを見出す。そして、どんな論理も良しとされるのは疑うべき情報が出てくるまでである。「私」は情報ではない。絶対であり覆らない。


科学の発見は常に、より深い観察のもとに修正されて行くものだ。これが方法論の性質である。しかし、自身を非二元性とする認識は客観的知識ではない。どんな感覚器官を通しても直接的に知るものではなく、どんな根拠も必要とせず、修正される対象でもない。決定的であり絶対だからだ。


科学は、どうしようもなく客観的探求の領域に制限されている。これは科学の強みであり、科学者が霊的な探求に役立つ貢献を望むなら、その道程にあるネティネティの段階で努力することに集中すればよい。ハイゼンバーグの不確実性は、主観と客観の間にある妥協できない対立によってそれ以上の情報を収集できない時に、物質のますます微細な行動を探求する地点に到達したことを明確に示していた。これが、科学的探求の終着点である。意識そのもものは主観と客観の対立そのものが消滅した時、観察をも超えた微細のなかの最も微細である。ということは、誰もそこには到達できないということなのだ。










2025年11月27日木曜日

股関節のためのヨガ Vol.2 
Help for the Hips


前回の続きです。他のアサナを見ていきましょう。

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ランジ・ポーズのバリエーション(バナラサナ)




ランジやそのバリエーションは、骨盤の位置を正したり腰痛などに良いポーズです。股関節を屈曲するための腸腰筋は、背骨の下方と骨盤をつなぎ腿の骨まで続いています。多くの場合この筋肉は硬くなっていて、左右の一方がより弱かったり柔軟であったりして、骨盤や両脚、背骨の位置関係を乱します。ランジのバリエーションでは、腸腰筋とともに大腿四頭筋も伸ばすことができます。


椅子から90㎝ほど離れて立ち、左足を椅子の座面にのせます。左膝を曲げて体重を両脚の間にかけながら背骨を垂直に保ちます。両手を左膝に置きます。右膝は伸ばしたまま踵を床におろし、足先は前に向けておきます
ゆっくりと股関節の屈曲を深め、床の方へ骨盤を下げます。そのままリラックスして呼吸します。そして反対側でも行います。





次に、まずは四つ這いになり、左足を前に両手の間に出して足指が手指と並行になるようにおきます。右脚は体の後ろへと伸ばし、膝と足の甲は床に下ろします。左膝は床に垂直になるよう足首と脛の真上に保ちます。骨盤を下げて両腿を反対方向へと伸ばし、胸を前斜め上へと押します。次は、右つまさきを立てましょう。右膝を持ち上げて伸ばし、かかとは体から離すように押します。右膝を持ち上げて、骨盤を床に下げながら左腿を前に、右腿は後ろへと押します。そのまま呼吸をしたら、反対側で繰り返します。



腿の付け根を開くポーズ


以下は、誰にとってもきついストレッチです。全てのバリエーションにおいて、重力と両脚の重みを使って内腿と腿の付け根をストレッチし、リラックスしながら骨盤の重みを床へと手放します。





うつ伏せに寝て顎を床につけます(あるいは額を組んだ腕に休ませます)。両膝を曲げてできるだけ開きましょう。そして足の裏どうしをつけます。骨盤を持ち上げたり膝の位置を替えたりしないよう、内腿と股関節まわりの筋肉をリッラクスさせます。両足を床の方へ下ろしますが、足の裏はつけたままにしておきます。ポーズをしながら深くリラックスして呼吸し、脚の重みで内腿と腿の付け根を優しく開きましょう。


次に、膝をもう少し曲げて足首を交差させます。もう一度、股関節や腿の付け根、骨盤の緊張を解きましょう。ストレッチが強くなったことに気づきましょう。それから足首の交差を変えます。左右どちらも準備ができたと感じるまでポーズを保ちましょう。





バタフライのポーズ(バッダコナサナ)




バタフライのポーズは、苦手とする生徒が多いのですが、それは内腿が固いためです。この筋肉をストレッチするには、背中を壁に預けて床に座るのが良い方法です。骨盤の後ろと背骨の根本をできるだけ壁に近づけておき、頭頂に向かって伸びます。膝を曲げて足先のあたりを手で掴み、床に向かって膝を下ろしましょう。それから手のひらを使って、鼠蹊部から膝までの内腿をしっかりとマッサージします。最後に腿と膝を、できる範囲で、もう少し床に向かって両手で注意深く押しましょう。このポーズを保ちながら、息が全身に流れるように、滑らかで均等に呼吸をしましょう。よければ、股関節から前屈してよりストレッチを深めることもできます。



壁際での腿のストレッチ


このストレッチは、座位の開脚ポーズに似ていますが、腰や内腿が硬い人や、開脚する際に垂直に座るのが困難な人に特に良いポーズです。背骨と腰を床で支えながら、重力で両脚を開いて内転筋群を優しくストレッチします。


まずは、片方のお尻の外側を壁につけて床に座り、両手を後方の床におきます。




ポーズに入るには、後ろにもたれて両膝を胸に引いて両足を上げます。そして体を回して、尾骨が壁の近くに頭頂が壁から遠くなるように横たわりましょう。両脚を壁で垂直に伸ばし、背中は床に休ませます。頭の後ろで両手を組んで頭と首を支え、肘は開きます。そして両脚を横方向に開き、壁に預けておきます。リラックスして両脚が重力に引かれるままにし、内腿をストレッチします。膝裏が辛くならないようにし、不快感を感じたら少し膝を曲げましょう。よりストレッチするには、背骨を伸ばし尾骨を壁に押し、両脚の後ろ全体を伸ばして骨盤から離すように踵で蹴り、脚を回転させずに膝と踵をしっかりと壁につけておきます。おポーズに集中しながら呼吸し、回数を重ねるに従って徐々にポーズを保つ時間を伸ばし、より深くリラックスしましょう。


ポーズから出るには、両脚を壁で揃え、膝を曲げて胸に近づけ、足の裏を壁ですべらせて下ろします。リラックスし、両脚と背中を休ませて、膝の内側に緊張を解きます。最後に、片方に寝返りをうってポーズを終えましょう。








2025年11月17日月曜日

股関節のためのヨガ Vol.1 
Help for the Hips

アサナの練習をすることで、理想的には心身のバランスと心の穏やかさを得られ、健康で幸せでいられるようなります。しかし練習を重ねていくと、体のある部分に「行き詰まり」を感じることもあります。そうした症状がよく現れるのが、特に瞑想やプラナヤマの座位の姿勢を練習する人にとっては、股関節や骨盤の辺りです。また股関節は、体重を支え全身を構造的に安定させている一方で、歩く、走る、ジャンプする、前屈みになる、座るを同時に可能にしていますが、それを考えればそこに問題が生じるのも不思議ではありません。骨盤は上半身全体の基盤であり、体内全てが健康的に機能するには骨盤を調整することが不可欠です。現状を評価して、股関節や骨盤周りのバランスと柔軟性を得られるよう練習を調整するために、少し解剖学を見てみましょう。






骨盤、脊椎下部、股関節は上半身の重みを支えており、胴体と両脚の関係を安定させ、歩く、走る、ねじる、あらゆる方向へ曲げるために必要な体系を形作っています。骨盤と脊椎下部は仙骨の左右にある仙腸関節で繋がっていて、比較的あまり動きません。この半固定された構造により、背骨の下端をしっかりと支え、多くの場合は脊椎下部と骨盤は一体で機能しています。


それに比べ、腿は骨盤と球関節で繋がっており、体の中で最も動く関節です。これによって股関節での広範囲の動きが可能になっています。腿は、前後左右に動かせることができ、また内外に回転させることもできます。そうした異なる機能を包含するこの場所に想像できるように、柔軟性と強度に多くの筋肉群が関係しています。腿裏のハムストリングス、前の大腿四頭筋、内腿の内転筋、後ろと横にある外転筋、回転筋、そして股関節屈筋(腸腰筋)、これらは骨盤の奥深くにあり、骨盤との関連で腿を動かせます。最後に、腹筋が体の前を支えて骨盤と脊椎下部の正しい位置関係を保っています。


股関節はあらゆる方向に定期的なエクササイズをしなければ、大抵は、凝り、痛み、慢性的な筋肉の短縮が起こります。以下のエクササイズは、この部分を強化して開くよう考えられています。股関節の動きにくさとともに、ハムストリングスや腰の凝りがある場合は、その辺りも一緒に動かす必要があるでしょう。筋肉が硬くなるのは多くの場合は弱い筋肉を補っていることを覚えておいてください。強化エクササイズを含んだ包括的なプログラムの方が、特定の一部分をストレッチするよりも、より早く筋肉バランスをとり戻し正常な可動域を得ることができます。


以下のポーズは、股関節の柔軟性制限への対処法です(ハムストリングス以外)。流れに沿う場所があるならば、これらのポーズのいくつか、あるいは全てを、毎日のアサナのどこかに取り入れてみてください。例えば、立位ポーズに体側を伸ばすポーズをする、あるいは三角形のポーズ(トリコナサナ)の代わりにするなど。腿の付け根のストレッチをうつ伏せのポーズに取り入れるなどです。いつも同様、定期的な練習は不可欠です。




体側を伸ばすポーズ (パールシュヴァコナサナ)


立位ポーズは、股関節や骨盤に良いポーズです。強さや柔軟性を養い、意識がポーズでの動きと統合するからです。このポーズでは、股関節の深い場所の可動域が高まり、四頭筋など脚や骨盤の筋肉が強化、体側全体に沿った筋肉がストレッチされ、胸が開きます。






両足を脚の長さ程度に開いて立ちます。右足を外に90度開き、左足はやや内側へ、股関節と胸は前に向けます。息を吸い込んで、両腕を手のひらを下にして肩からまっすぐ外に伸ばし、両肩を広げたまま耳から遠ざけるよう下げます。息を吐き出して、右膝をちょうど足首の真上にくるまで曲げます。ポーズを安定させて、呼吸をリラックスさせましょう。


胴部は前に向けたまま、息を吐き出し、背筋を伸ばして右へ曲げ、右前腕を膝にのせて、左手のひらを上に向けながら左腕を頭と並行に挙げます。そして、尾骨を少し引き込み肩甲骨を内側に引くことで胸と腹部をより開きます。両足をしっかりと床に押し付け、左かかとから左指先まで伸ばします。安定させるため、右膝は足首の真上に置き、左足の外側で床を押しましょう。


ポーズを深めるには、内腿どうしを遠ざけるように伸ばします。それから右腕を膝から離して、手を右足の外側の床に置きます。左腰を伸ばした脚や腕と一直線になるまで下げて、左側全体のストレッチを深めましょう。右腕と右脚を近づけたまま、胸郭と腹部を回して開き、胸を骨盤から離れるよう持ち上げます。左腕を伸ばし、左肩を開き、首を長く、まっすぐ前を見るか頭を回して上を見ます。そして、ポーズをしながら集中して安定した呼吸をし、そのまま3-5回呼吸するか、準備ができたと思ったらポーズを終えます。右足の指の付け根を押し、胴体を持ち上げ、脚を伸ばします。左右の足の位置を替えて、反対側で繰り返しましょう。



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次回に続きます。


2025年11月13日木曜日

2分で骨盤底筋を整える 
Tone Your Pelvic Floor (in 2 Minutes)



骨盤底筋は解剖学の中でも軽視されやすい場所です。調子よく活性されている時は、恥骨と尾骨の間を薄く覆っているこの筋肉は、おどろくほど様々な面で健康を支えています。膀胱機能の向上、規則正しい大腸の動き、痔の予防や緩和、生殖機能のバランスを整える、交感神経を鎮めるなどです。しかし、骨盤底筋が弱くなると、時と重力に負けて、次第に多くの問題が起こるようになります。





シンプルなエクササイズ



骨盤底の筋肉は、他の筋肉と同様、定期的に繰り返し使いながら、強化したり整える必要があります。以下のエクササイズはそうしたものです。

  1. 仰向きに横たわって、骨盤の近くに両足を置きます。身体と呼吸をリラックスさせて目を閉じます。

  2. 骨盤底に意識を向けます。恥骨と鼻骨の間にある筋肉を、尿道と肛門の括約筋、その間にある会陰も含めて全て収縮させます。(男性は会陰の中心を収縮、女性は子宮頸部も収縮しましょう)息を吸い込んでリラックスします。

  3. 息を吐き出し、エクササイズを繰り返します。できるだけ深く強く締めましょう。息を吸い込んで解放します。25回繰り返しましょう。呼吸が途切れないよう、そして顎や腹部、内腿など体の他の部分はリラックスし続けるよう確認します。

  4. できるだけ長く収縮を保ったまま普通の呼吸を続けて、終わります。

  5. もし疲れを感じたら可能な範囲で練習し、25回の収縮が楽にできるまで徐々に回数を増やしていきましょう。



練習する時間


筋力を維持するため、週に4回は練習しましょう。一度テクニックをマスターしたら、歯医者の待合室や、信号待ちの間、つまらない会議の間など、空いた時間に練習できます。やがては、ヨガポーズや呼吸法、瞑想を深めるために骨盤底筋を使うことができるようになるでしょう。



次の段階へ


強靭で柔軟な骨盤底は、霊的、精神的、肉体的にも生命力の貯蔵庫を支える基盤です。ヨガを練習している人は、このエクササイズがムーラ・バンダ(根元の鍵)の準備だと気づくでしょう。ムーラ・バンダはアーパナ(心身にある生命力の下向きの流れ)をコントロールするための微細な実践です。マスターすれば、心の安定が得られ直感や創造性が目覚めます。







https://yogainternational.com/article/view/tone-your-pelvic-floor-in-2-minutes/

2025年9月22日月曜日

ガルーダサナ(鷲のポーズ)の裏側にある神話 
The Mythology Behind Garudasana (Eagle Pose)



「鷲のポーズ」と呼ばれる「ガルーダサナ」は、神様の名前から来ています。南アジアではガルーダは大きな神話上の鳥で、体は人の形で金色、顔は白く、赤い翼とワシのクチバシを持っています。彼は鳥の世界の王様で、蛇の天敵、人間の友人です。ガルーダは、宇宙を維持し一人の人間として生まれ変わった神様、ヴィシュヌ神の乗り物です。ラーマーヤナのヒーローであるラーマもまたヴィシュヌ神の生まれ変わりです。


ガルーダによく似た「ジャタユ」は時に残忍なハゲワシと描写されますが、ハゲワシというよりワシ、ガルーダそのものです。ジャタユはガルーダとして、このお話のヒーローです。


ラーマーヤナでは、ラーマの妻のシータがどのように悪魔のラーヴァナによってさらわれ、空飛ぶ機械ヴィマナでランカ島へと連れ去られたのかが語られています。この出来事が起こったとき、ジャタユは樹の上で瞑想するように座り、鋭い眼で世界の果てを見渡していました。シータの叫び声を聞いた彼は、空をビュンと飛んでシータを連れ去っていくラーヴァナを見ました。彼はヴィマナに頭突きをして地面へと叩き落としました。彼は鋭い歯と引き裂く鉤爪、力強く羽ばたく翼でラーヴァナを猛烈に攻撃しましたが、魔王の10の頭と20本の腕には敵いませんでした。ラーヴァナの失った頭や腕は全て、最初のものが落ちてしまう前にどんどん生えてくるのです。ジャタユは勇敢に激しく戦いましたが、次第に形勢が悪くなっていきます。ついにラーヴァナはジャタユの2枚の翼を切り落とし、南のランカ島へと飛び去りました。シータは、美しく豪華な車の床の上でショックを受け静かにうずくまっていたのでした。





ジャタユが致命傷を負ったところに、シータを探していたラーマと弟のラクシュマナが歩いてきました。息も絶え絶えになった敗北の戦士は、細切れにこう言いました「シータ様、、ラーヴァナ、、、南へ、、ラーマ様、殺してください。ご主人の前でその手にかかって死ぬのは本望です」常に優く、けれど決して感傷的ではないラーマは、弓矢でジャタユの勇敢な心臓をサッと射抜きました。そしてラクシュマナと一緒に木を集めて薪の山を作り、家族を見送るときと同じように丁寧に葬儀を行ったのでした。




ガルーダサナに入る方法


まずはタダサナで、股関節幅に足を並行にして立ち、両腕は体の脇、頭頂は天井に向かって引き上げます。視野を広げましょう。


1. 息を吸い込んで、両腕を手のひらを上にして肩の高さに上げます。

2. 息を吐き出して、左腕を右腕の上にして、左肘が上になるように重ねます。

3. 両肘を曲げ、前腕の裏側が並行に、手の甲どうしが向きあうようにします。両手のひらが触れ合うまで前腕どうしをからめます。手首は前腕と一直線にしたまま手指を伸ばします。(手首を捻らなければ手のひらがつかなければ、手の甲どうしを着けておきましょう)前腕を反対方向へ押します。「翼(肩甲骨)」あたりのストレッチに気付きましょう。

4. 両膝を曲げ、体重を左足へと移します。

5. 右脚を左膝の上にクロスさせます。

6. 右足を左脚の下の方に巻き付け、左ふくらはぎや足首に引っ掛けられるかみてみましょう。上半身は、左側が右側に巻き付いています。下半身は、右側が左側に巻き付いています。(全体重が片足に乗せられなければ、脚を巻き付けないでおきましょう。そのかわり、両脚を並行にしたまま膝を曲げ、股関節を後ろ屁引いて椅子のポーズのように高い位置のスクワットをします)バランスをとります。骨盤の先どうしを引き寄せます。おへそを引いて持ち上げましょう。息をして。自分がまるで、外からは静かに見えていても内側は力強く動いて存在している、そんな空へ飛び立つワシであるかのように想像します。

7. スムーズに呼吸します。頭の付け根を持ち上げます。股関節の凹みから少し前へかがみますが、胸は引き上げます。前腕を反対方向へ押し続けながら、肩甲骨全体を広げます。視線は、急上昇して目を見張るワシのように、両手の内側へ集中させましょう。

呼吸や体、眼のやわらかさと硬さに注意を向けましょう。特に手に鋭く集中するとき、目が固くなって前へ動くかに気付きます。同時にやわらかく集中することはできますか?筋肉を働かせたまま呼吸を和らげられますか?吸い込む息とともに、肺の下の方へ呼吸を入れて胸郭を翼のように広げてみます。滑空する鳥のように呼吸しましょう。

このポーズを30ー60秒続けてから、タダサナに戻ります。

右腕と左脚を上にして繰り返しましょう。




ガルーダサナで内省する


ガルーダは、創造の番人・維持者・保護者であるヴィシュヌ神の乗り物です。ヴィシュヌの名前は「そこに入る」「行き渡る」という意味の「Vish」から来ています。ヴィシュヌは、宇宙の中に入ることで、ひと時も途切れることなく宇宙を維持、保存、保護しています。それは、選択した対象に意識を集中する瞑想の中で、瞑想を維持するために、何度も何度も同じ対象をどの瞬間も選び続けるのと同じです。保存し維持するとはどういう意味なのかを深く考えてみましょう。番人の乗り物であるために必要となる質とは何でしょうか?番人の乗り物としてどのように呼吸すればいいのでしょう?筋肉や骨に感じるエネルギーはどんなものですか?


もう一度ポーズを取ってみましょう。維持するとき、意識を体の全ての部分、呼吸、感覚器に行き渡らせましょう。全ての場所に均等に存在します。どこかで意識が揺れていることに気づいたら、もう一度そこに在ることに取り組みます。最も難しいと感じるのはどこでしょうか?


ジャタユやガルーダは、意識を維持した状態が自然の状態です。彼のダルマは無私無欲の奉仕で、全てが含まれる創造を保護することです。敵であるラーヴァナは自己中心主義を体現しています。ラーヴァナがシータをさらったとき、あなたの実践が湧き上がる欲望や自己主張に邪魔されるように、その行動は創造を崩壊させます。ジャタユはこの世と全ての生き物を守るという役目を果たそうとします。しかし、ジャタユが勇敢であるように、自我の頭はたくさんあって、どんな無知をも凌駕します。頭を切り落としても、すぐに次の頭が出てきます。自問してください「自我に関係した心配事が実践を邪魔しそうなとき、それを守るためにどのようにガルーダのエネルギーを集めればいいのか?」


この物語で、なぜラーマはジャタユを殺したのでしょう?それは哀れみです。ジャタユが言った通り「ご主人様の前でその手にかかって死ねるのは本望」なのです。インドの伝統では、そうした死は信者の解脱を実際に保証します。物語のこの部分は悲しいものですが、クリシュナ(ヴィシュヌのもうひとつの姿)の言葉「自身のダルマを全うすることは、それが不完全であっても、誰かのダルマを全うしようとするよりは良い(バガヴァッドギータ18:47)」ということを思い出させてくれます。ジャタユは徹底的にベストを尽くし、その結果、シータを助け出すという直近の志は叶いませんでしたが、主人その人によって苦しみから解放されたのです。ことわざ通り、戦闘で負けましたが戦争には勝ったのです。少しこのことについて考えてみましょう。あなたは困難な状況でベストを尽くし失敗したと思い、その結果は予定していたよりもずっとずっと良いものだったことはありますか?

2025年9月19日金曜日

骨関節炎を緩和するホリスティックなアプローチ Vol.2 
A Holistic Approach for Relieving Osteoarthritis

 それでは、実践編です。

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両手


手のストレッチで、関節にスペースができ血流が増えます。始める前に両手を温めておきましょう。ゆっくりと行い、湾曲した指や手のひらを正常な位置にもどすよう優しく動かすことに集中します。


レベル1:胸の前で合掌して(ナマステ、お祈りの形)山のポーズで立ちます。この位置で手首が痛むようなら、前腕どうしを近づけましょう。息を吐いて、左右の指や手のひらを優しく押し合います。息を吸って肩を後方へとリラックスして、指先を付けましょう。息を吐いてもう一度手指と手のひらを押し合います。この動きを、少しづつ押す力を強めながら1-2分間続けましょう。




レベル2:同じく合掌の位置から始めます。指先は天井に手首は床に向けるようにし、息を吸い込みます。息を吐いて、両手を押し合います。力を入れたまま、優しく両手を引いて手首をまっすぐ下げます。手のひらが徐々に床の方へ開いていきますが、指は押し合い続けたままにしておきましょう。力を少し抜いて息を吸い、力を入れて息を吐きます。関節に負担をかけないように、ゆっくりとストレッチしましょう。




背骨


血流を良くすることが、背骨の健康の鍵です。このネコのストレッチは、背骨全体の血流を増やすための素晴らしいポーズです。スムーズで楽な動きを続けましょう。動きが背骨本来の可動域の20%であろうが100%であろうが構いません。大切なのは、背骨の血流を増やすことだけです。


膝をついて、両手を肩の真下に、両膝は股関節の真下におきます。息を吸うたびに猫のように背中を丸め、天井に向かって押し上げましょう。息を吐くたびに背骨を床の方へ下ろし(凹の形)、尾骨と頭を上げます。呼吸とともに動きながら1-2分間続けます。必ず痛みや緊張を感じないようにしましょう。


注意:両手や手首、膝などに制限のある場合は、立ったまま、両手を椅子やテーブル、カウンターなどに置いてこの動きを練習してみてください。



股関節


全ての立位ポーズや緩和バージョンは股関節に健康に役立ちます。可能な場合は、毎日の運動にいくつかを取り入れて、筋肉を強化・リラックスさせたり関節を整えましょう。ヴィラバドラサナ1もランナーズ・ランジも股関節にとても良いポーズです。ここではランナーズ・ランジの緩和バージョンを2つご紹介しましょう。


レベル1:まずは、5段以上ある階段を見つけます。左足をしっかり床に着けます。前屈みになって左手を階段の4段目に置きます。できそうなら、右手を使って右足を3段目まで持ち上げます。そして両手を1段上に置いて、左脚と上半身を伸ばし、左臀部に力を入れながら、階段方向へ(右膝を曲げながら)左脚が着くまで一直線にのばしていきます。股関節の前を持ち上げて、腿の筋肉をもっとストレッチします。可能なら、左かかとを床につけたままにしましょう。呼吸をしてこの位置に留まります。ここまでと同じように姿勢を戻して、反対側も行いましょう。



メモ:この姿勢は、比較的荷重をかけずしっかり曲げることができるため、膝にも良いです。





レベル2:ソファが右側になるように立って、両手を肘掛けにおきます。右膝を曲げて右膝、脛、足をソファの座面にのせましょう。左足を数センチ前に出します。両手で肘掛けを押して、右膝をソファに沿って、右腿に心地よいストレッチが感じられるまで後方へすべらせます。股関節は前に向けたままで右脚をできるだけ伸ばしましょう。必要なら、左脚をもう少し前に出して、左脚を90度に曲げます。呼吸しながらストレッチしましょう。




反対側に移るには、右脚を曲げ、右足の上に座ります。左足を引き込んで左足の上に立ち上がりましょう。ソファの反対側を使って反対側の脚で繰り返します。




ヨガのアサナ全ては、体を柔らかく、強く、そして長く保つのに役立ちます。その鍵は、どんなポーズもやりすぎず、可能な範囲でしっかりと伸ばすことです。痛みや炎症、固まった関節とともに残りの人生を過ごす必要はありません。が、自身の体のケアはしなければなりません。現代の人はこれまでの歴史上で一番長く生きているのですから、体を優しく扱ってあげれば「痛み無く」より遠くへとあなたを運んでくれます。


ヨガのガイドライン


なんらかの関節炎がある場合は、練習する際の以下のガイドラインに従うことが重要です。

  • 練習前には必ずウオームアップし、セッションを通して温かくしておくこと。21〜23°C の部屋で行うか、体温を保てるよう厚着をすること

  • 関節を正しい位置に戻すためには、正しいアライメント(整列)が不可欠

  • 可能なときはいつも、各関節のスペースや可動式をできるだけ広くすること

  • ポーズを入るための時間はたっぷり取ること。ポーズがどう見えるかではなく、変化を作ることに集中する

  • 関節の脆さを減らすために強化することは必要ですが、ポーズを長い時間、維持しようとするのは賢明ではありません。そのかわり、緩和ポーズひとつひとつを短く繰り返しましょう

  • 呼吸は、滑らかで均等に、たっぷりと行うこと。呼吸が短くなったり乱れたら、もう少し楽な姿勢を試しましょう








2025年9月13日土曜日

骨関節炎を緩和するホリスティックなアプローチ Vol.1 
A Holistic Approach for Relieving Osteoarthritis


今回は、骨関節炎を患った著者の記事です。
痛みや腫れの緩和法やヨガポーズについて書かれています。
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振り返れば、あの腕の痛みを感じたのはラッキーだったと実感します。それはゆっくりではありましたが、最初の一年で容赦なく段々とひどくなっていき、とうとう水の入ったコップを持ち上げることもできなくなって病院へ行きました。検査をした医師は、同じ位置で繰り返し行う癖が原因で筋肉が緊張し続けてしまい、痙攣を起こしているのだと言いました。医師の説明では、筋肉が痙攣するのは普通の動きが摩擦となって関節が過度に摩耗してしまうとのことでした。そして今起こっていることは、骨関節炎の初期だと私に伝えたのです。



関節炎とは文字通り関節の炎症です。それにはさまざまなタイプがあります。私が直面している骨関節炎は摩耗する種類です。これまでのところ最もよくあるタイプの関節炎で、多くの場合は老化の自然な一部だと考えられています。アメリカの高齢者の85%が骨関節炎を患っています。大抵は、健診や患者情報で見つかったり、レントゲンで関節内の影、骨の劣化やカルシウムの堆積が見られて診断されることが多いです。骨に影響がある一方で、多くの場合は骨関節炎は筋肉から起こり始めます。


私たちの体が動けるのは、筋肉が収縮・弛緩して関節が屈曲・伸展するからです。この同じ収縮・弛緩が血流を作って関節機能の健康を維持します。弛緩するたびに、筋肉代謝に不可欠な栄養たっぷりの新鮮な血流が細胞に運ばれます。収縮のたびに、筋肉細胞から古い血液が押し出されて、細胞代謝の老廃物を取り除きます。筋肉が痙攣すると血流が減ってこうした老廃物が細胞内にとどまります。血流不足とその結果の毒素の蓄積こそが炎症を引き起こし、それが骨関節炎へとつながるのです。



よりはっきりした骨関節炎の兆しが現れると、筋肉の痙攣によって関節内が狭まって滑らかな軟骨に圧力がかかり、それが骨の末端を覆います。筋肉の痙攣と合わさって、関節が腫れて硬直、動きが制限され、この状況が改善されなければストレスと摩擦により滑らかだった軟骨がでこぼこになります。そして、その部分を強化しようとして、体はでこぼこ部分で脆くなった骨にカルシウムを溜めていきます。そうするうちに関節内は絶えず狭まって、続く摩擦で痛みが強くなり、関節の劣化によってより痛みが増します。長期の関節炎は、やがて関節の変形を引き起こし、永久的に動かせなくなります。ついには、我慢できない痛みが何年も続いた後、外科手術(骨の融合か関節のリプレイス)だけが痛みのない生活へ戻る最後の望みとなるかもしれません。



けれど、必ずしもそうなるというわけではありません。私の場合、私の骨関節炎は早期発見できたため治る可能性があると医師に伝えられ安心しました。そして、すぐに次の方法を始めるよう勧められました。筋肉の痙攣の原因となる習慣的な繰り返す動きや位置を見つけて止めること、腕や肩の筋肉をリラックスさせるため優しいストレッチをして血流を増やすこと、腫れと痛みを緩和するため抗炎症剤を2週間飲むこと。以前したヨガのケガで、やさしいストレッチも抗炎症剤のどちらもが、血流を増やして腫れを緩和し治癒を促すことがわかっていました。ですから、医師の3つの推奨と問題の原因を見つけて取り去ることが、私の1番の目的となりました。



シャーロック・ホームズの気持ちを着込んで、自分の毎日の日課や癖を入念に調べました。原因となる癖になっていた動きは小さく無意識で、とても普通だったので、見つけるまで時間がかかりました。けれどある日、電話をしている間、片方の腕でもう一方の腕を支えていることに気づきました。指を上に向けたまま手首をしっかりと曲げて、もう一方の肘を支えていたのです。また、この同じ姿勢でいろんな動作をしていることにも気付きました。そうして長い間手首を強く曲げた状態で1日を過ごしていること、これが犯人だと気づいたのです。



この繰り返す動きをただ止めれば原因を取り除くことができて、そのうち炎症も痛みも少なくなるとわかっていました。が、時間をかけずに早く治したかったので、体の治癒プロセスを強化する概念やテクニックを取り入れて、ホリスティックなアプローチをすることにしました。そうした結果、とてもよい結果を得ました。もし痛みがあったり、すでに骨関節炎だと診断されているのなら、こうした方法が役に立つことを願っています。





骨関節炎を緩和するコツ


自然の抗炎症剤で、腫れや痛みが緩和します。
プリムローズやサーモンオイルの錠剤、生の生姜やにんにくを食べるかカプセルで飲む、エキナセア、ゴールデンシール、レッドクローバー、ナツシロギク、ユッカなど。ターメリックやシナモン、生姜など抗炎症効果があり血流を促すスパイスを料理にふんだんに使う。



温めたゴマ油で辛い部分をマッサージします。特に関節の痛みを和らげてくれます。
お風呂に入る前に体にオイルを擦りこんでみましょう。そして睡眠中に関節に染み込んでいくように寝る前に少しオイルをつけます。温めたごま油やひまし油で10-20分パックすることでも、痛みを和らげるオイルが関節に染み込みやすくなります。


毎日食べるもの全てが、骨関節炎の状態に影響します。私たちの体は、健康を取り戻し維持するため定期的な水分補給が必要です。少なくともコップ8杯の水(できれば蒸留水)とジュースやハーブティを。私たちの体は、3-5人分の新鮮な果物(柑橘やトマトは避けましょう)、少なくとも3人分の生野菜(ピーマン、じゃがいも、ナス以外)が必要となります。毎日のカロリー摂取の40-55%を、体のエネルギーレベルを維持してくれる全粒の穀物で摂りましょう。特に重要な食べ物は、卵や玉ねぎ、アスパラガス、緑の葉野菜、玄米、魚などです。コーヒーなどのカフェイン、赤身の肉、砂糖を使用したもの、塩、コーラ類、漂白した小麦粉、タバコ、唐辛子、パプリカ、ジャンクフードは避けましょう。



サプリメントで治癒を早められる可能性もあります。コエンザイムQ10は、組織に送り込む酸素を増やし結合組織の修復に重要です。グルコサミンやコンドロイチン硫酸塩の組み合わせで、軟骨の再生に役立つ可能性もあります。



ビタミンのサプリメントもまた役立ちます。亜鉛とビタミンC、バイオフラボノイドは治癒を促し、炎症を制御、腫れを緩和します。ビタミンEは強い抗酸化物質で関節の動きを助けます。ビタミンBは治癒を助けます。鉄の入っていないビタミンのサプリメントを摂り、酵素やブロッコリ、芽キャベツやカリフラワー、魚、ライ豆、えんどう豆などを摂りましょう。



筋肉の痙攣の原因となっているであろう無意識で繰り返す動きや位置を、探偵のように探し出しましょう。体をどう使っているかを意識し、筋肉のあるグループをその反対のグループを犠牲にして、いつどこで使っているのかを特定しましょう。



血流は筋肉や関節の健康に不可欠です。数時間おきに症状のある関節を最大可動域の2割程度で回して血流を増やしましょう。こうした動きは小さすぎて効果がないように思うかもしれませんが、実際は強力な治癒力となります。



優しいストレッチは血流を増やし、疲れや筋肉にいつもある緊張を緩和します。また、長期間の筋肉痙攣の結果に失われた通常の可動域を取り戻します。覚えていてほしいのは、ストレッチの際に関節に負荷をかけすぎないこと、痛みを感じないことです。


ヨガポーズを練習しましょう。以下のポーズは、手や背骨、股関節の骨関節炎に対処するための一例です。こうした緩和したポーズは、関節の制限をやさしく取り除き、可動域を最大まで戻します。時間をかけて、優しいけれど根気よく、呼吸をしながら行いましょう。






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ポーズの練習法は、次回にご紹介します。







2025年8月29日金曜日

キルタン・クリヤ:ヨガとアルツハイマー予防としてのメディカルメディテーション Vol.2 
Yoga and Medical Meditation As Alzheimer's Prevention Medicine


キルタン・クリヤの実践法


キルタン・クリヤは何千年も実践されてきた12分間の歌うエクササイズです。呼吸、歌やチャンティング、指の動き(ムードラ)、心に思い浮かべるなどいくつかの動きが組み合わされています。ですので、多面性のある多感覚のエクササイズで、脳全体を使って脳内血流を増加します。


姿勢:椅子に心地よく座り、両足をぴったりと床につける
または、足を組んで床に座っても良いですが、高齢者は床に座りたがらないかもしれません。重要なのは心地よいこと、背骨が自然な湾曲のみを残してまっすぐにして座ることです。

両目:目は閉じます

チャントやマントラ:「さぁ」「たぁ」「なぁ」「まぁ」の音を使います。続けて言うと古代の言葉で「真我」あるいは「最高の自己」という意味になります。
メロディーは、みんなよく知っている「メリーさんの羊」の最初の4音で歌います。つまり「メーリさんの♪」までです。

指の動き、ムードラ:親指で他の指に順番に触れます。両手で同時に同じ形を作ります。
• 「さぁ」の時は、親指と人差し指をつけます
• 「たぁ」の時は、親指と中指をつけます
• 「なぁ」の時は、親指と薬指をつけます
• 「まぁ」の時は、親指と小指をつけます
常に人差し指から始めて、中指、薬指、小指と続けて逆行しません。





心に思い浮かべる:エネルギーが頭上から頭頂の中心に降りてきてくるのを思い浮かべます。そして、頭の中に真っ直ぐおりたら、方向が垂直に変わって眉間の鼻のちょうど上の一点(いわゆる第3の目)へと進むのをイメージします。つまり、エネルギーはL字にたどっていくのを思い浮かべるのです。まるでほうきのようにすうっと流れるのをイメージできるかもしれません。




順序:「さぁ」「たぁ」「なぁ」「まぁ」と歌いながら、両手の指でそれぞれムードラを作りましょう。同時に、その音が頭頂から流れてL字に額の中心から出ていくのを思い浮かべます。

1. 2分間、声を出して歌います

2. 次の2分間、ささやき声で歌います

3. 次の4分間、心の中で歌います

4. そしてささやき声で2分間、声を出して2分間、合計12分間歌いましょう

エクササイズを終えるには、とても深く息を吸って、両手を頭の上に伸ばし、弧を描くようにゆっくりとおろしながら息を吐きます。




脳全体を活性化


ヨギ・バジャンによるクンダリニ・ヨガの伝統では、キルタン・クリヤが持つ効果にはいくつかのメカニズムがあります。キルタン・クリヤのチャンティングで舌を使うことは、口蓋の84のツボを一定の順序と組み合わせで刺激し、視床下部や松果体、脳そのものに信号を送っていると考えられています。また、アセチルコリンやノルエピネフリン、ドーパミンなど脳の重要な化学物質が増加することで脳のシナプスを若返らせる可能性もあります。


また、指先や唇、舌にある密集した神経末端は、脳の運動野、感覚野での高レベルの表現に関連しています。ですから、音を組み合わせて指先を使うと、脳の特定の部分が活性化します。私たちの最新の発表では、キルタン・クリヤの各面で脳の異なる部分が刺激されていることがわかりました。キルタン・クリヤで思い描くことがどのような効果をもたらすのかが謎でした。今では、この思い浮かべるテクニックで、身体的レベルでもより大きな面においても、脳の後頭葉が実際に活性化していることがわかっています。そしてまた、目的を持つことがアルツハイマー病予防効果を持つことも示されてきているのです。



(出典)www.alzheimersprevention.org

キルタン・クリヤ:ヨガとアルツハイマー予防としてのメディカルメディテーション Vol.1 
Yoga and Medical Meditation As Alzheimer's Prevention Medicine


アルツハイマー病と予防財団(Alzheimer’s Research and Prevention Foundation (ARPF))が発表した白書からの抜粋です。
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アルツハイマー病予防の4つの柱


これまでのところ、アルツハイマー病に効果のある薬を発見するのは困難だと考えられています。そのため、ARPFの予防プログラムにある4つの柱が極めて重要となります。

4つの柱とは以下の4つで、それぞれが認知機能低下のリスクを下げるとされています。

(1)野菜中心の地中海ダイエット
(2)ストレスの管理、特にヨガや瞑想
(3)心身のエクササイズ
(4)精神的な健康


ここでは、「キルタン・クリヤ」という手法に注目していきます。



アルツハイマー病予防の新しい側面


我々のヨガ瞑想は、アルツハイマー病予防として素晴らしく「キルタン・クリヤ」という歌うエクササイズ、シンプルな12分間のヨガ瞑想は以下のような効果を持ちます。

• 記憶障害を逆転させる
• エネルギーレベルを上げる
• 睡眠の質を向上する
• 有益な遺伝子を上方調整する
• 炎症性の遺伝子を下方調整する
• 患者と介護者のストレスを軽減する
• 心理的、精神的な幸福感を向上する
• 脳の構造上重要な部分を活性化する
• 細胞老化を遅らせる若返り酵素であるテロメラーゼを43%増加させる(これまでの記録では最大)
• 副作用がなく費用もかからない




キルタン・クリヤで脳内血流が改善


キルタン・クリヤの正式な研究は2003年に始まりました。
当時、私たちはキルタン・クリヤの脳への影響を調べるため、脳のスキャン研究の準備をしました。


左:実践前、 右:実践後


上図はキルタン・クリヤの前後の脳画像です。左の脳は、容量が小さく上部に凹みがあるのが見えるでしょうか。この凹みは血流不足を意味します。健康な脳の画像とは言えません。ご覧の通り、実践後の画像の脳は左右対称で若々しく、エネルギーや血液が左右対称に流れています(血流増加は、脳内の関係性がより強いことを意味し、新しい脳細胞生産の可能性があります)。これは健康な脳です。


下の画像は、後帯状回(PCG)で、エピソード記憶検索に重要な構造です。PCGはアルツハイマー病が進行するなかで最初に機能低下が起こる場所です。キルタン・クリヤによってPCGへの血流が促されていること、それがリスク低下という議論では非常に重要な要素なのです。





研究によって、脳の改善、脳細胞間の連結の向上、そして新しい脳細胞の成長さえも可能であると示されてきました(神経可塑性、神経細胞形成)。では、キルタン・クリヤを毎日行えば、アルツハイマー病になるリスクは劇的に減らせるのでしょうか?


ヨガや瞑想は、精巧な身体運動や精神的刺激ですので、こうした効果を持つと考えるのは疑いなく無理なことではありません。


また、アルツハイマー病のリスクとその進行の速さの両方に、脳血流減少との関係があるという堅固なエビデンスがあります。






記憶障害を改善


次の研究群は、ペンシルベニア医科大学で行われました。
まずは、コントロールグループと比較し、8週間後の被験者に記憶障害の改善が見られました。この結果は2010年のアルツハイマー病ジャーナルで発表されています。
下のスキャン画像では、劇的な向上が見られます。


プログラム前後における前頭葉の変化
(実践前:左図および上図、実践後:右図および下図)



患者が初めてキルタンクリヤを行った時と比較して、8週間後には前頭葉の矢印部分の活動に大きな増加があり、注意力や集中力などに著しい向上がありました。

他に著しい変化が見られたのが前帯状回(ACG)で、ストレスのバランスをとるのに重要な脳の部分です。

このスキャンで前頭葉の強化が見られた部分は、前頭葉前野皮質(PFC)です。こうした向上は早期の記憶障害、または軽度認知障害(MCI)からアルツハイマー病への進行をくいとめる効果が期待されます。





気分や幸福感を高める


私たちの研究では、キルタン・クリヤの実践をした被験者において、以下のプラスの結果が見られました。

• 鬱の減少:鬱スケールにおいて65%の被験者に向上が見られた。鬱は認知機能低下のリスク要因の可能性があります。

• また、私たちの公表した研究では、気分やエネルギー、精神的な幸福感の上昇が示されました。

他の瞑想や精神的な幸福感の研究では、大幅なトレーニングと長い瞑想時間が必要としているため、これはとても重要と言えます。私たちの研究では、毎日たった12分間のキルタン・クリヤをするだけでよいからです。





脳や身体、遺伝子にアンチ・エイジングの効果


以上の研究だけでなく、キルタン・クリヤを長期間実践すれば、脳への深いアンチ・エイジング効果があるという研究もあります。



ストレス軽減、テロメラーゼ増加、鬱の軽減


ARPFはまた、UCLAにて認知症の家族の世話でストレスを抱えている39人を対象に、リラクゼーションのテープを使った12週間のキルタン・クリヤの効果において、コントロール・グループとの比較研究を終了しています。この研究の革新的な結果は以下のグラフで見て取れます。





私たちの研究では、キルタン・クリヤは以下の効果があると示されています。

• 記憶力を改善
• 炎症を軽減
• ストレスレベルを下げる
• 心理的、精神的な幸福感が深まる
• 鬱を軽減
• エネルギーを増加
• テロメラーゼを活性化

テロメラーゼの活動を劇的に増加


キルタン・クリヤを実践した被験者でみられたテロメラーゼの43%増加幅は、どの研究と比較しても最大でした。テロメラーゼが短いことは、アルツハイマー病(および寿命の短さ)と関連があります。





炎症性遺伝子を下方制御


キルタン・クリヤの12週間の実践後の被験者において、疾病の原因となる炎症遺伝子の下方制御、炎症誘発性核因子(NF)-kB の活動減少が見られました。慢性の炎症というのは、アルツハイマー病やその他の認知症、また記憶障害のリスク因子である循環器病など主な疾病でよく見られます。

19の健康促進遺伝子を上方調整


この有益な上方調整効果には、免疫グロブリン関係の転写が含まれ、それによって免疫機能が強化され、病気と戦う天然型インターフェロンが活性化されます。

この研究は、ライフスタイルで悪い遺伝子を打ち負かすことが可能だと私たちに伝えています。これは「エピジェネチックス、後成的遺伝学」と呼ばれています。「エピ」とは外部の意味で、ライフスタイルによって「悪い遺伝子」を書き換えることができ、つまりあなたのDNAに囚われているわけでないという事実を指摘しています。ライフスタイルで遺伝的な傾向を阻止することが可能なのです。



キルタン・クリヤによるストレス軽減が非常に重要


研究によれば、認知機能低下は急性・慢性両方のストレスによって引き起こされ、その結果、海馬の脳細胞を死滅するホルモンであるコルチゾールのレベルが上昇します。これまで見てきた通り、キルタン・クリヤはストレスを軽減しコルチゾールレベルを下げます。

認知機能低下においてあまり評価されていない原因のひとつは、「幼少期有害体験」とも言われる幼少期のストレスであり、中年期の記憶障害や不安症、鬱を増加させることがわかってきています。


極めて重要な神経伝達物質や脳内化学物質を補う


シナプスでの神経伝達機能の減少は、アルツハイマー病の特徴です。ヨガや瞑想、キルタン・クリヤは、明らかに神経伝達物質を自然に強化する方法であり、私たちの研究で見られた良い結果の多くで重要な役割を担っています。



睡眠を改善


睡眠障害はアルツハイマー病の危険因子です。キルタン・クリヤで、より深くより良質な眠りに入りやすくなります。





心理的、精神的な健康を高める


キルタン・クリヤは、精神的、心理的に健康な状態を促進し、それによって脳が健康になります。精神的に健康な状態とは、自立、個人の成長、良好な人間関係、人生の目的、などより良い質の生活に関係しています。



目的を明確にする


人生に目的を持つことは、アルツハイマー病予防につながります。瞑想者は、よりはっきりとした目的、そして心理的、精神的な健康という局面を喜んで探します。



精神的な健康が重要なわけ


精神的な健康は、心の平穏を得るための4つの特徴を持っています。

1.忍耐力は、習慣的なヨガや瞑想を根気強く実践することに繋がり、それによって個人の能力を養うことができます。忍耐力を養えば、自身が「流れ」の中にいて自身を世界に委ねることができるようになり、スピードを落としてより人生を楽しむことができます。

2.受容は、自己認知と自己賛美をもたらします。また、寛容さをももたらし、自身や他人の失敗を目にしながらも、そうした失敗の向こう側を見てそのままを受け入れることができます。これが許しにつながって、脳や免疫、細胞機能に毒となる怒りを解き放ちます。また、精神的な気付きをより高い状態へと引き上げます。

3. 哀れみは思いやりをもたらし、それが共感へとつながって、健康的な感情やコミュニケーションを促します。哀れみはまた、明確さや責任感、恐れることなく自身でいる勇気を養い、精神的な成長の次の段階である「身を委ねる」ための道筋となります。

4.身を委ねる:「ストレッチに身を委ねましょう」とヨガの練習で言われます。この場合、身を委ねているストレッチは私たちの魂であり精神です。自身の魂に身を委ねた時、自分への報酬など考えることなく、他者の役に立つため犠牲になれる強さを得ます。これはヨガでは「セーヴァ」といい、真の幸福と静穏をもたらします。静穏は心の平穏と、「それ(神)」はどこにでもあるという普遍の愛の感覚を与えてくれます。これは、脳寿命に究極に重要であり、多くの人が「悟り」と呼ぶものです。精神的な健康は、つまりは、命の最も純粋な局面であり、多くの場合初めて、心の平穏を見つけさせてくれるものなのです。






2025年7月27日日曜日

5元素をコブラのポーズで 
Align With the Five Elements in Cobra Pose


この記事は、トッド・ノリアン氏が築いたアシャヤ・ヨガの視点から見たコブラのポーズです。アシャヤ・ヨガは、実践者の身体の力を目覚めさせるよう、タントラの哲学と瞑想法をアライメントを重視した治癒的ヨガのテクニックに融合させたものです。




多くの偉大なるヨギたちは、悟りとは子どもの目で、全てをまるで初めて見たかのように、見る能力だと述べています。非二元性であるシャイヴァ・シャクタ・タントラの伝統では、アドブータ(「驚き」という意味)は9つのラサ(味、あるいは生命の本質)のひとつとみなされています。ラサは人間の感情をすべて包含していると言われています。
 

驚きを体験する時、心は開いて空のように広大に広がります。晴れた夜空の星々を見上げること以上に私をアドブータの状態にするものはありません。おそらく多くの人が同じことを体験しているでしょうが、それはなぜでしょうか?そのひとつは、星々が美しいからです。そして、この宇宙に存在する全ての起源は星々だからです。元素周期表にある92元素全ては星々で作られています。星が死ぬ時、内側へと崩壊し極限まで熱くなり加圧され、そして爆発して超新星となり、そこでより重い元素が作られます。その後、これらは宇宙へと飛び出して他の元素と結合し、惑星や星雲、様々な星を形作るのです。このように私たちの太陽系と私たちは作られました。地球上で生命に適した条件が整った時、私たちは単細胞となり、やがて水中から歩き出して今日の私たちへと進化しました。まさに「驚き」に満ちた歴史だと思いませんか?


ヨガ哲学によれば私たちは、パンチャ・マハブータスと呼ばれる地、水、火、風、空という偉大なる5つの元素からできています。これらの元素のバランスが内面で整った時、優れた生き方ができると言われています。バランスが崩れると、「収縮している(過度の地)」、「溺れて」感情的に疲れ切っている(過度の水)と感じたり、やる気がない(火の不足)、不安で怯えている(過度の風)、落ち着かない(過度の空)と感じたりします。


タントラヨガは、私たちとは時間と空間に凝縮された宇宙だといいます。それを知るための神の願望そのものの結晶です。命は偉大な意味を持っています。5元素を知ることは私たち地震を知ることです。



アシャヤ・ヨガとは


アシャヤ・ヨガの4つの基本要素は、全てのポーズや動きでのアライメントの設計図を示すためのものです。5元素とは、エネルギー的、質的に以下のように対応しています。


1. 開く — 空

2. 引き寄せる — 地

3. 整える — 水と火

4. 広げる — 風



アサナの練習に5元素を当てはめようとしたことはありますか?ありませんか?では、コブラのポーズの練習に当てはめてみましょう。それぞれの元素が体の動きに対応していて、最適なアライメントをサポートしてくれるでしょう。


• 第1の要素は、肋骨の横を伸ばし、肌を和らげ、胸の後ろの肩甲骨の間を解放することです。


• 身体の動きの第2の要素は、骨に向かって筋肉を引き寄せ、正中線へと引き込み、周囲から中心へと引くことです。


• 第3要素の身体の動きは、相補的な2つの対照運動です。その目標は、対照的な2つのエネルギーのバランスが取れている中心を見つけることです。これによって、最適なアライメントを見つけることができます。


• 第4要素の身体の動きは、中心軸から外へ広げ、体の中心から全方向へと放射状に広げ、エネルギーを中心から周辺へと動かすことです。まずポーズの基礎へと下ろしてから、空に向けて中心を持ち上げます。


要素の概念を説明したところで、以下の練習で直接探ってみましょう。ブジャンガアサナ(コブラのポーズ)のすべての側面に密接に関連しています。




ブジャンガアサナ:コブラのポーズ

ウォームアップ:キャット&カウ


1. 四つ這いになります(硬い床の上では膝にパッドを当てましょう)。両膝は股関節の下に置きます。両手は肩の下で、手首のシワがマットの前端と並行になるよう、手指は太陽光線のように均等に開き、手首の中心は肩の外側と直線上に置きます。


2. 少し時間をとって体を感じます。呼吸を深くして、胸の中心を和らげます。(この姿勢で胸の中心を和らげるとは、肩甲骨の間にある筋肉を和らげることです。背中で最も硬いのは、概して胸椎の真ん中周りの筋肉である胸の裏側です)4箇所の土台、つまり両手と両膝にバランスよく均等に体重をかけましょう。


3. 息を吸い込みながら、坐骨を上に持ち上げて、背中を反らして見上げます。


4. 息を吐き出しながら、尾骨を引き下げて、腹部を背骨に引き込み、胸の中心の方を見ます。


5. 数回繰り返します。動きと呼吸を合わせましょう。滑らかに均等に動きます。このフローを味わいしょう。



空を開く:驚きを感じる


1. 四つ這いからうつ伏せになり、両手は肩の下、額は床に下ろしましょう。右足をできるだけ遠くに伸ばします。そして左足も後ろへ伸ばします。呼吸を感じながらリラックして、肌を和らげましょう(つまり、皮膚が筋肉の上にふわりと掛かるように筋肉をリラックスさせる)。肌のすぐ下にある捉えにくいストレスを解放して、最も大きな臓器である肌への気づきを広げます。生命の神秘を思い起こしてみましょう。


2. 腰から腋の下へと肋骨の脇を伸ばします。プラナ体(5つのコーシャと呼ばれる鞘のうちのひとつ、エネルギー体)をふくらませるのをイメージして、息を胸の裏側とウエストラインに吸い入れます。宇宙全体があなたという形であなたの中にあることを思い出してください。驚きを持って、あなたの存在の果てしない広がりに心を開きましょう。



地を引き寄せる: 安全で安心で安定


1. 息を吸い込んで、脚の筋肉を骨に向かって引き寄せて優しく収縮させます。最愛の人がしっかりと素敵に抱き寄せてくれる時のように、筋肉で骨の周り360度を包みます。筋肉が引き寄せられると、関節の周りが支えられ安定します。これが脳に安全だと信号を送り、脳が反応して、リラックスしくつろげる能力である副交感神経脳が活性になります。逆説的に言えば、アシャヤ・ヨガではリラックスするために引き寄せるのです。


2. すねと踵をぴったりと付けて、つま先が鎌足にならないようまっすぐ後ろに向けます。踵どうしをより近づけて脛に力を入れることで、腰が守られ、コブラのような後屈で椎間板にかかる圧力を和らげてくれます。


3. 正中線(両脚の間から背骨を通って走るエネルギーの線)へと引き込みます。
 

4. 足の指からふくらはぎ、腿に沿って、骨盤の中心へとエネルギーを引き上げます(周辺から中心へ)。すべてのポーズは、地球と同様に、周辺から中心へとエネルギーを引く重力の中心があります。コブラのポーズでは、その核となるのが骨盤です。


5. 徐々に手の指で地面を掴みます。すべての指の腹と付け根で押し下げ、両手でアイソメトリックに(動かさないで)後方へ引きます。両脇を同じ長さで伸ばしたまま、両手でアイソメトリックに引きましょう。



水と火を整える:流れるように燃える


1. 両脚を正中線に引き寄せ続け、腿を内側に(空に向かって内腿を持ち上げながら)回転します。腿を床から離して内に回す際、腰が反ります。鼠蹊部の前部分が凹み、腰が「波型」にアーチができて大腿骨頭が骨盤のソケットに引き戻る様子に注目しましょう。これが水の元素で、ヨガの伝統によれば骨盤に存在します(シュワディシュタナ・チャクラに関連しています)。


2. 腿を後方に引いたまま、尾骨をすくい下げます(この二つの対照的な動きを作ります)。「すくう」とは、しまい込むような動作ですが、力は抜きます。この臀筋の優しい収縮によって、腰のカーブが伸びます。すくうと、下腹部が背骨向かって引かれる様子に注目します。これが火の元素で、揺るぎない献身と考えられており、ヨギとして自分の心に従い、変化の火の中を歩むのに必要となります。この動きで体幹に引き込まれ、力と熱という形のさらなる支えを加えてくれます。
 

この2つの動きが整うと、骨盤が最適な位置に置かれ、腰と仙腸関節の圧迫が解放されます。



広げる:体を伸ばし、より高みを目指す


1. 骨盤の動き全てを保ちながら、骨盤の中心から両足に向けて体を伸ばします。そして、骨盤の中心から上半身へと伸ばします。両手で後方へアイソメトリックに押しつつ肋骨の脇を長く保ちながら、息を吸い込んで頭、肩、胸を床から持ち上げます。前へと広げながら、背骨に沿って体を伸びましょう。高さよりも長さが重要です。というのも長さが背骨の椎骨の間にあるスペースを作るからです。これは風の元素で、広げて伸ばします。エッセンシャルオイルのディフューザーからの香りのように、風の元素は均衡する点を探し、空間全体に均等に広がるのです。


2. 腕の骨頭(肩の最上部)を後方へ下げて、肩甲骨を肋骨の背中側へと引き込みます。肩甲骨の下端を胸の裏の方へ丸めて、さらに胸を持ち上げます。前腕を内側へ、上腕を外側へ回転しましょう。次にその姿勢を保ったまま、胸の中心から外側の全ての方向に少し広げます。肩甲骨をひとつにまとめたまま、肋骨の背中側へと引き込み続けましょう。


3. 背骨全体を首や頭まで長く保ち続けます。首元の横側を後ろへ下げて、頭が後ろへ引枯れている感覚が首の横側から始まっているのを感じましょう。そして口蓋も下げます。口内の上側の4分の1が丸い円盤だとイメージします。その部分を後方へ動かせる、あるいは口の天井が後ろに引いて開けられる引き出しだと想像します。口蓋が後ろへいくと頭も後ろへと動き、頸椎に曲線ができます。それによってスペースが広がって神経の圧迫が解放されるため、椎間板のためになります。口蓋を後方へ、後頭部を持ち上げます。そこから持ちあげることで、首のカーブがながくなり、頸椎の椎間板のスペースがより広がります。背骨の自然な形状に従って、首と頭を上に伸ばしましょう。


4. 息を吐き出しながら、ポーズを終えて床に下ります。






少し時間をとって、コブラの体験を思い出しましょう。より不思議に満ちていることを感じているかに注目します。より広がって整ったと感じる体の部分すべてを観察します。練習前に感じていたかもしれないあらゆる不快感が小さくなっているか、あるいは完全に消えているかにも気づきましょう。


ポーズの中で5元素を体感し均衡がとれた時、空のような広がりを感じ、体の緊張が解かれ始め(地)、閉じ込められた感情が流れ始め(水)、エネルギーは輝き(火)、そしてその前にあった制限を超えて広がり手を伸ばす(風)力が大きくなるのを感じるでしょう。


シャイヴァ・シャクタ・タントラ哲学では、私たちの本質は至福であり喜びです。5元素に寄り添うことができれば、私たちはこの喜びを認識し感じている心に戻れます。最も深い命の不思議を垣間見ることができます。それこそが私たちの中に存在する宇宙すべてなのです。





(出典)https://yogainternational.com/article/view/align-with-the-five-elements-in-cobra-pose/